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Boundary Compass ― 境界の羅針盤 ―  作者: 作者名未定


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第13話:鳥魔物

研究院へ戻る道のりは、兵士たちが乗ってきた荷台付きの馬車を借りることができた。

揺れは大きいが、徒歩よりずっと早いし楽だ。


ミロは馬車に乗り込んだ瞬間から、完全に自分の世界に沈んでいた。


「……あの跳躍パターン、通常の逃走行動じゃ説明できないんだよね。

 地形の選び方も、追跡を避けてるというより……“何か別の条件”で動いてる……

 身体の構造そのものが、こっちの自然法則とズレていたら……

 脳のどこかに、光の位置を感じ取る機能が――いや、それは飛躍か……」


リーシャは無言で僕の斜め後ろに座り、

馬車の揺れにも動じず、一定のリズムで周囲を警戒し続けている。


僕は少し緊張しながら、声をかけた。


「リーシャさん……さっきは、本当にありがとうございました」


揺れのせいで声が小さくなったが、

彼女はすぐにこちらを向いた。


「……アルクも、よく動けていた」


「え?」


「怖くても、走った。

 針を見ながら、状況を伝え続けた。

 あれは、簡単じゃない」


彼女の声は変わらず淡々としているのに、

そこには優しさがあった。


「だから……こちらこそ、ありがとう」


その一言で、胸がほんの少し軽くなった。

馬車の揺れが、さっきまでよりも快適に感じる気がした。


◆ ◆ ◆


研究院に到着すると、空気が一変していた。


調査隊の手で塔から運び出された鳥型の魔物はすでに解剖室に置かれ、

研究員たちが慌ただしく器具を準備している。


「ミロ! また勝手に外へ――」

年配の研究員が怒鳴りかけるが、


「はいはいはい、説教はあとでね。ほら、これ。面白いよ」

とミロに手首をつかまれ、ずるずると引っ張られていった。


解剖台の上には、黒い羽根と硬い皮膜を持った鳥型の魔物。

リーシャの一太刀で露出した断面が、異様に白く乾いている。


ミロはしゃがみ込み、目を細めた。


「……やっぱり、変だね」


僕も横から覗き込む。


ミロは、断面に触れないよう指先で示しながら解説してくれた。


「関節の形は鳥と一致してる。

 でも筋肉の走り方が……これはどう見ても“逆構造”。

 ぱっと見は鳥類なのに、根本が違う。

 まるで鳥の絵だけを見て、中身を知らずに真似っこしてるみたいだ」


年配研究員が眉をひそめる。


「真似……とは?」


ミロは次に、鳥魔物の“眼”を示した。


「これ。鳥らしい単眼に見えるけど……ほら、光の反射」


確かに、光の返し方が鳥ではない。

細かい点が複数きらりと光る。


まるで――虫の複眼のようだった。


「……気持ち悪い……」

思わず声に出してしまう。


ミロは逆に興奮していた。


「生態の寄せ方が中途半端なんだよ。

 鳥でもないし、虫でもない。

 “どこかの別の理屈で作られた何か”を、鳥に似せて輸入した、みたいな……」


年配研究員が言う。

「まるで、この世界の生き物を不完全に模倣したようだな」


ミロは指を立てた。


「そう! ここが重要。

 こいつは、この世界のどこかに自然発生した存在じゃない。

 ――“別の何か”の法則を持ち込んで形になってる」


◆ ◆ ◆


ミロが僕を見た。


「アルクくん。羅針盤、貸してもらえる?」


ミロに手渡すと、羅針盤を鳥魔物に近づけていく――


針が、ゆっくりと動き、

死体を指した。


「……反応してる」


ミロが小さく笑う。


「干渉物質は死体にも残留するってことだね。

 君の羅針盤は“特別な何か”を検知してる」


年配研究員は懐疑的だった。


「裂け目の向こう側は、

 この世界とは違うとでもいうのか……?」


ミロははっきりと言った。


「少なくとも、地理的につながっている可能性は低いよ。

 倉庫で見た裂け目の向こうの地形――

 色も、空気も、太陽の位置さえも不自然だった。

 “この大陸のどこか”とはとても思えない」


そうだ――

僕もあのとき確かに、色のない空と奇妙な大地を見た。


(……あれは、この世界ではない)


言葉にはできないが、そう確信できる光景だった。


◆ ◆ ◆


その時、扉が開いて隊長――ローガンが戻ってきた。


「報告だ」


研究室が静まり返る。


「裂け目の光は依然として弱まっていない。

 内部の景色にも変化はない。

 足場の完成までは、あと四時間ほどかかる見込みだ」


ミロがほっと息を吐く。


「消える気配……なし、か。

 戻る頃には無くなっちゃうんじゃないかって、

 正直まだ不安だったんだよね」


「治安隊からは増援が来るそうだ。

 王城は正式に“原因の究明”を調査隊へ命じた」


研究院の空気が、さらに重く締まる。


そんな中で、ミロが僕の方へ向いた。


「アルクくん。もう少し羅針盤を借りるよ」


そう言ってミロは羅針盤を手にしたまま、

部屋の窓際まで歩く。


針は――

死体からゆっくりと向きを変え、

はっきりと倉庫の方向を指した。


「遠くからでもちゃんと反応してる。

 死体よりは裂け目の方が強い力場なんだろうね」


「もう、消えることはないのかな……」


僕の呟きに、その場の全員が緊張したような気がした。


調査をするためにまだ消えて欲しくないが、

あの場にずっと裂け目があるのならば、あまりに不気味で恐ろしい。


ローガン隊長が静かに言った。


「今日は色々と大変だっただろう。全員、休め。

 ――明朝に、再び倉庫へ集合してほしい」


◆ ◆ ◆


僕の宿は調査隊が手配してくれていた。

家のベッドよりも、ふかふかして気持ちがいい。


でも、休んだところで胸の鼓動は静まりそうになかった。


裂け目は倉庫にある。

まだ開いたまま――

こちらと、あちらを繋いだまま。


そして、羅針盤は今も揺らぎなく指し続けている。


その向こうを、

僕に見ろと言わんばかりに。

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