第2話:残火の銃弾
都心の喧騒から外れた、古びた雑居ビルの地下室。そこが佐藤の「城」だった。
壁一面には、警察から持ち出した極秘の未解決事件データや、神城グループの残党に関する相関図がびっしりと貼り出されている。
「滅、よく聞け。あいつらが作り出している『再現体』は、ただの幻覚じゃない。デジタル空間に保存された過去の悪意を、特殊な粒子で再構成した実体だ」
佐藤は机の上に、あの日拾った「燃えかす」を置いた。それは今も微かに青白い光を放っている。
「俺はもうデカじゃない。弾の出る拳銃は持っちゃいねぇ。……だが、俺の脳が、指先が、お前を覚えている限り、この燃えかすは牙を剥く」
佐藤が「燃えかす」を握り締め、右手を銃の形に構えた。
その瞬間、滅の身体から立ち上る蒼炎が引き寄せられるように佐藤の指先に集まり、実実とした蒼い光の銃を形成した。
「皮肉なもんだ。お前という『虚無』を記憶し続けることが、俺の弾丸になるんだからな」
襲撃:甦る悪意
その時、地下室の温度が急激に下がった。
壁をすり抜け、二人の前に「それ」が現れる。
滅がデジタルごと消し去ったはずのインフルエンサー、ゼノンの再現体だ。
「……アハ、ハハ! 消されたよ、全部消された! でもね、記録は残ってるんだよ!」
ゼノンの再現体は、無数のスマホの画面が張り付いたような異形の姿に変貌していた。その画面一つ一つから、かつて彼が煽った憎悪の言葉が、物理的な衝撃波となって放たれる。
「滅、下がるな! 記録された悪意には、記録された正義で対抗する!」
佐藤が踏み出し、指先をゼノンの眉間に向けた。
「これは、お前が忘却の彼方に追いやった……遺失の業火だ。――食らいやがれ」
「撃けろ」
放たれたのは、弾丸ではない。滅の蒼炎を濃縮した「確定した虚無」の閃光だ。
再現体は、自らの存在を維持するデータそのものを蒼い火に喰われ、絶叫を上げる間もなく霧散していく。
代償の重み
静寂が戻った室内で、佐藤は激しく咳き込んだ。
指先からは煙が上がり、皮膚は軽く焼けている。だが、それ以上に深刻なのは、彼の瞳の奥に宿る疲労だった。
「ふぅ……。どうやら、一発撃つたびに、お前の記憶が少しずつ削られていくらしい」
滅を覚え続けることで得られる力。だが、その力を使うことは、佐藤の脳内に刻まれた「滅の存在」を摩耗させていく矛盾した行為でもあった。
「いいか、滅。俺の頭からお前の記憶が完全に消えるのが先か、あいつらの『記録』を全て焼き尽くすのが先か……。これは、そういう競争だ」
滅は無言で、震える佐藤の手を見つめた。
かつて孤独に罪を消していた死神は、初めて「自分を忘れないために命を削る人間」を目の当たりにしていた。
「……無理はするな、佐藤」
「ハッ、無茶を言いやがる。お前を忘れたら、この世界の汚れを誰が覚えているんだ?」
佐藤は笑いながら、新たな解析モニターを起動させた。そこには、次の再現体の出現予測地点――かつて滅がいじめっ子たちの顔を焼いた、あの路地裏が表示されていた。




