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第3話:偶像の代償


 都心の一等地にある高級タワーマンション。その最上階で、男はシャンパングラスを片手に、複数のモニターを見つめていた。

 男の名は、ゼノン。登録者数数百万を誇る暴露系インフルエンサーだ。

「最高だな……『滅』の噂を流せば流すほど、数字が跳ね上がる。あのガキどもの顔が焼けた写真、一枚数百万で売れたぜ」

 彼は知っていた。あのいじめ動画を裏で拡散し、炎上を煽ったのは自分だということを。そして今、彼は「滅の正体を追う」という名目で、さらなる信者を集め、莫大な投げ銭を稼ぎ出していた。

 彼にとって、子供の顔が焼けようが、誰が死のうが関係ない。すべては、画面の向こう側の熱狂を金に変えるためのコンテンツに過ぎなかった。

神格化への嫌悪

 一方、深夜の公園。ベンチに座る『滅』は、自身の掌を見つめていた。

 指先から漏れる微かな熱が、夜の冷気を歪ませる。

 耳を澄ませば、街のいたるところから自分の名を呼ぶ声が聞こえる。

 ある者は救いを求め、ある者は復讐の代行を願い、ある者は自分を「正義の神」として崇拝していた。

「……正義の神、か」

 滅の口元から、自嘲気味な嘆息が漏れる。

 彼は知っている。自分は決して救世主などではない。ただ、世界の均衡を著しく乱す「罪」という名の不純物を焼き払う、生理現象のような存在だ。

 

 人々が自分を称賛すればするほど、その期待という名の「欲望」が、彼を不快にさせた。

 彼らが求めているのは正義ではない。自分たちが手を汚さずに楽しめる、残虐なショーなのだ。

「期待などするな。……俺が滅するのは、お前たちが望む悪だけではない」

偽りの裁き

 その時、ゼノンのマンションのインターホンが鳴った。

 監視カメラに映っているのは、一人の男。フードを深く被り、顔が見えない。

「ははっ、マジかよ! 本物が来やがったか?」

 ゼノンは恐怖よりも高揚を感じていた。室内には隠しカメラが仕掛けられ、ライブ配信の準備は万端だ。これを配信すれば、歴史に残るスクープになる。

「入れよ、神様。お前の断罪とやらを、世界中に生中継してやる……!」

 ゼノンがロックを解除し、ドアが開く。

 だが、入ってきたのは、熱を帯びた「沈黙」だった。

「ゼノン。貴様は他者の罪を喰らい、肥え太った」

 滅の言葉とともに、部屋の高級家具がパチパチと音を立て始める。

 ゼノンは慌ててスマホを向けた。

「おい、やれるもんならやってみろよ! 視聴者が見てるんだぞ! 俺を殺せば、お前はただの殺人鬼……」

「……視聴者、か」

 滅の瞳が、モニター越しに熱狂する数万人の「欲望」を捉える。

 次の瞬間、ゼノンの持つスマホがドロリと溶け落ちた。

「ぎゃああ! 熱い、熱いッ!」

「貴様の顔は焼かない。……代わりに、貴様が愛したその『繋がり』を全て焼き尽くす」

 滅が手をかざすと、部屋中のサーバー、PC、デバイスが青白い炎に包まれた。それだけではない。ゼノンがこれまで築き上げた銀行口座のデータ、信者たちの名簿、過去の動画資産――彼の「存在理由」であるデジタルデータが、一瞬で虚無へと帰していく。

 絶叫するゼノンの背後で、滅は静かに告げた。

「明日から、誰一人として貴様の名を呼ぶことはない。それは、死よりも深い滅びだ」

 翌朝。

 SNSからはゼノンのアカウントが完全に消失していた。

 それどころか、彼の存在を覚えている者すら、なぜか急激に減り始めていた。

 

 滅の力は、肉体だけでなく、その人間の「存在の痕跡」すらも滅する段階へと入りつつあった。

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