第3話:復讐の残響
深夜の路地裏。そこは、かつて滅がいじめっ子たちの顔を焼き、すべてが始まった場所だった。
アスファルトには今も微かな焦げ跡が残り、湿った空気が停滞している。
「……嫌な予感がしやがる。データの波が、ここ一点に集中してやがるぞ」
佐藤がタブレットを確認しながら、慎重に足を進める。その右手には、あの「燃えかす」が鈍く光り、いつでも蒼炎の銃を形成できる準備が整っていた。
路地の奥から、ズルリ、と影が這い出してきた。
それは、顔を焼かれた4人の少年たちの姿をしていた。しかし、その頭部は人間のものではない。彼らがかつて被っていた「仮面」や、周囲の「ゴミ」が歪に融合し、一つの巨大な異形と化していた。
「……『群体』か」
滅が低く呟く。
それは単なる再現体ではなかった。彼らにいじめられていた者たちの「恨み」と、焼かれた者たちの「屈辱」を、神城のシステムが強制的に増幅・結合させた**「怨念の集合知」**だ。
黒い盾:アンチ・エイレース
「あはは……熱い、熱いんだよぉ……!」
四人の少年の声が重なり、不快な不協和音が路地に響く。
滅が右手をかざし、蒼い炎を放った。すべてを消し去るはずの火――。
だが、炎がその怪物に触れる直前、漆黒の膜が展開され、蒼炎を霧散させた。
「――!? 消えないだと?」
「滅、気をつけろ! 敵は学習してやがる。あいつの周りにあるのは**『黒い盾』**だ! お前の『消去』の波動を逆相のデータで相殺してやがるんだ!」
佐藤の叫びとともに、怪物の触手が襲いかかる。滅は辛うじてかわすが、かつてのような一撃必殺の万能感は、そこにはなかった。
「……俺の火が届かないなら、物理的に叩き割るまでだ」
滅が踏み込もうとした瞬間、怪物の影から「声」が響いた。
それは、神城グループの残党、そして『記録する者』を統括する者の通信だった。
『無駄ですよ、滅。あなたの力は一方的な消去。ならば、消去される前に「記録」を無限に複製し、盾にすればいい。……さあ、佐藤元刑事。その「記憶の弾丸」、いつまで持ちますかな?』
佐藤の賭け
「……舐められたもんだな。俺の脳みそが、ただのHDDだと思ってんのか?」
佐藤が前に出る。彼の右手の「燃えかす」は、過負荷で熱を帯び、今にも砕け散りそうだった。
佐藤は滅を振り返らずに言った。
「滅。俺が今から、あいつの『盾』に穴を空ける。一瞬だ。その隙にお前の火をぶち込め」
「やめろ、佐藤! それ以上力を使えば、貴様の脳は……!」
「――うるせぇ! お前の顔、忘れかけてたところだ。思い出すために、デカい一発ぶちかましてやるよ!」
佐藤が指を銃の形に構える。
その指先には、滅の蒼炎だけでなく、佐藤の**「執念の記憶」**そのものが光の渦となって集束していく。
佐藤の視界がかすみ、滅の姿が、名前が、輪郭が、意識の端からこぼれ落ちていく。
「いっけぇぇぇ!!」
放たれた蒼炎の弾丸は、怪物の『黒い盾』と真っ向から衝突した。
強大なデータ相殺の嵐の中、佐藤の執念が、物理的な衝撃となって黒い盾を粉砕する。
「今だッ! 滅ーー!!」
滅は、佐藤の背中を、その消えゆく記憶の残光を背に、最大火力の蒼炎を解き放った。
盾を失った怪物は、今度こそ根源から「無」へと帰し、路地裏には再び静寂が訪れる。
代償:名前を失う夜
戦闘が終わった。
滅は、その場に膝をついた佐藤に駆け寄った。
「佐藤……大丈夫か」
佐藤はゆっくりと顔を上げた。
その瞳に、かつての鋭い光はない。彼は目の前にいる「蒼い炎を纏った男」を見て、不思議そうに首を傾げた。
「……あ? ……あんた、誰だ? ここで、俺は何を……」
佐藤の右手から「燃えかす」が転げ落ちた。
それはただの、真っ黒なプラスチックのゴミに戻っていた。
佐藤は滅を助けるために、その存在を完全に脳から「消費」してしまったのだ。
「……そうか。これでいい」
滅は、佐藤の手を握ることはしなかった。触れれば、また彼に不必要な記憶を植え付けてしまうかもしれない。
滅は立ち上がり、雨の降る闇へと歩き出す。
背後で、佐藤が呟く声が聞こえた。
「……妙だな。誰かに、すげぇ大事な用があった気がするんだが……。思い出せねぇな」




