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9/12

呪いが解けた朝 ――お城では、ターニャ王女がお怒りです!――

 ユリアーナが去り、公爵邸でコンラッドが侍女たちにこっぴどく説教されている頃。


 その裏で――

 ターニャは、かつてユリアーナが暮らしていた別邸へと足を運んでいた。


 部屋に足を踏み入れた瞬間、空気が歪む。


 黒い霧が、音もなく床を這うように広がり――そこから、一人の男が姿を現した。


 黒髪、赤い瞳。

 長身痩躯の身体を、燕尾服が完璧に包み込んでいる。

 人間とは思えぬほど精巧に整った顔立ちに、知性を宿した眼鏡。


 ――悪魔。


 それも、いにしえの悪魔であった。


 かつて。

 初代皇帝カナタが女を次々と孕ませ、増え続けた末に腐敗していった皇族の血を呪うため、ターニャが契約を交わした存在。


「久しぶりじゃのう。」


 ターニャの声に、悪魔は静かに笑みを浮かべ、深く一礼する。


「お久しゅうございます。前回の“お呼びだし”も、実に芳醇でした。――さて、今回は?」


 悪魔は楽しげに眼鏡の位置を直した。


「まずはこの屋敷と庭、それからクズどもがいる本宅へ行ってたもれ。」


 ターニャは淡々と言い放った。


「過去、この家で起きたすべての出来事を記録するのじゃ。あの子――ユリアーナが受けた仕打ち、その一切を!」


 悪魔は愉快そうに唇を歪める。


「なるほど。ターニャ様直々のお声がけが出るほどの、極上の素材の可能性が……。それはとても良い情報ですね。最近の皇族はおとなしすぎて……私には食べることができませんので。」


「“正しい魂は口にするな”――あの契約のせいじゃな。」


「ええ。創造神は気難しい。ですので私は――醜い魂だけをいただきます。」


 久しぶりの獲物に、悪魔は舌なめずりをし、ふっと姿を消した。


 二時間後。


 彼は任務完了と言わんばかりに、ターニャの前へと現れた。


「お気に召す内容が、盛りだくさんだと思いますよ。」


 満足げに微笑む悪魔に、ターニャも微笑み返した。


「では、参るぞえ。」


 そうして集められた“悪意の記録”と悪魔自身を携え、ターニャは堂々と城へと入り込んだ。


 目立つように、血のように真っ赤なドレスを身にまとって。


 本来は、今の皇帝と話をするだけのはずだった。

 交渉を行い、成立すれば呪いを解除する。

 ただ、それだけの予定だったのだ。


 ――しかし。


「なぜ、こんなものがあるのじゃ?」


 ターニャが睨みつけたのは、初代皇帝カナタの銅像である。


「だいぶ、いけめんようそが盛られておるではないか!」


 拳が唸りを上げ、銅像が砕け散る。


「事実改変は罪が重いですね……。」


「そもそも、あやつはイケメンではない!」


「ええ。中身が腐っておりますので。」


 ヒールで破片を踏み砕くターニャ。


「全く、汚物なんぞを飾り立てよって!」


 破片を忌々しそうに、グリグリとヒールの先を動かしている。


 その騒ぎに、衛兵たちが駆けつけ、二人を次々と取り囲んだ。


「うるさい蠅どもですね……」


 悪魔がそう呟くと、黒い霧が広がり、衛兵たちは一瞬で深い眠りに落ちていく。


「はあ~? この絵は美化しすぎじゃ!」


「この絵も、偽りに染まっておる!」


 ターニャは、怒りに任せて肖像画を次々と焼き払う。

 そのたびに現れる近衛兵を、悪魔は笑顔で眠らせた。


 騒ぎはあっという間に城の奥へ駆け上がり、重い足音が廊下を埋めた。


 そして――ついに。


 皇帝一行と鉢合わせた。


「これは一体……貴方は、どちら様なのでしょうか?」


 夕日に染まったような赤い髪に金の瞳。

 公爵に似てはいるが、こちらはより男らしく精悍さがうかがえる顔立ち。

 そんな見た目とは異なり、穏やかな笑みを浮かべた皇帝が、恐る恐る問いかける。


「わらわは、こなたらの“呪いの元”ぞ?」


 その言葉に、皇帝はびくりと身を震わせ、顔色をなくした。


「……もしや、初代皇妃ターニャ様……」


「いかにも。わらわはターニャじゃ」


 その瞬間、護衛騎士が前に出て剣を向けた。


「我が主に剣を向けるなど、しつけがなっておりませんね?」


 悪魔が瞬間移動し、剣先を指でつまむ。


 次の瞬間、剣は錆び、崩れ落ちた。


 騎士たちは青ざめる。


「皇帝よ。皇族の呪いは解いた。これも、ユリアーナ・アメシリア侯令嬢の功績じゃ。代わりに、わらわの望みを叶えてたもれ。」


 獅子のような見た目なのに、皇帝は息を呑み、青ざめた。


「え……呪いを……解いた……? ユリアーナ・アメシリア侯令嬢とは、コンラッドの……」


 ターニャの突然の宣言に、皇帝は混乱した。


 こうしてターニャは、応接室へと招かれる。


 ――今後の話し合いのために。


 応接室に集まったのは、皇帝と皇妃、そして宰相と騎士団長の四名。

 彼らの目の前に座るのは、優雅にお茶をたしなんでいる、ターニャであった。


「まずはこなたらに、これを見てもらいたくてのぉ~。」


 パチンと指を鳴らすと同時に、悪魔が証拠映像を映し出す。


 ――まず、ユリアーナの母と祖父を騙し、侯爵家へ入り込むところから始まった。

 その時点で既に、現侯爵は愛人と深い関係にある。


 次に映ったのは、ユリアーナが生まれた日。

 出産間近の妻を置き去りにし、愛人のもとへ通い詰める男の背中だった。


 そして、母と祖父の死を境に、地獄は露骨になる。


 侍女たちは消えていった。

 ――義母と異母妹に逆らった者から順に。

 庭に“捨てられ”、泣きながら墓を作る幼いユリアーナの姿だけが、淡々と残る。


 別邸には見張りが置かれた。

 だが食事も、人手も、援助もない。

 ユリアーナは古い薬書を頼りに薬を作り、夜に屋敷を抜け出して売り、命を繋いでいた。


 嫌がらせは日常だった。

 罵倒に陰口。

 さらには、毒の混入や日用品への細工。

 畑は荒らされ、屋敷は壊され、逃げ道は塞がれる。


 そして映像は、個人の虐待から領地の惨状へ移る。

 法外な税で搾り取り、贅沢に溺れる侯爵一家。

 払えない者、逆らいそうな者は――禁忌の奴隷売買で“消された”。


 ……そこで、皇妃が顔を押さえ、席を立った。


 皇帝は青ざめたまま、最後まで映像から目を逸らさない。

 宰相はこめかみを押さえ、騎士団長は奥歯を噛みしめていた。


 映像が途切れた時、窓の外はすでに真っ暗だった。

 皇帝は、掠れた息を吐いた。


「――直ちに侯爵一家を取り押さえろ!」


 やっと言葉を絞り出した皇帝の一言で、騎士団長が動き出す。

 途端にお城は、慌ただしくなった。


「国のために、できる限りのことはいたします。それで、ターニャ様の願いとは?」


 やっとの事で落ち着きを取り戻した皇帝が、目の前で静かにお茶を味わうターニャへと問う。

 ターニャは、やっときたかと言わんばかりに、ニヤリと口角をつり上げた。


「明日、あのクソ一家を断罪したら、わらわに……悪魔にくれてやってほしいのじゃ!」


「え……」


 その一言に、皇帝は言葉を失う。


「彼らには私の玩具として、前回同様、いやそれ以上に楽しませていただきます!前のおもちゃは、とっくに美味しくいただいてしまいましたので。ちょうど、新しいのを探していたんですよ。」


 それはそれは美しい笑顔で、悪魔は高揚気味に微笑んだ。

 その笑みに、皇帝と宰相はぞくりと体をこわばらせる。


「それで、皇族の呪いは終いじゃ。簡単であろう?」


「え、ええ……」


「皇帝になり、女にうつつを抜かし、やれ、はーれむは男の夢などとぬかしおって!仕事もろくにせん、腑抜けたやつの子孫を呪うのをやめてやったのじゃ!これくらい安いものであろう?」


「あの……、もしかしてそれが千年も続いた呪いの原因……。」


「あのたわけは、美女の上で『腹上死』するのが夢とか、ようぬかしておったわ! 忌々しい……」


 ターニャの周りから黒い霧がブワリと広がる。


「え? 確か初代カナタ皇帝は、病死と……」


 不思議そうに訪ねる宰相。


 そんな宰相に対し、悪魔は涼しい顔で紅茶を口にした。


「ええ。“女狂い”という難病の末期症状です。なので、叶えて差し上げましたよ?」


「補足するとじゃな、」


 ターニャが口を挟む。


「美女だと思い込んでおった相手が、実は――」


「男性でした!!」


 二人の声が、ぴたりと重なった。


「男の上と知って、あやつは絶望のまま、あの世に旅立ちよったわ。」


「本当に。あの絶望に打ちひしがれた醜い魂は、本当に美味しかった……。」


 楽しそうに笑う悪魔とターニャを見て、皇帝と宰相は冷や汗が止まらない。


「よって明日、そうそうにあの家族を罰せよ!そして、そなたの弟も……」


 その一言に、思わず体を跳ね上がらせる皇帝。


「弟とは……コンラッドがなにかしたのでしょうか?」


「うむ。あやつは、ユリアーナに酷いことをしたのじゃ!わらわは、一言ゆうてやらんと気が済まぬのじゃ!」


 かなりのお怒りようである。


 その証拠に、黒い霧が広範囲に広がっていく。


「こなたら皇族は、どういう教育を……。」


 こうして皇帝と宰相は、朝方までターニャの説教を拝聴することになった。


 ……夜が明けるころ、宰相の胃薬だけが、やけに減っていた。

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