第4話:観測者と追跡者
警視庁庁舎の一室。そこは、普段の喧騒とは無縁の「非公開捜査室」だった。
佐藤刑事は、真っ白なモニターを指差したまま、並み居る専門家たちを睨みつけていた。
「……もう一度言ってみろ。データが『消えた』んじゃないだと?」
解析官は額の汗を拭いながら、震える声で答えた。
「はい。消去された形跡も、上書きされたログもありません。……最初から、ゼノンという男のSNSアカウントも、銀行口座も、この世界には『存在していなかった』ことになっています。物理的なハードウェアが消失しているわけではないのに、その中身(情報)だけが、概念ごと蒸発しているんです」
佐藤は、かつてない戦慄を覚えた。
いじめっ子たちの顔を焼いたのは、物理的な攻撃かもしれない。だが、デジタルデータの存在そのものを抹消するなど、人間、いや、国家にすら不可能な芸当だ。
「これはもはや、傷害事件でもテロでもない。……世界の理を書き換える『何か』だ」
佐藤の独断で、警視庁内に『対・特別事象対策班(通称:火種)』が発足した。
彼らは、科学では説明のつかない「滅」の正体を、超常的な視点から追い始める。
唯一、彼を見る者
一方、月明かりも届かない深夜の跨線橋。
滅は、眼下を走る深夜貨物列車の音を聞きながら、自身の右手に刻まれた痣を見つめていた。
罪を滅するたび、その痣は少しずつ心臓へと伸びている。それは、この力を使い果たす時、自分自身も「滅」するという宣告だった。
「……また、少し熱が上がったな」
その時。
背後で、小さな靴音が響いた。
滅の全身に緊張が走る。彼の「感知」を潜り抜け、ここまで接近できる人間など、この世にいるはずがなかった。
「……おじさん、また寂しい火の使い方をしてるんだね」
鈴を転がすような、幼い声。
滅が振り返ると、そこには白いワンピースを着た少女が立っていた。
年の頃は十歳前後。夜の闇の中でも、彼女の瞳だけは透き通った琥珀色に輝いている。
「貴様……なぜここにいる。俺が見えるのか」
滅の問いに、少女は無邪気な笑みを浮かべて一歩近づいた。
「見えるよ。だっておじさんは、この世界の『消しゴム』でしょ? でも気をつけて。消しすぎると、紙そのものが破けちゃうよ」
少女は滅の黒いコートの裾を指先でつまんだ。その瞬間、滅の右手の痣が、呼応するように激しく拍動した。
「誰だ、お前は」
「私は、ただの『予報』。……おじさんが次に滅ぼすものが、おじさん自身の手に負えないものだって教えに来たの」
少女が指差した先。
そこは、街の権力を一手に握る大企業『神城グループ』のビルだった。
「あそこにね、おじさんと同じ『火』を持った、でもおじさんとは違う『罪』を飼っている人がいるよ」
滅が再び問い詰めようとした瞬間、突風が跨線橋を吹き抜けた。
風が止んだとき、少女の姿はどこにもなかった。
ただ、彼女が触れたコートの裾だけが、冷たい夜風の中で不自然に凍りついたように白くなっていた。




