「貴女を愛することは決してできない!」と言われましたがむしろそれでいいですよ
父が去ったあと、我が別邸の周りには、いつも以上にたくさんの騎士が、うろつく姿が目立つようになった。
そのただならぬ光景に、正直、ため息しか出ない。
「こんなことしたって、逃げませんけどね……」
逃げられるものなら、もうとっくに逃げている。
ではなぜできなかったか?
理由は簡単で明白。
父にとって私は“利用価値のある女”だから。
それは私の容姿にある。
銀色の髪と、透けるような儚さを秘めた白い肌、そしてこの世界で高貴なものを表す希少な紫色の瞳。
母が生きていた頃「皇国の宝石姫」と呼ばれた容姿を、私はそのまま受け継いでしまった。
男性の庇護欲を刺激するような儚い美貌なのに、中身は剣術もたしなみ、勉学も常に怠らない強い母。
そんなギャップが、多くの求婚を引き寄せたのだという。
実をいうと亡くなった母の夢は、『冒険者になって世界をいろいろ見て回りたい』だった。
でも、侯爵家の一人娘ということから、その願いは叶わなかったのだとか。
「勉学にいそしみ、剣術に没頭していたら、いつの間にか、あんな見せかけだけの最低なクズ男と結婚する羽目になってしまったの。」
母は、父との結婚を心底恨んでいた。
結婚後、他の男の目に触れないようにと、この屋敷に閉じ込め、愛玩動物のように扱った父に。
愛している女は、結婚前からよそにいて、自分にはその愛のひとかけらもよこさない男に。
よって、娘の私にはいつの日か、この屋敷を出て自由に生きて幸せになってほしいと。
愛する人と幸せな家庭を築いてほしいのだと、小さいころから家事全般も母の御付きの侍女たちから叩き込まれていた。
その侍女たちも母が亡くなる前に、義母の罠にはまって殺されてしまったのだけれど。
そして父は、その“美貌という商品価値”を娘に見出し、私を金蔓として囲い込んだ。
騎士を周囲に張り付かせる理由も、逃げ出さないように、知らない男のお手つきにならないように、ただそれだけのこと。
街の噂では私は「病弱で儚い母親そっくりの美女」らしい。
求婚者が列を成すほどの。
……本人は、毒混入料理や毒針ドレスを避けることで精一杯(現在進行形)なのだけれど。
義妹から贈られる毒入り靴や毒針ドレスは、毒を取り除いて転売し、生活費にしていた。
義母が仕掛けてくる毒も、味で分かるので避けるのは簡単だった。
(……まあ、私の場合は、食べても大丈夫だとは思う! )
御爺様の遺産も、父は念入りに執念深く探したが、結局は見つけることは叶わず、やっとのことで諦めた。
……まあ、実はあるんですけどね?
“家族には一銭たりとも渡すな”という御爺様の遺言を守っているだけですけどね。
だってあれは、この家から無事に逃げおおせて、自由になった時のための、私の大事な活動資金ですもの!
父に、あの家族に渡すなどあり得ない。
そんな父が持ち込んだ今回の話は――。
私の美貌で公爵を誘惑し、「皇族の呪い」を解けという命令だと理解している。
「『皇族の呪い』なるものも多分、私は大丈夫だと思うんだよね。」
父は知らない。
母と侍女たちだけが知り、今は私しか知らない秘密を。
「結婚してあの家族と縁を切るのはいいとして、問題は、公爵家からどう逃げ出して、どこで生活を始めるか……よねぇ。」
お手製のチーズケーキを食べながら、そんなことを考えていた時だった。
今にも外れんばかりの激しい音とともに、部屋の扉が開く。
そして――一人の男性が姿を現した。
まるで聖堂のステンドグラスから射す光が、人の形を取ったような、そんな錯覚すら覚えるほど、整いすぎた容姿だった。
陽光をすくい取ったような金の髪。
静かで深い湖面を思わせる金の瞳。
白い騎士服が似合いすぎていて、思わず息をのむ。
(……義妹が熱狂的に崇拝していた理由、分かるわ~! “純潔の騎士様”ってこういう人を言うのね……)
その“完璧なまでの気品”をまとった貴公子は、しばらく私をじっと見つめたまま動かなかった。
が。
なぜか、急に鋭い目つきへと変わる。
「私と結婚するという、酔狂な女性とは……貴女でしょうか?」
…………初対面で酔狂扱いである。
この“純白の聖騎士みたいな見た目の貴公子”から飛び出した言葉とは思えない。
「では、突然他人の家に押し入って失礼極まりないことをおっしゃるあなたは、コンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵でいらっしゃいますのね? 初めまして。アメシリア侯爵家の娘、ユリアーナ・アメシリアでございます。」
私は、ソファーから立ち上がって、カーテシーを優雅に決めて見せる。
「……貴女は、この結婚が何を意味するのか、本当に理解しておいでなのでしょうか。」
しかし、彼には私の意図することは、全く通じなかったようである。
まあ、四六時中、国境付近の魔物討伐に出向いている戦闘狂ですものね?
血の匂いより“神殿の聖騎士”の方が似合いそうな見た目だというのに。
見た目は乙女の夢に見る王子様、現実は脳筋野郎というところでしょうか?
「父と皇帝陛下のご意向です。私に拒否権はございませんわ。」
手を差し出し、彼にソファーに腰掛けるよう促す。
「私と結ばれるというのは……その……命を危険に晒す覚悟を持つ、ということなのですよ。貴女は……本当にそれで良いのですか?」
「父と皇帝陛下のご意向ですので。」
「しかし……」
私があまりにも冷静だからなのか、少し落ち着いたのか、やっとのことで腰を下ろした。
その様子を見計らって、私は、お茶の用意をする。
「……使用人の姿がまったく見えませんが……何か事情がおありなのですか?」
「母の意向です。」
「何か、私にできることはないでしょうか?」
「問題ありませんわ。」
そう言って、紅茶の入ったティーカップを差し出す。
公爵は一瞬ためらい、しかし礼節の人らしくきちんと受け取った。
「貴女はまだ若い。どうか、ご自身の命を軽んじないでいただきたい。」
「公爵様とそう変わりませんわ。それに家と国のご意向ですもの」
その瞬間、公爵は驚愕し、そして苦く唇を噛んだ。
「私は……三ヶ月後には呪いにより命を落とします。それはすでに覚悟し、受け入れた運命です。だから――貴女を愛することは……決してできません。それでもなお、この縁を望まれると……そう言われるのですか?」
あらあら。
乙女にそんなきついことをずいぶんとはっきりと申し上げるのですね。
やはり脳筋……。
「問題ありませんわ、家と国の意向ですもの。」
あれ?
私さっきから、同じこと繰り返していません?
「愛することを約束できない男と……貴女は……その……。」
あらあら。
顔を真っ赤になさってそんなことをおっしゃらなくても。
まあ仕方ないわよね。
どんな美女に言い寄られてもかたくなに拒み続け守り抜いた、鉄壁の〇貞ですものね。
「私も公爵様と同じく、経験のない清らかな身ですわ。ですので、愛がなくとも……せめて、優しくしていただければ。」
紅茶を口にしながら、本気でそう提案したのだが。
「……っ、し、失礼する!!」
公爵は耳まで真っ赤に染め、怒鳴るようにそう叫んで出ていった。
「いや、正直な気持ちなんですけどね?」
魔物相手に無傷で帰ってくる騎士様だもの。
見た目は細いけれど、力は絶対強いでしょうし。
「乱暴にだけは、されたくないんですけどね……」
というわけで。
突然の来訪者のせいで、新たな悩みが増えてしまったのであった。




