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3/12

初夜に夫に逃げられる妻ってどう思いますか?

 公爵様の来訪後からずっと、私はやたらと忙しかった。


 突然の嫁入りといえど、ドケチで私には一銭も使いたくない父は、なにも用意してくれないと思っていた。

 予想通り。


 父は何もしなかった。


 が。


「公爵家からです……。」


 毎日のように、彼の家から人がやってきては、荷物が増えていくのはどういうことなのでしょうか?


「あの……私は、そちらに嫁入りすると思うのですが……。」


 いつの間にか、侍女まで手配され、嫁入り道具が次々と運び込まれていくのはなぜ?

 おかげさまで、毎日、侍女たちに念入りに隅々まで手入れされ、おいしいご飯と高級お菓子を食べてばかりの生活をしておりますが。

 

「この家には、何もないのですが…その、侯爵令嬢ですよね?」


 侍女たちの最初の言葉である。


「父は、異母妹がかわいいので、私のことはどうでもいいのですわ。」


 本当のことを言っただけなのに。

 侍女の皆さんひどく悲しそうな顔をされて、どこかに使いを出したと思ったら、いつの間にかこんなことに。


 大量の手触りの良い高級なドレスに下着、そして高級シルクでできた寝具まで……。

 そして必要ないというのに、たくさんの貴金属までもが、毎日私を飾り付ける。

 正直、義母や異母妹よりもずっと高価なものを身に着けているような気が……。


「こんなにも美しい御髪は手入れのし甲斐がありますわ。」


「なんて美しい肌なのかしら? 磨けばもっと光るのでは?」


「スタイルが、とてもよろしいんですのね。腕が鳴りますわ!」


 なぜでしょう?

 皆さん、私に誠心誠意尽くしてくださるのですが。


 たまに窓の外には、ハンカチをかみしめ悔しそうにこちらをのぞき込んでいる、異母妹の姿を見る。

 が、侍女たちがまるで害虫を払うがごとく、華麗に除去してくれるおかげで、本当に毎日が過ごしやすい。


 義母と異母妹のしもべともいうべき侍女たちも、公爵家の侍女たちがあっという間に追い払ってくれるので嫌がらせも一切ないし、命と貞操の危険さえもない。


 外で監視していた父の騎士も、全員公爵様の騎士に入れ替わっていた。


 なぜだろう?

 皆さんに守られているような気がするんですけど。

 とにかく、皆さんが優しい。

 こんな扱い、母と祖父が死んで以来だから、ちょっといごこちが悪いといいますか。

 かといって嫌ってわけではないのですが。


 そんな、心がちょっとそわそわしちゃう日々はあっという間に過ぎ、簡略的な結婚式が行われた。

 もちろん、うちの家族は誰も来ていない。


 ……まあ、わかっていましたけれどね?

 来てもらったところで、何を言われるのかわからないので本当に良かったです。


 ただ。

 申し訳なさそうに私たちの結婚式を見守る、皇帝夫妻を見るのが、ちょっと心苦しいといいますか。


 公爵様からの、顔を真っ赤にした小さい子供のようなキスを貰い、結婚式は無事に終了。

 その後のために、皆さんがせっかく念入りに私を磨いてくれましたが・・・・・・。


 ハイ!

 公爵様、見事に逃げました!


 なんでも国境付近に魔物の群れが出現したとかで、皇帝の制止を振り切って、勝手に行ってしまいましたよ!

 私は、結婚式の疲れもあったので、ふっかふかのお布団で安眠できてラッキーでしたが。


「これって、どうしようもありませんよね?」


 気まずい雰囲気の中、私はおいしい朝食をいただいております。


 皆さんが申し訳なさそうに、私に気を使ってくださるのがとても心苦しいのですが。


「こんなにも美しい奥様を放置していなくなるとか、ありえなーーーい!!」


 侍女の皆さん、呆れるよりも怒りで我を忘れ、叫びまくっている人が多いのですが。

 それって、公爵家に仕える者としてどうなのでしょうか?


「あの、チキン野郎!」


 って、ソレ、あなたたちの主の事ですよね?


「チッ! 上品ぶってんじゃねーよ! あの〇貞ヤローが!!」


 ですからソレ、あなた方の主……。

 え? 公爵家の侍女って、こんな感じでいいの?


「皆さん、落ち着いてください。奥様が困っておいでですよ?」


 見かねた執事さんがやっとのことでそう言ったのだが。


「だって、悔しいじゃありませんか!」


「結婚式まで挙げといて! ひどいです!」


「奥様がかわいそうです!」


「奥様は、実家でとてもひどい目にあっていたんですよ?せめてこちらでは、お幸せに過ごしていただきたいのに!」


「だからと言って、奥様の前でこのお屋敷の主である公爵様の悪口を言うのは、よろしくないと思いますよ。」


 と、やんわりとたしなめられ、やっとのことで静かになる。


「私のことは気にしないでください。でも困りましたね? あと二ヶ月ちょっとしか時間がないというのに……」


「そうですわ。せっかく奥様が大きな決意のもと、公爵様を救うためにいらしてくださったというのに、あの〇〇ヤローは……」


「ま、まずは落ち着きましょう。」


 あれ?

 こういう時ってまず、妻としての務めを果たさなかった私が、責められるものでは?


『主人に見向きもされない、かわいそうな女』


 として、陰湿な嫌がらせが始まるのでは?


「公爵様が眠れないと聞いて、奥様が自ら育てたハーブで作ってくださったお茶を他の誰にも渡さないで、独占しているくせに!」


「奥様が、公爵様のために作ってくださった、毒消しや状態異常無効化の薬も、大事に自分の執務室に、厳重なショーケースに飾って保管しているくせに!」


「奥様が公爵様のためにと作ってくださった、傷薬によく効く薬も、肌身離さず持っているくせに!」


 え? 

 そうなんだ。


「こんなものは、俺には必要ない!」


 とか言っていたから、てっきり捨てたものだと……。


「使わないのですか? って聞いたら、『もったいなくて使えるか!』って真っ赤になって怒ったくせに!」


 …………。


 正直、使ってもらわないと意味のないものばかりだと思うのですが。

 怪我などしたら、どうするおつもりなのかしら?


 もしかして。

 見ず知らずの私が作った物を警戒しているのかしら?


 ちまたでも、普通のポーションより効果5割増しの、私自慢の薬ばかりなのだけれど……。


 そう。

 こっそり売って家計の足しにした、母直伝の大事な商売品である。


「傷薬は持っていらっしゃるのですね? なくなったらまた作るので、公爵様にはそうおっしゃ……」


「いえ。『お守りなので使えるわけないだろう!』とのことですわ。」


 意味がないのでは?


「でも、これはチャンスかもしれませんわ!」


 侍女長が眼鏡の縁をくいっと挙げて、そうつぶやいた。


「侍女長、それは一体どういう……。」


 侍女達が一斉に彼女の方へ視線を向ける。


「公爵様は、魔物討伐後、疲れ切って食事を召し上がった後は、すぐに寝てしまいます。そこを奥様が襲ってしまえば…………。」


「でも昔、一服盛っても、気配ですぐに起きちゃいましたよ?」


 一服盛ったことあるんだ……。


「奥様は、お薬を調合するのはとても上手だとお聞きしております。」


「え? はい、多分……。」


「凶暴な魔獣でも一瞬で眠らせることのできる、睡眠薬って調合できませんか?」


「凶暴な魔獣って……。」


 まあ、できなくもありませんが。


「でも、そんな強い物を服用したら、事を成すときに役に立たないのでは?」


「そうですよ! なんせ新品未使用なんですよ?」


「問題ありません! お食事には強精剤を仕込みましょう! 奥様、作れますよね?」


「え? し、調べてみます……。」


 確か、母の残してくれた書物にあったような……。

 興味がない分野だから、その辺はあやふやなんだけど。


「では奥様には、爆睡して動かない公爵様と、事を成すことのできる秘術をお教えいたしますわ!」


「ええ。ここには、騎士という名の夫を持つ妻ばかりですので……。」


「オホホホホ……。」


 気がつけば、五人の侍女に取り囲まれていた。

 と同時に、何故か護衛の騎士の方から、金属が小刻みにぶつかる音がする。


「さあ、あなたたちは出て行きなさい!」


 侍女長に強い口調で言われ、部屋に控えていた護衛の騎士と執事は、瞬間移動の如く部屋を出て行った。

 この屋敷の侍女は皆、公爵に忠誠を誓った騎士の妻達のみであるという。

 ちなみに侍女長は、騎士団長の妻だった。


「奥様なら、きっとできますわ!」


「大丈夫! あの〇貞公爵を手のひらで転がす日も近いです!」


「転がしたいわけではないんですけど!?」


 そして始まる、彼女たちの『公爵様と無事に夫婦になるための講義』。


「え? そんなことをするのですか?」


「え?私、そんなこと・・・・・・。」


 思わず卒倒してしまいそうなことばかりに私はただ、翻弄されるだけだった。

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