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2-20 地味な私に公爵令嬢が求婚なんて、聞いてません!

「静かに過ごす」ことを夢見る子爵令嬢ベアトリス、16歳。そんな彼女は名門貴族学校への入学直前に、悪役令嬢として名高いヴァイス公爵令嬢アリエスティアに突然求婚され、人生最大の危機に! 当然、入学後も逃げることは叶わず──と、そこにヴァイス令嬢にフられた第一王子まで乱入して?! ただ静かに学園生活を送りたかったベアトリスの奮戦開始です!

 私、ベアトリス・ハーライド、16歳。この人生最大の危機にどうやって陥ったのか、未だに頭が追いつかなかった。


 ハーライド子爵家は貴族とはいえ片田舎の小さな領地持ち貴族なわけで。


 派手なパーティや王都の社交界とは無縁で、私はいつも本と刺繍に囲まれた、静かな日々を送ってきた。


 お母様には「積極的に!」なんて叱られるけど、目立たず生きるのが私の信条だ。


 なのに、なぜこんなことに…...!


 きっかけは入学前の顔見せにと、両親に連れられてイヤイヤ参加した公爵家主催のパーティだった。


 豪華なシャンデリアが輝く大広間、若い貴族の華やかなドレス。鼻をくすぐる薔薇の香水。


 私の地味なドレスは場違いで、壁の近くでうずくまっているはずだったのに──あれよあれよという間にこうなった。


「ベアトリス・ハーライド、あなたが私の運命の相手よ。結婚してちょうだい?」


 目の前に立つのは、アリエスティア・ヴァイス・エリハラント公爵令嬢。


 輝く黄金色の髪を優雅に揺らし、翡翠色の瞳で私をじっと見つめる。


 その美貌は絵画の女神のようで、吸い込まれそうになる。


 でも、待って──


 彼女はつい先日、第一王子殿下からの求婚を「顔が気に食わない」と公衆の面前で一蹴した、あの悪名高い悪役令嬢じゃないですか!


「ひ、ひぃぃ?!  あ、あのぉ、ヴァイス公爵令嬢様、人違いでは...…?」


 私はのけぞり、後ずさる。


 逃げたい!


 でも、彼女の取り巻きのご令嬢たちがまるで壁のようにぐるりと囲んできて退路を塞ぐ。


「子爵令嬢ごときが光栄よね」

「断るなんてありえませんわ」


 この距離、全部聞こえてますけど?


 カシャン!  ヴァイス令嬢が飾り付きの洋扇を勢いよく閉じ、端正な顔をグググっと近づけてきた。金ピカのオーラがまぶしい!


「人違い?  まさか。あなたのその控えめな瞳、隠しきれない知性、これは運命よ。返事は『はい』か『よろこんで』、選んで?」


 それ、一択ですよね?

 私に拒否権、ないですよね?


 そもそも女同士の結婚って、この国で許されるの?! 確か貴族社会では愛の形は自由とされているけど......


 頭がぐるぐるする中、彼女は聖母のような笑顔で両手を広げる。ドレスから漂う花の香りが、ふわりと私を包む。


 思わず胸が高鳴るけれど──


「ま、待ってください!  急すぎますし、親と相談しないと…...!」


 必死に言葉を絞り出す。すると彼女はくすっと笑った。


「ふふ、時間ならあげるわ。でも、私の心はもう決まってるの。私はあなたを逃がさないから」


 その宣言に、会場が一瞬静まり返る。


 取り巻きのご令嬢たちは「なんてロマンチック!」と感嘆のため息をつき、遠くで貴族たちが興味津々にこちらを窺う。


 あの、注目されるの、ほんっっとに苦手なんですけど?!


 私の趣味は古い本を読むことと、花を愛でることくらい。彼女みたいな華やかな公爵令嬢とは、住む世界が違うはずなのに。


 そんな彼女が、なんで地味な私に?


「さあ、ベアトリス。私の胸に飛び込んできて?」


 彼女の声は甘く、まるで魔法のよう。心臓がドキドキして返す言葉が喉に詰まる。でもこのまま流されたら、私の静かな人生は一体どうなるの?!



 あのパーティでの事件から一週間。頭を抱えて答えが出ないまま、名門校エルミリア学園の入学式を迎えてしまった。


 もちろん両親に相談を持ちかけたけど、父は「公爵家とのご縁は名誉だ!」と目を輝かせ、母は「まあ、ベアトリスが幸せなら…...」と曖昧に微笑むばかり。


 いや、幸せって何? 女性同士の結婚が王国で認められているのは調べて分かったけど。


 私、地味な子爵令嬢ですよ? ヴァイス姫みたいな華やかな公爵令嬢とつり合うわけないじゃないですか!


 入学式当日、大講堂は新入生で溢れていた。


 高い天井に描かれた星空。きらめく金色の装飾。貴族の子女らしい華やかな制服。


 私の灰色のガウンはまたしても浮いている気がして、壁際の席で縮こまっていた。とにかく目立たず、静かに過ごせるならそれでいい。


「新入生の皆さん、エルミリア学園へようこそ」


 その声に、会場が一気にざわめく。


 壇上に立っていたのは、輝く黄金色の髪をなびかせ、翡翠色の瞳をきらめかせるヴァイス令嬢?!


 生徒会長だったんだ──


 彼女の声は透き通っていて、まるで歌のよう。会場中の視線を一身に集め、後ろの方にいた取り巻きのご令嬢たちが「素敵!」「さすがヴァイス様!」と声を上げる。


 私は思わず席に沈み込んだ。


 あの、できれば私のこと忘れててくれると嬉しいんですけど......?


 でも、そんな願いは脆くも崩れ去った。ヴァイス令嬢の視線が、百人を超える新入生の中からビシッと私を捉える。


 そしてにっこりと微笑むと、右目を軽く閉じてウィンクしてきた。


「ひぃっ?!」


 心臓が跳ね上がる。隣の席の女子が「え、ヴァイス様が誰かにウィンクした?」とざわつく。


 私は顔を真っ赤にして俯いた。


 これはただの挨拶。ただの......いや、絶対私狙いでしたよね?! あの笑顔、完全に「逃がさないよ」って言ってますよね?!


 入学式が終わったときには汗で制服がしっとりしていた。


 教室に向かう廊下で、クラスメイトたちの「ヴァイス様、かっこよかった!」「さすが公爵令嬢!」という声を聞きながら、私は心の中で叫ぶ。


 かっこいいのは認めるけど、私にはつり合わないからっ!


 断る方法を考えなきゃ…...。そうだ、例えば「家柄が違いすぎる」とか「学業に専念したい」とか穏便に断れる理由を──


 そんなことを考えながら、1年2組の教室にたどり着いた。窓から差し込む春の日差し、黒板に書かれた『ようこそ!』の文字。


 新しい生活、悪くないかも──なんて思ったのも束の間。


 教室の扉がバン! と勢いよく開いた。


「ベアトリス・ハーライド嬢はおいでかしら?」


 その声に、教室中の視線が扉に集まる。


 開け放たれた扉の前に立つのはヴァイス公爵令嬢。


彼女の後ろには、着飾った取り巻きのご令嬢たちがずらり。まるで女王とその従者だった。


 教室は一瞬静まり返り、すぐに「きゃあ!  ヴァイス様!」と大歓声が沸き上がる。


 私は椅子からずり落ちそうになりながら、かろうじて声を絞り出した。


「ヴァイス公爵令嬢様…...ど、どうしてここに」


 彼女は優雅に一歩踏み出し、扇をパタパタと振る。


「愚問ね。あなたを迎えに来たのよ、ベアトリス。あなたは私の運命の相手なんだから」


 運命って、やっぱりその話ですよね!!


 周りのクラスメイトたちが


「運命の相手?!」

「ハーライドって誰?」

「子爵令嬢よね?」


 とヒソヒソ騒ぎ出す。

 ヒソヒソじゃない、めっちゃ聞こえてる!


 ヴァイス令嬢は私の机まで堂々と歩み寄り、片手で顎をそっと持ち上げる。


 翡翠色の瞳が間近でキラキラしてる。近い、近すぎるからぁっ!


「あら、ハーライド嬢? 私と結婚する用意はできまして?」


 教室中が「きゃああ!」と沸き立つ。男子生徒まで「ヴァイス様、かっこいい」と叫んでる。


 頭が真っ白だ。


「あの、ヴァイス様? 急に言われても…...その〜」


 必死に言うと、彼女はくすっと笑う。


「ふふ、ずいぶんと恥ずかしがり屋なのね。でも私、ただ待つのは趣味じゃないの。ほら、こうやって──」


 彼女が指を鳴らすと、取り巻きの一人が大きな薔薇の花束を持ってくる。


 花びらがキラキラ光ってる。ヴァイス令嬢はそれを私に差し出し、聖母のような微笑みを浮かべた。


「これを受け取って、ベアトリス。私の気持ち、もうわかるでしょう?」


 わかる、わかるけど!


 受け取ったら即婚約じゃないですか?


  私は花束を前に固まり、頭をフル回転させる。断る理由、断る理由──


「あの、ヴァイス様、私みたいな地味な子爵令嬢じゃ、公爵家にはつり合わないかと…...」


 すると、美しい瞳が一瞬鋭くなる。


「つり合わない? 私が選んだ相手にそんな言葉は無意味よ。あなたの控えめな魅力、知的な瞳、私にはすべて見えてるの」


 知的な瞳って何? ただの近視ですけど!


 クラスメイトたちが「ヴァイス様、素敵!」と囃し立てる中、私は完全に追い詰められていた。


 そのとき、教室の後ろのドアがガタンと開く。


「おい、アリエスティア。いい加減にしろよ!」


 声の主は、私でも知っていた。


 ブライアン・ハンディークス。


 王国の第一王子でヴァイス令嬢に婚約破棄された張本人だ。赤髪に青い目、制服姿でも王族の威厳が漂う彼が、怒り顔でずかずか歩いてくる。


「殿下まで?!」

「何、この展開!」


 ヴァイス令嬢はゆっくり優雅に振り返り、扇で口元を隠して微笑んだ。


「あら、ブライアン殿下。顔が悪いのに、まだ私に無謀な挑戦を挑むつもりなのかしら?」


「誰が顔悪いだ! 婚約を勝手に破棄したのはお前だろ? 言い訳がましく他の......田舎の子爵令嬢に求婚するなんて。あり得ないだろ」


 皇太子の剣幕に、教室がシンと静まり返る。


 そこでヴァイス令嬢が扇をパタンと閉じ、優雅に髪をかき上げた。


「ふふ、殿下も嫉妬をなさるのですね」


 翡翠の瞳が再び私を捉える。私は花束を前に、王子の怒り顔を横に、ご令嬢の満足げな笑顔を正面に見つめ、完全に停止。


 私の静かな学園生活、始まる前に終わったんですけど?!

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