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11/12

呪いが解けた翌朝の次の日。公爵様の災難はまだ続きます。

謁見の間を後にした一行は、皇城奥の応接室へと通された。

 重厚な扉が閉まるや否や――空気が、さらに重くなる。


 そこにいるのは、ターニャ王女とその執事(悪魔)、皇帝夫妻、宰相、騎士団長、そして――項垂れるように立つ、公爵。


 ターニャとその執事以外は、疲れ切った様子でソファに腰を下ろした。


「さて、」


 にこやかな声で、皇帝が口を開く。


「さて。ここからが“逃げ場のない話”だな、コンラッドよ。」


「え?」


 笑顔なのに、恐怖しか感じない。

 それから後の“間”が、さらにそれを引き立てた。


「なぜなのです!!」


 皇妃の声が、応接室に響き渡った。


「私たちという“これ以上ない見本”が目の前にいるというのに!!」


「そうだ! 私たちという最高の見本があるのに、何をどうしたら、あそこまで拗らせるのだ!!」


 皇帝夫妻、ぴったり肩を寄せ合い、頭までくっつけながら説教を開始する。


「幼少期から共に育ち、信頼を重ね、互いを想い合い――」


「愛とは積み重ねだと、日々その背中を見せてきたはずだ!!」


 発する言葉にまで連携を組み、おまけに仲良く手まで握りしめている。


「それを!!」


「“愛さない宣言”とは何事だ!!!」


「私たちの愛が、足りなかったのかしら?」


「なら、もっと見せつけてやらないといけないね?」


「もう、エドったら……!(はーと)」


「フィアこそ……(はーと)」


 ――やめろ。今この場でそれをやるな。

 俺は今、死刑台の前に立っている。


「兄上達のその姿が、見るに堪えないからでしょう……。」


 公爵は小さく呟き、うつむいたまま拳を震わせた。


 いちゃつきながらの説教という、精神攻撃力の高すぎる光景に、宰相と騎士団長は視線を逸らす。


「また始まったな……このバカッ…………」


「原因の一端は、ここかもしれませ…………」


 二人が小声で言い合う一方。


 ターニャは腕を組み、冷ややかな目で公爵を見据えていた。


「感情論はそこまでじゃ。次は“事実”の話をするぞえ。」


 ぴたり、と空気が締まる。


「本来――」


 ターニャの声が低くなる。


「最初に呪いの生け贄となるはずだったのは、“妹”――侯爵家の方じゃった。」


 公爵の瞳が、大きく揺れた。


「……なに?」


 何であんな品位の欠片もない女と……。

 思わず皇帝に視線を送るも、兄は分からないと言わんばかりに首をコテンと傾けた。


 その姿を見た皇妃は、『かわいい!』といって、皇帝の頭をよしよしとなで始めた。

 皇帝は幸せそうに、皇妃に頭を差し出してとてもうれしそうにしている。

 

 見た目は弟にも引けを取らない、夕日のように綺麗な赤毛に金眼のイケメンだというのに……。


「そこ、少し自重せい!」


 ターニャの一言で、皇帝夫妻はお互い顔を見合わせると。


「かしこまりました。」


「分かりましたわ。」


 と、軽やかな返事を返し、穏やかな笑みを浮かべた。


 そんな二人をターニャはチラリと見た後、深いため息をこぼす。


「呪いには条件があるのです。」


 そんなターニャに構うことなく、執事が言葉を継ぐ。


「“醜い魂”でなければ、呪いは成立しないのです。」


 ターニャは頷いた。


「初代皇帝カナタの所業を深く反省した皇族はのう、賢くなったのじゃ。」


「賢い者は、愚かな選択をしませんからね。」


 残念そうに、悪魔がつぶやく。


「よって――」


 ターニャの口元が、皮肉に歪む。


「皇族そのものを、呪い殺すことができなくなったのじゃ。」


 沈黙。


「だからですね?」


 悪魔が、楽しげに微笑んだ。


「“獲物”を外から引き入れる必要があったんですよ。あえて皇族に近づけ、欲と虚栄と嫉妬で魂を腐らせ――」


 クククッと楽しそうな声を漏らしながら、悪魔は話を続ける。


「呪いが成立したところで、回収するんです。」


「つまり」


 宰相が喉を鳴らした。


「これまでの“事故死”や“不幸”は……」


 顔色を無くした宰相が続けた。


「全部、私の選別です!」


 悪魔は、何の悪びれもなく楽しそうに答えた。


「極上の悪意は、熟成が肝要ですから~。」


 艶めかしい笑み。

 だというのに、湧くのは恐怖だけだった。


「……だが。」


 ターニャの声が、少しだけ険しくなる。


「今回だけは、想定外じゃった。」


 ちらりと、公爵を見る。


「なぜか“姉”が、ターゲットになってしもうた。」


「本来、あの娘は“贄”になる魂ではなかったのです。」


 悪魔は眉をひそめた。


「正直に言えば、不満です。彼女に触れたら……私、たぶん消されます。」


 忌々しげに告げる悪魔に、公爵は息を呑む。


「あえてユリアーナが選ばれたのは、『もう許してやってもよいのでは?』という神のお慈悲か……もしくは」


「もしくは?」


 一同が固唾を呑んで見守る。


 数秒後、ターニャが真剣に悩みながら言った。


「……わらわが、呪いという遊戯に、飽きてしまったからかのう?」


 その瞬間、一同の気力がふっと抜けた。


「……それなのに」


 ターニャはゆっくり告げる。


「そなたは、その娘を傷つけた!」


 公爵の体が、びくりと跳ねる。


 沈黙が重く落ちた。


「よって、裁定じゃ!」


 ターニャははっきり言い放つ。


「コンラッド。こなたには――ユリアーナを“探す権限”を、五年間封印する。もちろん国を挙げてもじゃぞ、皇帝よ!」


「なっ……」


「接触、探索、干渉、すべて禁止じゃ!」


 反射的に声を上げかけた公爵だったが、皇帝の鋭い視線に言葉を飲み込んだ。


「異論は認めぬぞ。よいな?」


「……」


 何も言い返せない。


「そして」


 悪魔が、ふっと楽しそうに言う。


「私とターニャ様は、この世界に残ります。五年間。あなた方を“経過観察”という名目でね。」


 ウインクまでして、茶目っ気たっぷりに言う。

 だが、それに反応する者はいなかった。


 ターニャも、にやりと笑った。


「そなたが何を学ぶか――ユリアーナがどんな未来を選ぶか――全部、見届けてやろうではないか!」


 声たかだかに居座り宣言をするターニャと、それに恭しく従う、考えの読めない執事。


 応接室にいた全員が感じていた。


 はたして。

 これから始まる五年間、平和に暮らせるのか――と。


 公爵は握りこぶしを震わせたまま、従うことしかできない今の自分に失望していた。


 そして――。

 取り返しの付かないことをしてしまった、自分に対して。

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