やっと計画を実行するときが来ました。チャンスは逃しません!
「………」
誰かに、呼ばれているような。
「……リアーナ!」
あれ?
この声……。
うっすらと目を開けると。
「……ユリアーナ、大丈夫か?」
「キャーッ」
全裸の超絶美形が、私の顔をのぞき込みながら必死に呼びかけていた。
「なにか羽織ってくれませんか?」
昨日を思い出すんです……とは言えない。
「す、すまない……。しかし、君も……その……。」
「え? キャーッ! こっち見ないでください!」
お互い顔が真っ赤になり、反射的に視線をそらす。
「……ひとつ、聞かせてほしい。」
「はい。」
「昨夜、私は……何かしてしまったのだろうか?」
「はい?」
私は慌てて、毛布で体をぐるぐる巻きにした姿で、公爵様を見る。
その金の瞳が、落ち着きなく揺れていた。
「この状況は……その……。」
視線が泳ぎ、喉仏がわずかに上下する。
「はい?」
首をかしげる私に、公爵様はますます言葉を失ったように見えた。
え?
もしかして……覚えていない?
あんなに凄いことをしておいて?
私、体中が筋肉痛で痛くてもう……あれ?
でも……大丈夫……ぽい?
体のあちこちにあった、うっ血したような痕? みたいなものも、全部綺麗になって……いる?
「昨夜……夕食までは記憶がある。だが、その先がどうにも曖昧で……。」
そう言って、公爵様はちらり、ちらりとこちらの様子を盗み見る。
罪悪感と不安が入り混じったような目で──まるで「何かしてしまったのでは」と怯えているように。
『まさか……本当に、覚えていない?!』
身体の節々が痛む私と、記憶がスポーンと抜けている彼。
うん。
これは、ターニャ様がくれた“ぼーなすとくてん”に違いない。
『チャンスは生かしてこそものにすべきでは?』
酷く困惑している公爵様を見て、私はそっと口元を押さえ、密かにほくそ笑んだ。
「私も公爵様も、昨日はとても疲れていて、そのまま眠ってしまったのですわ。」
「“そのまま”とは……どういう意味なのだ、ユリアーナ?」
言いにくそうに、聞いてきた。
「なにごともなく、ただ寝てしまったと言うことです。お互い疲れていたんですもの、当然ですわ。」
公爵様ににっこりと微笑みかけた。
そんな私を見て、公爵様は真っ赤になると、あさっての方向を向いてしまった。
「それよりも、凄い汗ですわ。湯浴みをなさってさっぱりしてきては?」
「そ、そうか……。何事もなかったのならば、それでよい……のだ。」
公爵様は、ほっと胸をなで下ろしていた。
『よし! 記憶の書き換え成功!!』
私もほっと胸をなで下ろす。
公爵様はそのまま、湯浴みをしに部屋の外へと逃げるように去って行った。
私はその後のことについて、頭をフル回転させ、考え事をしていたので気がつかなかった。
公爵様がぽつりとつぶやいた、
「……ユリアーナに呪いが及ばず、本当によかった……。」
と安堵の言葉を漏らしていることに……。
公爵様が部屋を出て行ったことを確認し、私はまず、シーツを確認した。
「うん、いろんなものでぐっちゃぐちゃ……」
これはまずい。
私の嘘がすぐにバレてしまう!
あいにく、公爵様の部屋には、シーツの替えがあることは確認済である。
慌てて新しいシーツに変え、汚れたシーツはひとまずマジックバッグに……と思ったら、
「奥様、失礼いたします……」
運悪く侍女の一人が部屋に入ってくる!
ひとまず、ベッドの下に押し込んで隠すことに成功!
後で証拠隠滅しなくちゃ、と考えながら、慌ててベッドに潜り込む。
「奥様、お体の調子はいかがでしょう?」
「え? あ、うん。私もちょっと湯浴みがしたいかな?」
「さようでございますか、では昨晩は……」
「ごめんなさい。途中で、公爵様が目が覚めてしまって、失敗してしまったの……。」
「な! あの体力バカ……ゲウンゲフン、失礼いたしました。さようでございますか。でも気を落とすことはございませんわ。まだまだチャンスはございます!」
何故か鼻息の荒くなる侍女。
そしてそんな彼女に対し、良心がズキズキと痛む。
その後、公爵様とは別の部屋で湯浴みを済ませ、自室へと戻った。
「さあ、行動開始よ! 皆が寝静まった夜中にするべきかしら? それとも、朝早くの方がいい?」
侍女達には、『明日の朝まで、一人にさせてほしい』と伝えたので、誰もこの部屋には来ないはずだ。
「ターニャ様から言質を取ったことを知らせなきゃ。『呪いはもう大丈夫』ってこと。それから、『私がいなくても心配しないで。むしろ蚊に刺されたとでも思って、今度は愛する人と結婚してください』って、しっかり書かないと……。」
私はまず、置き手紙を書くことにいそしんだ。
持って行くものは、このマジックバッグに全て入っている。
「行き先はどこにしようかしら? そして、私がすぐにできそうなお仕事は……」
「しばらくは侯爵家の遺産があるから、お金には困らないけど、なるべくバレないようにしないと……」
何か忘れている気がするのだが、このときの私は、自由を手に入れているうれしさで舞い上がっていた。
そうこうしているうちに、外は真っ暗になっていた。
「うん、行き先はあの都市にしましょう。国だってここから三つも離れているんだもの。気候も温暖で住みやすいと聞くし、冒険者が多くて活気があると言うし。まさか、そんなところまでは追ってこないわよね? 『転移魔法』なんて、本来ならこの世に存在しないし。」
そう。
勇者のいた時代の千年後。
この世界にはもう、『転移魔法』は存在しないのだ。
……基本的には。
行き先を決めた頃には、空はもううっすらと明るくなり始めていた。
「やばい! 早く移動しなくちゃ!」
「では、自由都市、シールズーへ出発~!」
私は、部屋に置き手紙だけを残し、先祖様が作ったという、『転移魔法』を使う。
すると、思わず目を閉じてしまうほどの、激しい光に包まれた。
「目を開けたら、シールズーの入り口すぐ近くのはず!」
だったのに……。
「何がどうしてこうなった?!」
目の前には、何故か凶暴化したゴブリンの群れ?!
「ちょっと待って……嘘でしょ?」
目の前のゴブリン達が私に向かって棍棒を振り上げた。
「死ぬとか、聞いてないんですけどッ!」
せっかく呪いは、死は回避できたはずなのに。
まさかの、先祖の『のほほんうっかりてんねん』とやらのせいなのか?
私今、殺されるところなのですが?!
「ご先祖様、あの世でお説教ですーーー!!」
そう叫んだ瞬間。
「ギャーーー!!」
耳障りな叫び声を上げながら、目の前のゴブリン達が真っ二つに分かれていた。
そして、
「……間に合ったな。怪我は?」
という、聞き覚えのない男性の声が、耳に入ってきたのである。




