『別離』
ジャンル:ホラー / ダークファンタジー / サスペンス
・本作には暴力的描写や流血表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
・宗教・神格・悪魔などを題材にしています。信条により不快に感じる可能性があります。
・心理描写や恐怖描写が強めです。ホラー表現に抵抗がある方は閲覧をお控えください。
――母さんが、神の御許に連れていかれて五年ほど経った。
当時は随分と寂しがっていたカナエも、今ではそれなりに立ち直ったらしい。
「お母さんは神様のところに行っただけだから。きっといつか、また会えるよね」
自分に言い聞かせるように毎晩繰り返していた妹に、自分は上手く言葉が返せなかった。情けなく眉尻を下げて、カナエの言葉を聞くことしかできなかったんだ。
神様の御許って、結局どこにあるのかな。
――神様って、本当にいるのかな。
みんな、当たり前のように信じていることが、俺にはよく分からない。
分からないけど――みんなと『違う』ことが怖い。
それに、いつかは父さんみたいにカッコよくて綺麗な剣が作りたいから――胸の裡に湧き続ける疑問も違和感も、ずっと見ない振りをしている。
あれから父さんは宣言通り、武器作りの助手をさせてくれている。
間近で見る父さんの技術は、何度見ても吸収しきれない。
僅かな歪みも、ブレも一切妥協しない。出来上がった刀身はいつだって真っ直ぐで、吸い込まれてしまいそうになるくらい光っている。
そんな五年の歳月は、自分にとっても大きな成長をもたらしてくれた。
あの時、小さなナイフしか作れなかった俺が、炉のすぐ近くで父さんの手伝いができて――なんなら、一人でちょっとしたものも作れるようになったのだから。
「――兄さん」
「カナエ、どうしたんだ?」
あのね、と続ける妹は、胸元に揺れるペンダントをぎゅうと握りしめている。
カナエの瞳は僅かに揺れていて、なにか困りごとでもあったのか、とカイは眉根を寄せた。
「その……、神官さまが……」
「――え、」
◆
「まさかケンの家で、二人もルシエル様に選ばれるだなんて、すごいじゃないか!」
「ほんとほんと! これもケンさんが日々聖騎士さまの剣を作っているお陰かしら?」
「カナエちゃん、良かったねぇ。神様のところでお母さんも待ってるよ」
鍛冶場の――家の外はちょっとした騒ぎになっていた。
それもこれもすべて、大神殿からわざわざやって来た神官の所為だろう。
ゆったりとした純白のローブを身に纏った神官は、カナエの姿を見て、恭しく一礼する。
「ああ、この良き報せをご兄弟に知らせていたのですね。改めて、『カナエ』さん。ルシエル様に選ばれたその幸運に、神官『キョウ』から祝福を――」
「あ、ありがとう、ございます」
「お父さまも、きっとお喜びのことでしょう。お母さまに続いて『カナエ』さんが選ばれるとは。私も、お二人をルシエル様の御許にお連れできることを嬉しく思いますよ」
父さんは、黙ったままだ。……母さんの時も、同じだった。
神官に連れていかれるとき、ただ抱き締めただけで。
「お、お父さん、あのね――」
「――。……母さんに、よろしくな」
その大きな手で、カナエの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
父さんの表情を見た俺は何も言えなくて、服の裾を握る。
「おめでとう」「しあわせにね」「ユウさんによろしく」「うらやましいよ」
そんな声がきもちわるくて、耳を塞ぎたいのに塞げない。
ここで、変なことをしたら――きっとカナエが嫌な思いをするだろう。
――最後くらい、かっこいい兄で在りたかった。
カナエはペンダントを握ったまま、俺の近くへ寄ってくる。
もう片手は、俺の服の裾を小さく握ってきた。
「――兄さん、野菜もちゃんと食べないとダメだからね。身体、壊しちゃうよ」
「…………野菜、嫌いなんだよ」
「うん、知ってる。……だから、あのね。私が作ったスープ、いつも全部食べてくれてありがとう」
「――。……うん」
気の利いた言葉でも掛けてやれれば良かったのに。
上手く言葉が口から出てこなくて、俺はカナエの頭を撫でてやることしかできなかった。
「さあ、カナエさん。参りましょうか」
「……はい」
神官に促されて、カナエは頷く。
――父さん、兄さん、いってきます。
その一言を残して、妹は神様の元に連れていかれてしまった。
◆
真っ白な部屋。真っ白な台の上に寝かせられる。
ここから、神様のところに行けるんだと思うと、少し緊張してきた。
神様に選ばれることは一番の栄誉で幸せなことなんだって、みんな言ってた。
だから、これはきっと良いことなんだと思う。
だから――ちょっと怖くても、私は大丈夫。
幼いころにわがままを言って作ってもらった、私だけのペンダントを握りしめる。
ずっと肌身離さず着けていたから、きっとこれも神様のところに持って行けるはず。
さびしいときも、泣きたいときも、このペンダントに触れるだけで、兄さんが「大丈夫だよ」って傍にいてくれる気がした。
――さあ、ルシエル様へ祈りましょう。
――純粋な祈りこそ、貴方を神の御許へ連れて行くのです。
――貴方に唯一神の御加護があらんことを。
偉い神官さまの声が聞こえて、私はペンダントを握ったまま胸の前で手を組む。
目を閉じて、神様に祈りを捧げようとして――
――私の身体は、真っ白な光に包まれた。
ううん、違う。これは、私の身体が『燃えている』んだ。
熱くて、熱くて、熱くて、熱くて。
痛い、いたい――!
私の身体が、どんどん燃えて、とけて、無くなっていく。
大丈夫かな、ほんとうに、これで神様の、おかあさんのところにいけるのかな。
ああ、わたしの意識がなくなっていく。
溶けて、とろけて、わたしが、わたしじゃなくなっていく。
――たすけて、にいさん。
その場に残ったものは、一つの結晶。
限りなく透明に近いそれは、実に美しい。
――けれど、一筋のインクルージョンを内包していた。
「……ふむ、実に惜しい。これさえなければ、神の糧になれるほどの純度なのだが」
「ああ、本当に……。母親のものに比べて実に美しいというのに……その銀色の不純物が邪魔で仕方がない」
「まあまあ、二人とも。その純度なら――近衛聖騎士の武器にちょうどいいじゃありませんか」
かつて少女だった結晶を、彼らは事もなげに運んでいく。
もう、彼らにとって『それ』は人間ではないのだ。
〈続く〉
――という事で『神の御許』に行く意味を示した話になります。
神官『キョウ』も、ここまで読んでくださった皆さんには、見覚えのある名前なんじゃないかなと。
いつも読んでくださってありがとうございます。閲覧、感想、リアクション、どれも励みになっております。
次回も楽しみにしていただけたら幸いです。




