『思考』
ジャンル:ホラー / ダークファンタジー / サスペンス
・本作には暴力的描写や流血表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
・宗教・神格・悪魔などを題材にしています。信条により不快に感じる可能性があります。
・心理描写や恐怖描写が強めです。ホラー表現に抵抗がある方は閲覧をお控えください。
朝日が差す中、山を降りて、カイは鍛冶場へと戻る。
しん、と静まり返った――自分に残された居場所。
「ただいま」と言っても、返ってくる言葉はない。
……慣れなければならないのに、慣れたくないと思っている。
ぱち、ぱち、と炉が爆ぜる音を聞きながら、持ち帰られるだけ持ち帰った悪魔の遺骸を奥の空間に広げた。
泥や土にすっかり塗れているから、材料にする前に一旦綺麗にしなければならないだろう。――ああ、その前にぼろぼろの装飾品らしきものも、なにか利用できないだろうか、とも考える。
結局のところ、自分は鍛冶師の息子でしかないのだと、こういう時に実感する。
華々しい騎士にも、猛々しい戦士にもなれない。
ただ、なにかを素材に作ることしかできない職工のひとり――というのも、もはやおこがましいのだが。
この『悪魔の遺骸』を使って、抗う力を手に入れる。
――そのために自分ができる事は、この骨を元に、俺の力となる武器を鍛えることだけだ。
「……っていっても、なにを作るか……」
力を象徴する武器――といえば、剣が筆頭に挙げられる。
――が、いきなり片手剣だとか両手剣を試作するというのも、失敗したときに中々痛い。
「だとしたら……。――まずは、ナイフくらいから……ナイフ、ナイフか」
否応なしに、初めてナイフを作ったことを思い出し――目の奥が昏くなる。
……ああでも自分の力の象徴としては、ちょうどいいかもしれない。
骨を砕いて磨り潰すことに、なにも感じない。
かつて『命』だった『もの』を、力のために利用しているというのに。
鋼鉄を熱し、叩いて、伸ばして、叩いて――磨り潰した骨を混ぜて――さらに叩く。
――相手の命を奪えるように。
――より鋭利に。
――どこまでも鋭くあれ。
願いながら、一回一回、槌を振り下ろす。
異物が混ぜ込まれた金属は、いつもと叩き心地が違った。
このナイフで、カナエをどう取り戻そうか。
まずは、あの神官の命を奪うことから? いや、子供ひとりが神官ひとりをどうこうしたところで、大神殿に連れていかれた『カナエ』を取り返すことなんて無理だ。
もし――近衛聖騎士の武器に使われていたら? ……小さなナイフで近衛聖騎士の武器が壊せるのだろうか?
疑念と思考を巡らせながらも、槌を握った腕をまっすぐ振り落とし続ける。
何度も、何度も、何度も。――行き場のない感情を、ぶつけるように。
「――あれ? なんでだ……?」
ふと、違和感に気付く。
まったく『鋭く』ならない。それどころか――酷く歪で――誰も殺せないほどの鈍ら。
どれだけ鋭利な刃物を望んで、叩いても叩いても、俺が望んだ形にならない。
出来上がったナイフは、ナイフとしての形を成していない。
とんだ失敗作を生み出してしまった、と自分自身の未熟さに思わず呻いた。
「……まあ、一番最初の試作、だしなぁ……」
刃を作ろうとしても刃とならなかった、ただの金属の塊を手元で弄る。
直後――ぴり、と皮膚に痺れるような痛みが走った。
なんだ、と掌を見ると、一直線に赤い切り傷ができあがっていた。まさか、この鈍らで手が切れたのか? と我が目を疑うが、今のところ原因はこれしかない。
「刃が潰れてるのに、切れる。……この見た目で刃物として成立している……?」
そうっと指先で金属の塊を摘まみながら、試しにその辺に転がしていた布を撫でてみる。
――すぱり、となんの抵抗もなく切れた。
嘘だろ、と驚愕の声が思わず零れる。
本当にこの見た目で、鋭利なナイフになっている事実を目の当たりにしてしまった。
これは一体どういうことなのだろうか。考えられるとしたら、混ぜ込んだ『遺骸』くらいしか原因がない。
――じゃあ、この遺骸がもたらした効果は、なんなんだ?
「……わからないなら、何度も繰り返して、試していくしかないか」
なんの手がかりもないのだから、試すしかない。
馬鹿みたいに愚直に重ねていくことしか――俺にはもう、選択肢がないんだ。
◆
金属の塊なのに、鋭利に切れるナイフ。
ナイフの形をしているのに、何も切れない鈍ら。
重そうな見た目に反して、木のように軽い槌。
逆に軽そうなのに、地面が凹むほど重い小さな金属片。
どれもこれも、見た目と中身がちぐはぐだ。
辺りが真っ暗になるまで試行錯誤を続けていれば、カイの周りにはガラクタじみたものがいくつも転がっていた。
ガラクタたちから導き出せる共通点を、カイは探る。
ぱち、ぱち、と火が爆ぜる炉の前で思考を巡らせていると、顎先からぽたりと汗が落ちていった。
「……ちぐはぐ……、見た目と中身……。……まさか――俺の感情が、影響している?」
――なによりも、鋭くあれと願った。
――きっと、これも切れないと思った。
――槌が、もっと軽ければ楽なのにと願った。
――材料が、もっと少なく済めばいいのにと思った。
点と点が、繋がっていく感覚。
身体はひどく熱いのに、妙に頭が冷えていく心地だ。
「――信じたものが、……真実とは、限らない……」
はは、と笑いが零れた。
――父さんが布に残していた遺言。
見逃してしまいそうなほどに端に小さく書かれていた、その意味を……今、ようやく理解できた気がする。
そうだ。嘘、偽り――欺瞞の力。
この遺骸はきっと――『欺瞞の悪魔』のものに違いない。
「ああ……、それなら……『釘』と『槌』を作ろう」
俺は、俺が刻みつけたいものを、対象に打ち込める力を求める。
それなら、相手が『人』でも『物』でも――『信仰』そのものでも、太刀打ちできる可能性が生まれるんじゃないか。
――だったら、槌は墓にある石を使いたい。
もし礎石があるのなら、それが一番いい。感情を刻みつける槌に相応しい『素材』だ。
作るときには、感情を一つに集中させる必要がある。だから、これも何度か練習を重ねないといけない。
ああ、それならまた今夜も山に行かないといけないな、と次から次へとやるべきことが湧いて出てくる。
やることが沢山あるのは良い。余計なことを考えずに済む。
カイは、慣れたようにガラクタを片付けて――いつものように黒い外套を羽織った。
「――さ、今夜も励むとしますか。今夜はきっと、大仕事になる」
〈続く〉
いつも閲覧・リアクション・感想ありがとうございます。
今回は、現在軸のカイのスタイルが決まった回となります。
かくしてカイは、この遺骸は『欺瞞の悪魔』であると認識しました。
実際はどうかは兎も角として、認識・定義って大事ですよね。




