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新章 第1話:観測者の執念


 降りしきる雨は、すべての汚れを流すわけではない。ただ、地面に叩きつけ、よどみとして溜めるだけだ。

 かつて『滅』と呼ばれた男は、傘も差さずに繁華街の雑踏を歩いていた。

 行き交う人々は彼を避けるが、それは彼を認識しているからではない。無意識に「障害物」として処理しているに過ぎない。彼が誰かの肩に触れても、その人物は数秒後には、何かにぶつかったという事実さえ忘れてしまう。

「……また、始まったか」

 滅の瞳が、路地裏の奥に漂う「黒い霧」を捉えた。

 そこには、かつて彼が焼き尽くしたはずの連続強盗犯の姿があった。しかし、それは生身の人間ではない。体中からノイズのようなデジタルノイズを放つ、過去の罪が実体化した「再現体レコーダー・ゴースト」だ。

 再現体が通行人の女性に手をかけようとした瞬間、滅の右手が蒼く燃え上がった。

 声も上げず、感情も見せず、彼はその影を一撃で霧散させる。

 助けられた女性は、腰を抜かしたまま空を仰いだ。

「……え? 私、何してたんだっけ……。あぁ、雨がひどいから急がなきゃ」

 彼女は、目の前で自分を救った男に一瞥いちべつもくれず、走り去った。

 これが、滅の選んだ日常だ。

 救いはあるが、感謝はない。世界を修復するたび、彼は世界から切り離されていく。

「――相変わらず、虚しい仕事をしてやがるな」

 背後からかけられた、低くしゃがれた声。

 滅の足が止まった。あり得ないことだった。自分を認識し、言葉をかける人間など、この世にいるはずがない。

 振り返った先に立っていたのは、ビニール傘を差した、白髪の混じった男。

 元刑事、佐藤だった。

「……なぜだ。なぜ、俺が見える」

 滅の問いに、佐藤は自嘲気味に笑い、ポケットからボロボロになった「燃えかす」を取り出した。あの日、現場で拾った文字の刻まれたプラスチック片だ。

「これに、お前の名前を刻み込み続けたんだよ。毎日、一日に百回、千回とな。脳が忘れるより早く、指先に、目に、お前の存在を叩き込んだ。……警察を辞めてまで、こんな非効率なことを続けていたのは、俺ぐらいなもんだ」

 佐藤の瞳は充血し、その表情には狂気すら宿っていた。

 忘却という世界のルールに、人間の「執念」だけで抗った証拠だった。

「滅……いや、名もなき掃除屋よ。あいつらが動き出したぞ。お前が消したはずの『罪』を掘り返し、世界を再び泥沼に突き落とそうとしている連中がな」

 その時、佐藤の持っていた古いタブレット端末に、ノイズ混じりの映像が映し出された。

 それは、死んだはずの「神城 黎」が、どこか見知らぬ研究所で不敵に微笑む姿だった。

「俺はあいつらが許せねぇ。……お前の『消去』を、無かったことにしようとするあいつらがな」

 忘却の底で独り戦う死神に、唯一、彼を覚えている老刑事が手を差し伸べる。

 再び、二人の時間が動き出した。

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