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壊の唄  作者: 猫島けい
第二章
13/14

『真実』

ジャンル:ホラー / ダークファンタジー / サスペンス

・本作には暴力的描写や流血表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。

・宗教・神格・悪魔などを題材にしています。信条により不快に感じる可能性があります。

・心理描写や恐怖描写が強めです。ホラー表現に抵抗がある方は閲覧をお控えください。

 母さんも、カナエもいなくなって、この家の朝はひどく静かになった。

 

 焼き立てのパンの匂いも、カナエが自分を起こしにくることもない。

 いつだったか。どうしてもあの味が恋しくなって、一時期はパン作りに父さんと励んだこともあるけど、二人して納得が行かなくなってすぐに止めた。

 最近じゃすっかり、父さんに渡された銅貨を持って、近所にでき合いのものを買いに行くことばかりだ。


 ――そんな、ある日のこと。

「――俺が、近衛聖騎士さまの武器を、ですか……?」

「ええ、鍛冶師ケン。ちょうど良い純度の結晶が手に入りまして。大神官さまより、是非あなたに依頼を、と。ただ、正式なものではなく何かがあった際の替えではありますが……」


 話を聞いていたカイの瞳は丸く開かれる。

(父さんが、近衛聖騎士の武器を作れる! 父さんの夢が叶うんだ!)

 その事実が、カイの心を高揚させた。


「それはまた――ありがたいお話で。……ぜひ、請けさせてください」

「ええ、ええ。貴方ならそう言ってくれると思っていましたよ」

 神官はどこまでもにこやかに頷くと、傍に控えていた聖騎士に持たせていた包みを父さんに渡させる。あれの中にはきっと『良い純度の結晶』が入っているんだろう。


「今回、納期は定めません。貴方が思うように、最高の作品を作り上げよ――とのことです」

「――しっかり、務めさせていただきます」


 その日の晩、カイと父親の夕食はいつになく賑やかなものだった。

 普段口数少ない父さんが、嬉しそうで、カイはついつい喋りすぎてしまう。

(ここに母さんとカナエがいたら、もっと楽しくて嬉しかったんだろうな)

 とは思いもしたが……二人はもう、ここにいない。

 ――もしかしたら、神様の御許ってところから、俺達のことを見守ってくれているかもしれないけど。


 ◆


 ――夕食のにぎやかさとは一転して、とっぷりと静けさが包む夜半過ぎ。

 

 ケンは、丁寧に包まれている布を無骨な指で剥がしていく。

 はら、と解けた布の中から出てきたのは、あまりにも透明な結晶だった。

「……これは……ここまでのものは――」

 これまでの鍛冶師人生で、見たことがないほどの純度の高さ。一筋の内包物すら、この結晶を引き立てているようで――

 

「――ん? この、色は……」

 角度によって虹色に見える、銀色のインクルージョン。

 ケンは、その色に『見覚え』があった。

 息子が妹のために、この世でひとつしかない加工をしようと何度も奮闘した成果。

 俺が、その色を、その輝きを見間違えることなぞ――あり得ない。


 薄白の結晶を、親指でそっと撫でる。

「……――カナエ、なのか?」

 まさか、と思った。ただの気の迷いだと思いたかった。

 ――けれど、その呼びかけに応じるように、結晶は淡く白く光る。


 ああ……、と声が零れ落ちた。

 小さくなってしまった『娘』を、両の手でやわく抱き締める。

 そうか、そうなのか……。これまでの、俺の人生は――。


 ◆


 妙に喉が渇いて、めずらしく、夜中に目が覚めた。

 夕食で喋りすぎたかな、と喉をさすりながらカイは階段を降りる。

 

 ぎい、ぎい、と冷たい木が軋む音だけが響く。

 自分の息遣いしか聞こえない。

 まるで、この家に自分一人しかいないような孤独さ。


(大丈夫、だって父さんも、寝て……いや、そろそろ起きてくるころかな……)

 父さんは誰よりも遅く寝て、誰よりも先に起きて仕事を始めるのだから。

 まだ日が昇らない、この時間帯に起きてくるはず。

 そうしたら――「カイも、山に行くか」なんて誘ってくれるはずなんだ。


 桶に汲んであった水を一口飲んで、辺りを見渡す。

 ――妙に、静かすぎる気がする。

 父さんの気配が、まるで感じられない。

 ……もう山に行ってしまっているのだろうか。いや、山に行くにはまだ暗すぎる。

 

 は、と吐き出した息の音が響く。

 もしかしたら、鍛冶場で近衛聖騎士さまの武器を作るための準備をしているのかもしれない。……すっかり目が覚めたから、隣で見てても大丈夫かな。

 そんな期待を抱きながら、足は自然と父がいるであろう鍛冶場へと向かう。


 ――ゆらり、と鍛冶場で影が揺れる。

 それが大きな背中だと理解して、カイはほっと安堵の息を吐いた。


「父さん、なにしてる――、の……」


 ……ぎい、――ぎい、――ぎい。

 ――ゆれている。――天井から、大きなからだが、吊られて。

 ――ぎい、……ぎい、……ぎい。

 揺れて、虚ろな目が、だらりと開いた口が――


「――――ぁ、」

 

 じわりと涙が分厚く膜を張った。ひゅう、と息が漏れた。

 足の力が抜けて、その場に、へたり込んだ。

 荒くなる呼吸を、手で押さえようとするけど上手くいかない。

 掌が、じっとり濡れていく。


 ――おれ、ひとりぼっちになっちゃった。


 母さんも、カナエも、――父さんも。

 みんないなくなって、俺だけがここに残ってしまっている。


 泣きたいのに、涙は出なくて。

 叫びたいのに、声も出ない。


「――……とうさん、かあさん……、……カナエ……」

 おいていかないで、ひとりにしないで。

 そう乞うても、叶えてくれる人は――誰もいない。

 

 途端に、白い光が視界に入る。

 暗闇の中でぼんやりと光るそれに、カイは、半ば這って近づいていく。


「……――きれいだ……」

 やわらかくて、あたたかい光に、そっと触れる。

 まるで「大丈夫だよ」と言ってくれている気がして、カイはその光を両手でぎゅっと抱き締めた。


 ――そうして、ひとりで過ごしていれば徐々に朝日が昇ってきたらしい。

 鍛冶場にも陽光が徐々に差し込んでくると、カイは抱き締めていた『もの』の姿を明瞭に捉えることができた。

 

 それは――どこまでも透明で、綺麗な結晶だった。

 

 それは――見覚えのある『色』だった。

 

 妹に喜んで欲しくて、試行錯誤した果てに生み出した虹色。

 たった一筋のそれを、カイが見逃すはずもなかった。

 

 ――ああ、と小さな声が響く。

 小さくなってしまった『妹』を、今度こそ強く抱き締めた。



〈続く〉


ここまで読んでくださりありがとうございます。

こうして、カイは一人ぼっちになりました。

次話以降で、なぜ復讐を選んだのかをカイの視点を通して味わっていただければと思います。

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― 新着の感想 ―
はー!  神官さまもなんと罪深い。これは報復を受けても文句言えない所業。 続きの執筆、頑張ってください〜!
ふーん、神殿くん、そういうことしちゃうんだ〜。⋯⋯いつか盛大にくたばってくれることを願っています!
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