第6話:無に帰すか、赤に染まるか
孤児院の跡地は、一瞬にして地獄へと変貌した。
上空から降り立った神城 黎は、狂気じみた笑みを浮かべ、両手から溢れ出す紅蓮の火を周囲に撒き散らす。
「見てよ、この火! 恐怖、羨望、憎悪……人間の汚い感情を煮詰めれば、こんなに美しい色が生まれるんだ!」
神城の放つ火が触れた瓦礫が、生き物のようにうごめき始める。変質した瓦礫は鋭い棘となり、意志を持つ凶器として滅を襲った。
「……汚らわしいな」
滅が静かに右手をかざすと、襲い来る棘が触れた端から「無」へと還っていく。音が消え、質量が消え、光すらも吸い込まれるような蒼い空洞がそこに生まれる。
ぶつかり合う二つの「火」
消去の蒼と、支配の赤。二つの火が正面から衝突した瞬間、跡地を中心に衝撃波が吹き荒れた。
「無駄だよ! 君がどれだけ消しても、人間の欲がある限り僕の火は無限に湧いてくる!」
神城の火が滅のコートを焦がし、その熱が滅の肌を焼く。同時に、滅の右手に刻まれた痣が、生き物のように脈打ちながらついに心臓の淵へと到達した。
「が、はっ……」
滅が膝をつく。心臓を直接握りつぶされるような激痛。力が強まるほど、滅自身という存在が、世界から「消去」されるカウントダウンが加速していく。
佐藤刑事の決断
「……撃つな! 全員待機だ!」
サーチライトの陰で、佐藤刑事は叫んだ。部下たちは混乱し、銃口をどっちに向けるべきか戸惑っている。
佐藤の目には、神城の火の中に「法」で裁ける限界を超えた邪悪が見えていた。一方で、滅の火は、あまりに孤独で、あまりに虚無だった。
「佐藤さん! あのままじゃ街が火の海です! どちらも化物だ、まとめてやるしか……!」
「違う! 片方はただの破壊者だが、もう片方は……あいつは、俺たちの代わりに『ゴミ』を背負い込もうとしてやがる!」
佐藤は警察官としての矜持と、一人の人間としての直感の間で激しく揺れ動く。
そして、彼は腰の拳銃ではなく、無線機を掴んだ。
「全班に次ぐ! ターゲットを神城黎に変更。あいつの背後にある『神城グループ』の隠しサーバーを物理破壊しろ! 燃料を断てば、あの赤火は弱まるはずだ!」
それは、法を司る者が「影の処刑人」に加勢するという、越えてはならない一線を越えた瞬間だった。
滅の覚醒と、究極の選択
警察の介入により神城の背後のバックアップが乱れた一瞬、滅は顔を上げた。
視界の端に、あの少女が立っている。彼女は悲しげに微笑み、滅の胸を指差した。
『おじさん、全部消しちゃう? それとも、おじさん自身が火になっちゃう?』
痣が心臓に溶け込む。滅の瞳から人間らしい色彩が消え、全身が透き通るような蒼い光に包まれた。
「……神城。お前という『罪』だけではない」
滅の声が、重なり合う何千人もの祈りと呪いのように響く。
「この地を蝕む欲の連鎖ごと、俺が、無へと還す」
滅が両手を広げた。蒼い火はもはや火の形を留めず、すべてを飲み込む**「事象の地平」**となって神城へと迫る。
「な、なんだこれは……! 僕の火が、吸い込まれて……消えっ、やめろ、来るな! 僕は世界の王に……!」
神城の絶叫も、紅蓮の炎も、豪華な野望も。
滅が放った真の『滅』の力の前では、ただの一行の「書き損じ」に過ぎなかった。




