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第7話(最終章):誰がためでもなく、影はゆく


 蒼い光が収束し、世界から音が消えた。

 先ほどまで吹き荒れていた神城の紅蓮の炎も、彼が誇示していた権力の象徴も、跡形もなく消え去っていた。瓦礫の山だったはずの場所には、ただ、不自然なまでに平らで静かな「無」の空間が広がっている。

 神城 黎という存在は、肉体だけでなく、人々の記憶からも急速に剥落はくらくし始めていた。

「……終わったのか」

 佐藤刑事が呆然と立ち尽くす。

 視線の先には、蒼い光の残滓を纏った『滅』が立っていた。しかし、その姿は陽炎のように透け、今にも夜風に溶けてしまいそうだった。

少女の正体と、滅の過去

 滅の傍らに、あの少女が歩み寄る。

 彼女は透き通る琥珀色の瞳で滅を見上げ、そっとその手に触れた。

「おじさん……ううん、『兄さん』。もう、いいんだよ」

 その言葉が引き金となり、滅の脳裏に「消し去ったはずの記憶」が溢れ出す。

 20年前の火災。燃え盛る孤児院。

 彼は、幼い妹だけを助けようと、自分の中に芽生えた「火」を無意識に解き放った。だが、その未熟な蒼い火は、助けたかったはずの妹の「存在」そのものを世界から消し去ってしまったのだ。

 少女は、あの日消えた妹の**「残留思念」**であり、滅が罪を焼き続ける原動力となっていた「後悔」の具現者だった。

「私はもう大丈夫。おじさんがたくさんの罪を消して、世界の歪みを直してくれたから」

 少女の姿が光の粒子となって霧散していく。

 滅の右手の痣は心臓を飲み込み、彼の肉体は限界を迎えていた。

残された世界

 数ヶ月後。

 世間を騒がせた「いじめ加害者の顔面焼失」や「大物インフルエンサーの失踪」は、次第に都市伝説として風化しつつあった。

 神城グループという巨大企業も、いつの間にか「最初から存在しなかった」かのような不自然な倒産を遂げ、人々の記憶から消えていった。

 佐藤刑事は、今は閑職に追いやられ、寂れた派出所に詰めていた。

 彼は時折、あの夜の「無」の光景を思い出す。警察のデータベースからも、あの事件の記録は抹消されている。だが、佐藤の手元には、あの日現場で拾った、文字の刻まれた「燃えかす」だけが残っていた。

「正義でも悪でもない……か。あんたのおかげで、少しはマシな世界になったのかね」

 佐藤は空を見上げ、煙草をくゆらせた。

誰にも知られず、生き続ける

 雑踏の中。

 深くフードを被った一人の男が、人波に紛れて歩いていた。

 

 かつて彼を苛んでいた心臓の痣は消え、代わりに右手の掌には、小さな、消えることのない蒼い火のしるしだけが残っている。

 存在そのものを消し去る代償として、彼は「誰の記憶にも残らない男」となった。

 たとえ誰かと肩がぶつかっても、言葉を交わしても、次の瞬間には相手の意識から消え去る。家族も、名前も、過去も持たない。

 スマホの画面では、また新たな「理不尽な罪」がニュースとして流れている。

 法が届かない場所で、誰かが涙を流している。

 男は立ち止まり、その方向に視線を向けた。

 救いも、報酬も、称賛も求めない。

 ただ、世界の歪みを正すため、影は再び動き出す。

 誰が呼んだのか。

 その者は、『滅』。

 

 今日もどこかで、人知れず――罪が消える音がする。

【完】

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