第1話:狂った針の先
朝。空気がひんやりとして、うっすらと潮風の匂いが鼻をくすぐる。
僕はいつもより少し早く目を覚ました。
昨夜、森へ行くと決めたからか、胸が落ち着かなかった。
キノコと卵を炒め、固めのパンに挟んだ簡単なサンドイッチを作る。
ポーチにはパン、水袋、紐、折り畳みナイフ。
母さんが教えてくれた“最低限の探索装備”だ。
(準備は大げさじゃなくていい。森に入るのは慣れている。でも、今日は何かが違う気がする。)
胸元の羅針盤を握る。
針は相変わらず不規則に揺れているが、昨夜よりも──
森の方角に寄っている気がした。
「これは本当に、おかしい……」
そう呟き、家を出た。
いつも賑やかな声が飛び交う朝の市場が、どこか不穏な空気でざわついている。
夜明けに出発した漁船が帰るにはまだ早いはずなのに、港に向かう人の数がやけに多い。
何事かと港の方へ目を向けると、
見慣れない大きな軍船が一隻、ソルメア港に停泊していた。
すぐにでも森に行きたいところだったけど、これも異常事態だ。
僕も港へと足を向ける。
軍船の甲板には王国の紋章。
兵士たちが慌ただしく荷を降ろし、
町の人々が遠巻きに様子をうかがっている。
「おいアルク! 聞いたか?」
漁師のハルじいさんが僕に呼びかける。
「昨夜、森の奥で青白い光が揺れていたらしい。
港の見張り台からも一瞬だけ確認できたってよ。
危険物か自然現象か判断がつかんらしくてな、王国軍も調査に来たらしい」
森──。
僕の胸が一気に熱くなる。
(羅針盤が指しているのと……同じ場所だ。)
偶然だとしたら、出来すぎていると思う。
羅針盤が、偶然に熱くなるなんてこともあり得ない。
その時、港の端で大声が響いた。
「森の案内人を募集する!
ソルメア周辺の地形に詳しい者、前へ!」
兵士の1人が広場へ向かって叫んでいた。
町の人々はざわつくだけで、誰も前へ出る様子はない。
森の奥は獰猛な獣の住処でもあり、道も入り組んでいて危険だ。
まして王国の兵士のお供など、普通は避ける。
僕の心臓は、気づけば強く跳ねていた。
(森の奥に……何かが起きた?
羅針盤は、何を示している?
母さんは、何か知っていた?)
答えは、森の中にある。
それだけは、疑いようがなかった。
僕は人混みをかき分け、広場の前に立った。
「僕が行きます。
森の案内なら、できます!」
兵士たちが真っすぐにこちらを見返した。
その視線の重さに、僕の喉がかすかに鳴った。
けれど、胸の中には恐怖よりも、
昨日から続く未知への興奮の方が大きく、弾けそうだった。




