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壊の唄  作者: 猫島けい
第二章
16/16

『自戒』

ジャンル:ホラー / ダークファンタジー / サスペンス

・本作には暴力的描写や流血表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。

・宗教・神格・悪魔などを題材にしています。信条により不快に感じる可能性があります。

・心理描写や恐怖描写が強めです。ホラー表現に抵抗がある方は閲覧をお控えください。

 様々な大きさの『釘』と、無骨な『鉄槌』を布の上に並べる。

 結局、想定していた倍以上の日数を費やして――カイは、自分が思う通りの力を得ることに成功したが――。


「…………一生分の集中力を……使い果たした気がする……」

 

 少しでも余計な感情や思考を混ぜただけで、悪魔の骨はそれを如実に形や効果として反映させてしまう。

 欺瞞の悪魔というより、ひねくれ者の悪魔じゃないかと、途中思いもしたが――ようやく見えた道なのだからと、馬鹿真面目に一心不乱で臨んだ結果がこれだ。


「あとは――……ああ……、姿を隠すための、あれ、ヘルムだとかも欲しいな。……俺に、作れるかな……」


 生憎、甲冑の類は作ったことがない。

 自分の興味が『聖騎士の剣』にしか向かっていなかったことが、ここで仇となるとは思ってもみなかった。

 鍛冶場にごろりと大の字で寝転がって――父さんは、どうやって作っていただろうかと、思い出そうとする。


「シンプルなプレートアーマーを基にするとして……」


 鉄材と、悪魔の遺骸はどれくらい必要だろうか。

 分厚くなりすぎず、薄くなりすぎずの境界はどれくらいなんだろう。

 あれもこれも分からないことだらけで、あちこちで自分の足りなさを実感する。

 けど――もう、それを聞ける存在はいないんだ。

 

「まあ、ちゃんとした作り方じゃなくてもいいか。……顔が隠せれば問題ないんだし」


 作り方がたとえ正規の手順を踏んでいないとしても、目的に合った形と効果が得られればそれで良い。幸い、悪魔の骨は俺自身の欲求や思考を『的確すぎる』ほどに反映してくれるのだから。


 ――そうと決まれば、また山に行かないと。


 ◆


 ――更に、何日経っただろうか。

 まともに日数を数えることは、とっくにやめてしまったけど……一週間くらい? それとも二週間くらいか?


 まあいいか、と、バキバキに凝り固まった背中を伸ばす。

 布の上には、様々な大きさの黒鉄のプレートを貼り合わせた――なかなかに不格好なヘルムが鎮座している。

 

 頭をすっぽり覆い隠してしまう形のそれは、なぜか目元から赤い涙を流すような意匠となっていて――。

 ……はて、自分はこんな見た目になるような、感情や思考を込めただろうかと首を傾げた。


「……実際、被って試してみないとどうにもならないけど……今は試しようがないんだよな……。まあ、顔そのものは隠せる形だし、『顔がバレないようにする』って目的は果たせるか」


 あとは――と、視線を『釘』へ移す。

 

 この『釘』が力を正しく発揮できるか否かが、最も重要だ。

 あまり無駄撃ちはしたくないが、目的を果たせないガラクタだったら本末転倒な訳で。となると――身の回りのなにかで試してみるしかない。


 カイは手の中に収まる程度の大きさの『釘』を持ちながら、鍛冶場や家の中をうろつき始める。

 ひんやりとした金属の、ざらざらとした感触。丁寧に磨き上げることもなく作り上げたそれは、妙に手に馴染んで心地が良い。


 母さんが使っていた調理器具には――使いたくない。

 父さんが使っていた仕事道具も、論外だ。

 カナエのものも――絶対に触れたくない。


 家の中のものは、どれも大切に思えて――今の俺が触ってはいけない気がした。そうすると、自分の私物で、適当に消費できるものを探さないと。


「――あ、そういえば……買ったまま放っておいたパンがあったな……いつに買ったやつだっけ……」


 作業に没頭して、完全に食べることを失念していた存在を思い出す。確か一段落したら食べようと思って、戸棚に放り込んだままだった筈だと、カイの足は台所へと向かった。


 そこには、すっかりカビに塗れてカチカチに固まった――パンだったものがひと塊、無残にも転がっていた。

「……こりゃひどいな……。母さんとカナエが見たら、めちゃくちゃに怒られそうだ」

 もう起こりもしないことを想像しながら、手に取ることすら躊躇うほどのそれを、そーっと手繰り寄せる。


「もう捨てるしかないものだし、ちょうどいいか」

 カビたパンなら、『釘』を試すのに最適だ。例えば――見た目を、カビていないパンに変えるくらいなら、できるだろう。


 手元で弄っていたそれを、カビたパンに「見た目を変えろ」と考えながら埋め込む。

 すると――

 

「……え、」


 ふわり、と鼻をくすぐるライ麦が焼けた匂い。

 それは、とても懐かしい――


「……かあさんの、パン」


 焼き立ての、大好きだったパンが、目の前にある。

 カイはたまらず手を伸ばすと、じんわりと熱が指に伝わってくる。

 途端、カイの腹からは「ぐぎゅるるる」と空腹を知らせる声が上がって――躊躇わず、手に取った『それ』にがぶりと食らいついた。


 どっしりとした噛み応えのある食感を楽しむように、ゆっくりと、何度も咀嚼する。

 最初は少し酸味があって、でも奥歯で噛めば噛むほど甘くて――カイはこのパンが大好きだった。

 本当は飲み込むときにスープがあった方がいいけど、今はただ、このパンが食べたい。

 口の中の唾液をたらふく吸った『母さんのパン』は、少し引っ掛かりながらも腹に落ちていく。


 ――まだ、足りない。


 そういえば、最後に食事をしたのはいつだっただろう。

 思い出せないけど、兎にも角にも、腹が減って仕方がなかった。

 幸いにも、目の前には『大好きなパン』がある。

 

 なんの疑いも抱くことなく――カイは残りのパンを、がつがつと貪り始めた。


 ◆


 翌日、盛大に腹を壊したカイは、家の中で身動きが取れなくなっていた。

 上からも下からも、ありとあらゆる水分が出ていき――カイは、生まれて初めて『孤独死』の恐怖を知る。

 

 まさか、欺瞞の力が自分の正気をあんなに揺るがすものだとは思っていなかった。

 目の前にあったものは、カビだらけのパンではなくて、母さんが作った焼きたてのパンだと信じて疑わなかった。――自分自身が、あの『釘』を使ったにも関わらずだ。


(……食べ物に使うのは、もう絶対にしない……)

 その前に、このままここで野垂れ死ぬ可能性もあるのだが。

(もう少し、試すにしてもちゃんと考えなきゃならなかった……)

 そう痛感しても、後の祭り。

 カイは一層強くなった痛みと吐き気に襲われ、床で藻掻き、呻く。


 いよいよもって駄目かもしれない。そう目を閉じたとき――


「――カイ! アンタ、なにしてんだい!」

「……、…………ぁ、え……?」


 最後に見えたのは、妙に慌てた近所のおばさんの顔。

 あれ、なんで、と疑問に思う間に――カイの意識は、遂に途絶えた。

 


〈続く〉

私が二度と罹りたくない病気一位は、感染性胃腸炎です。

きっとこのカイも同じ気持ちだと思います。

二度とカビたものや腐ったものを口にいれたりはしないでしょう。……多分。

===

土日投稿はエネルギー充填のため、しばらくお休みします。

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― 新着の感想 ―
なんてこった……! 見た目だけでなく味も変えちゃうのすごいと思いつつ、 お大事に……
ひ、ひたすら恐ろしい⋯⋯(自分の腹を押さえながら) 高い勉強代でしたね⋯⋯。
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