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Boundary Compass ― 境界の羅針盤 ―  作者: 作者名未定


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第7話:研究院

王都の石畳を踏むたび、胸の奥も一緒に弾むような気がした。

ソルメアとは比べ物にならない人の多さ、道の広さ、建物の大きさ。

これが“王都”という場所なのかと実感する。


「前方の白い塔が研究院だ。ほら、あれだ」


隊長の指さす方を見上げると、石造りの大きな建物が空を切り取るように伸びていた。

窓のひとつひとつに人影があり、みんな忙しそうに何かをしている。


(……ここが、あの“光”と“魔物”を調べる場所……)


これから証言をするのだと思うと、緊張で喉が渇いた。


中に入ると、想像以上に静かで、街の喧騒が嘘のようだった。

代わりに、どこからともなく紙の擦れる音、ガラス器具の触れ合う音が聞こえてくる。


展示物のように飾られた棚の上のガラスケースには、見たことのない道具が並んでいた。

輪のような金属、透明な筒、光を通す板。

用途がさっぱり分からない。


僕が物珍し気に眺めている間に、隊長が受付へ向かう。


「調査報告の件で来た。担当の者に通してほしい」


受付の女性が「少々お待ちください」と席を外す。


僕が展示棚の説明文を熱心に読んでいると、

突然、背後から明るい声が飛んできた。


「やぁ、こんにちは。もしかして君、ソルメアから来た子?」


「わっ!?」


思わず肩が跳ねた。

振り返ると、白衣の青年が満面の笑みを浮かべて立っていた。


年齢は二十代後半くらい。

髪はぼさぼさ、白衣の袖は無造作にまくり上げられている。

研究者というよりは、港の陽気な船員のようだった。


「驚かせてごめんごめん。僕はここで働いてるミロって言うんだ。

 いや〜、見ない顔だなって思って声をかけちゃったんだけどさ。

 君、ローガン隊長と一緒に来てなかった?」


「は、はい……」


「おっ、やっぱり! いやぁ、地方から来る人は久しぶりでさ。

 よかったら君の話も聞いてみたいな〜と思って!」


彼は僕たちが入ってきたところから見ていたようだ。


そこへ隊長が戻ってきた。


「ミロ博士。今回の調査報告について案内を頼む」


「あ、ローガン隊長! どうもどうも!了解了解!

 ……で、こちらの同行者さんは何者?名前は?」


「アルクだ」


「アルクくんね。うん、覚えた!」


ニッと笑うと、ミロは僕に手を差し出した。


「よろしく、アルクくん。

 難しいことはなるべく聞かないから、気楽にね」


「は、はい。よろしくお願いします」


握手した手は暖かく、想像よりもしっかりしていた。


◆ ◆ ◆


案内された部屋は、書類と器具でいっぱいだった。

細い椅子に座って、僕は隊長と2人で調査内容を説明することになった。


共に”光”を見た兵士たちも、順番にこの後で聞き取りされるらしい。

ミロ曰く、複数の証言からブレも考慮して多角的に分析することが重要なのだそうだ。

準備が整うまでの間に彼の話が止まることはなく、どうにもお喋りな人らしい。


証言に来たはずが聞き役に徹しているなと思い始めたころ、

運ばれてきたのは——麻袋。


中には、倒した“魔物”の死体と、首のない鹿が入っている。


蓋を開けたミロは、一瞬で表情を変えた。

明るさは残っているのに、瞳だけが異様に鋭い。


「……これが、森で見つかった“獣”……?」


低い声。

さっきまでの軽さは微塵も感じさせない声に少し驚いてしまった。


「獣とは思えないな。およそ一般的な動物からは逸脱してる。まず骨格が破綻している。

 関節の曲がり……筋の付き方……皮膚の質……なんだこれ……?」


ミロは死体の腕や顎を手袋越しに押したり伸ばしたりして、

驚くほど素早く観察していく。


(……怖いくらいの集中力だ……)


さっきまでの、気楽そうな人柄とはまるで違う。


しばらくして、ミロはぱっと顔を上げ、明るい調子に戻った。


「はい! ”獣”の見た目はこれで確認したよ。

 これはまさしく、”魔物”と呼ぶにふさわしい謎の生き物だね。

 じゃ、次に聞きたいのは“動き”だね」


急にこちらへ向き直る。


「アルクくん、君は生きてる姿を見たんだっけ?

 どんな動きをしてた?速かった?跳んだ?這った?」


「えっと……すごく速かったです。

 人が走るよりも、もっと……影みたいに見えたというか……

 地面に吸い付くような感じで……」


ミロは嬉しそうに頷いた。


「影みたい!いい表現だねぇ〜。

 この体の軽さなら、納得かもしれない」


別の研究員がメモを取り、隊長が補足をする。


「動きは異常だった。兵士が容易には捉えられないほど素早い動きだった。

 ただし攻撃は単純で、知性のようなものは感じられなかった」


「ふむふむ、それも重要な情報だね」


◆ ◆ ◆


次に隊長が切り出したのは、“光の裂け目”についてだった。


ミロは初めてその言葉を聞いたらしく、

目を丸くした。


「……裂け目? 空間が割れたってこと?どういうことどういうこと?」


隊長が簡潔に説明する。


「森の奥、縦長の光の帯が空間に走っていた。

 その中心には、森とは違う景色が広がっていたようだ。

 アルク少年も確認した」


ミロは僕の方に体ごと向き直る。


「アルクくん!それ、詳しく教えて!」


軽いテンションなのに、瞳は真剣そのものだ。


僕はできる限り思い出して答える。


「青白い光でした。息をしているみたいに、ゆっくり明滅して……

 その光の中心だけ、違う景色が見えていて……黒い地面とか、色のない空とか……」


ミロの笑顔が止まる。

ほんの一瞬、息を呑んだように見えた。


「……色が、ない?」


「はい……。夕暮れみたいでも夜みたいでもなくて、ただ色がなくて……」


ミロは手元の紙に何かを高速で書きつけて、

すぐに笑顔を取り戻した。


「ありがとう!すっごく貴重な証言だよ」


◆ ◆ ◆


隊長がもうひとつの証言を始めた。


「ミロ博士。まだ話していない事項がある。

 アルク少年が持っている“羅針盤”だ」


ミロの視線が僕の胸元へ向けられる。


「羅針盤?」


僕は緊張しながら羅針盤を机に置いた。

針は今もフラフラと震えている。


ローガンが説明する。


「森では、この羅針盤が魔物と光の裂け目に反応した。

 通常の道具の挙動とは思えない」


ミロがそっと手に取り、まじまじと眺める。


「……面白い現象だね。

 今この針が示している方角はめちゃくちゃだ。

 本来、磁力で動く羅針盤が“壊れて”こんな挙動をすることはない。

 ――普通なら、ね」


ローガンが補足した。


「アルク少年の母の形見だそうだ。

 由来は不明だが、調査の鍵になる可能性がある」


「なるほど。……これは、僕が預かって解析したいところだけど――」


ミロは笑いながら僕の顔を見た。


「でも、そんな大切なものを勝手にはできないね。

 君に許可してもらわないと触れられない」


「……はい。預けるのは少し……。

 でも、できる限り協力はしたいです」


「うん、それでいい。君が持った状態で見せてもらうよ」


ミロの笑顔は穏やかだったが、

瞳の奥は明らかに燃えていた。


質問がひと段落した頃――


羅針盤の針が、ふっと揺れを止めた。


「……え?」


ミロもすぐに反応する。


「さっきまで揺れてたのに……止まることもある?」


「この動き、光を指していた時と同じだと思います……!」


その瞬間だった。


カタ……。


研究院の大きな窓ガラスが微かに震えた。


「今の……地震じゃないな」

「風でもない……」

「なんだ……?」


ローガンは眉をひそめたが、

ミロだけが、なぜか小さく笑った。


「……始まった、って感じだね」

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