突然やってきたチャンスという名の結婚話
チャンスというのは、どこからやってくるかわからない。
そして今、
私はそれを、嫌というほど思い知らされていた。
目の前にいるのは、生まれてからこの方15年間、ほぼ顔を合わせたこともなく、会話を交わしたこともない、実の父親。
母とは政略結婚で、この侯爵家を乗っ取るために結婚しただけの、つまらない男。
母と結婚する前から愛人がいたにもかかわらず、それを前侯爵であった祖父にみじんも感じさせることなく、まんまと侯爵の地位を得た強運の持ち主、というより――運だけで生き延びてきた男だ。
10年前に母が亡くなり、そのあとすぐに祖父も亡くなったことで、堂々とその女と隠し子である私の2ヶ月年下の義妹を我が家に迎え入れ、人生を謳歌している。
私のこの男に対する印象は、“クソヤロー”の一点のみである。
多分、母はこの男の本性を早いころから見抜いていたのだろう。
祖父の頼みで仕方なく結婚したのはいいが、私が生まれるとすぐに、家内別居を開始した。
私が今住んでいる屋敷は、本宅から少し離れた位置にある別邸である。
もちろん、母名義にしてあるため、父には取り上げることができない。
おかげで、顔を合わせれば嫌味と嫌がらせのオンパレードである、継母と義妹に合わなくて済んでいる。
そんな父が、突然この別邸にやってきた。
私が一人で暮らしている、この別邸にだ。
「やっと親子の縁を切ってくれる気になりましたか?」
久々にあった父親に、第一声でこんな言葉を投げかける娘は、世界広しといえど、私くらいなものだろう。
「実の父親に向かって、それしかいうことはないのか?」
「あなたの実の愛娘は、本宅にいるではありませんか。《《侯爵家を乗っ取るためにしかたなく結婚した女の子ども》》など、どうなろうとかまわないのでは?」
「まあ、それもそうだな。」
「では、気の変わらないうちに縁を切る書類の作成を………。」
一秒でも早く解放されたくて、私はすぐさま、席を立ったのだが。
「まあ、まてまて。」
父は慌てた様子で止めに入った。
「なぜごねるのでしょうか?」
「実は、お前に婚姻の話を持ってきた。というか、結婚してもらう。」
「はい?」
この私と、婚姻……だと?
父に一切愛されていない野放しにされていると有名なこの『捨てられ侯爵令嬢』と陰口をたたかれている、この私と?
誰だ、そんなもの好きな男は!
第一、私と結婚しても、わが侯爵家の恩恵なぞ、一切受けられないむしろ何の得もない。
「相手は、コンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公だ!」
「? 現皇帝の弟君ですよね? よくそんな高貴な人と私みたいな女との結婚を取り付けられ・・・」
というところで、ふと思い出した。
コンラッド・ウィン・ヴァーミリオン公爵。
現皇帝とは10歳も離れている、たった一人の兄弟。
確か、前皇帝の寵愛を一身に受けた側妃の一人息子で、生まれたときに前皇后の策略で、現皇帝の代わりに『皇族の呪い』を受けている人。
『皇族の呪い』とは、この地に皇国を築いた初代皇帝が、この地のもともとの持ち主であった王国の最後の王女から受けた『死の呪い』だという。
その呪いのせいで、この国の皇族はなかなか子宝に恵まれない。
もし恵まれたとしても、早死にしてしまうことが多い。
そこで、一人だけを犠牲にして呪いを全て受けてもらうことで、何百年も生き延びてきたのである。
なんて、都合のいい話だろう。
『皇族の呪い』を受けた子供は、20歳までに誰か他の者に呪いを移さなければ、死んでしまう。
そして呪いを移す行為が、『子作り』である。
行為をした相手に、呪いを移すというものだ。
移した相手は、呪いによって死ぬまでずっと、地獄のような苦しみを味わうという。
それを知っている貴族たちは、まず自分たちの娘を差し出そうとは考えない。
まるで奴隷売買のように、何の躊躇もなく差し出せるのは、我が父くらいなのだろう。
しかし。
元の持ち主が生きている間は、呪いは抑えられるのだ。
つまり。
私が生きている限り、皇族の方々も公爵様も、呪いによる理不尽な『死』に怯えることはないのだ。
ただし、その呪いも移した相手、つまり私が死んでしまえば、また移した元の持ち主、つまり公爵様に戻る。
また、呪いの持ち主、つまり公爵様がその後で死んでしまえば、再び皇族に戻ってしまうという厄介な性質を持っているのだ。
よって、長身痩躯の容姿端麗超絶イケメンという聞く限りでは、超好物件である公爵様は、ただいま19歳という微妙な年齢であるにもかかわらず、今も独身でいらっしゃるのだ。
彼は、自分が20歳で呪いにより死んでしまうことに、何の躊躇もないらしい。
自分のせいで、誰かが死ぬのは騎士道に反するのだとかなんとか。
男のプライドがどうとかも言っていたような……。
正直、私にはどれも理解できませんが。
しかし。
彼が死んでしまえば、また皇族の誰かを犠牲にしなければならない。
よって、現皇帝が頭を抱えていることを知った父が、無理やりねじ込んだ案件なのだろうと、容易に推測できた。
「で? 見返りは? まさか善意でやるはずはありませんものね?」
まあ、答えはわかりきっているのだが。
一応、聞いてあげましょう。
「お前は、公爵と行為をして呪いを移された後、呪いによってもがき苦しみ、子を成すどころではなくなる。そこで、生き延びた公爵には、お前の妹であるシャトレイゼを妻に迎え入れてもらうよう、皇帝と約束を取り付けてある。あの子は公爵と結婚すると言ってきかないのでな。可愛い娘の願いを叶え、かわいげのないお前を追い出せるのだ。私にとって、これほどまでメリットしかない案件は、そうないんだ。我が家のために、犠牲になれ!」
これみよがしに、楽しそうに笑いながら話をする父親。
「…………」
まあ、うん。
そんな事だろうと思ってたけれどね。
私が黙っていると、父は何がそんなに楽しいのかと思うほどに、うれしそうに口角をつり上げた。
「十日後に、迎えが来る。逃げようとしても、周りはいつもの何倍もの見張りをつけるから諦めろ! そして公爵の二十歳の誕生日までの残り三か月の間に、何としても行為に及べ! わかったな!」
父は私にそう言い捨てると、愉快そうに笑いながら屋敷を出て行った。
…………私がうれしさのあまり、思わず口元が緩んでしまったことにも気がつかずに。
その意味を、誰も知らないまま。




