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3話

明は全身に寝苦しさを感じ、目を覚ました。



仰向けになって脱力した体が、沼にはまったように重く感じ抜け出せない。ゆっくりと確かめるように指を動かす。床は硬い。



起き上がろうにも体のあちこちが痛く、動くことができなかった。



どうしようもなく、寝転がったままぼんやりと周囲を眺める。ここはどこだ?



割れた窓から光が入ってきている。中は薄暗く、遠くは真っ黒で何も見えない。かなりの広さがありそうだ。壁はところどころ剥がれ落ち、年季が感じられる。天井には無数の細長いパイプが剥き出しになって張り巡らされ、固定が外れている箇所が今にも落ちてきそうだった。



体の痛みは引かない。もしかすると、この体勢が悪いのかもしれない。



明は痛みに耐えながら、ゆっくりと体を起こした。



「起きた?」



明かりに照らされた女性が髪を抑えながら心配そうに明を見下ろす。



白いTシャツにデニムのショートパンツというラフな格好。靴はスニーカーを履いている。シンプルだからこそ、スタイルの良さが際立っていた。



明の頭はもやがかかったように重い。しばらくその女性を見つめていると、どんどん記憶が蘇ってきた。お姫様抱っこ、柔らかな感触……。



「すみませんでした!」



思わず土下座をした。



「痛っ」



急に動かした体が悲鳴を上げる。それでもその体勢を変えずに亀のようにうずくまった。



「なにが?」



恐る恐る顔を上げると、結は首をかしげていた。もう一度顔を伏せる。



説明すべきか? いや、本人が気づいていないならわざわざ言わなくても……。それじゃあ、気づかれなければ何をしてもいいってこと?



などと、床を見つめたままおろおろと自問自答しているとハッと顔を上げた。



「じいちゃんは!?」



結は大きな目に力を入れて、真剣な眼差しで明を見返す。



「いくらおじいちゃんでも、あの軍勢に勝てるほど戦いは甘くない。もうすでに殺されていると思う」



「そんな……」



耳に入ってきた言葉に戦慄する。自分には縁のない言葉だと勝手に思い込んでいた。殺された……。じいちゃんは、殺されたのか……。



拳を強く握る。全身がこわばるのが自分でも分かった。



「あなたたちは一体何者なんですか? どうしてじいちゃんが……殺、されなきゃならなかったんですか?」



認めたくない思いが明の言葉を詰まらせた。



「君も見たと思うけど、おじいちゃんは宇宙人。尻尾の生えた奴も宇宙人でオルロックって呼ばれてる。オルロックが君を狙っていて、おじいちゃんは君を助けるために戦った」



淡々と至極当然のように話す。聞きなれない固有名詞、殺されそうになったワニみたいな顔が脳裏に浮かび、俺の頭の中はぐちゃぐちゃだ。それでも、なんとか次の言葉を絞り出す。



「どうして俺なんか……」



結は首を横に振った。



「それは……私にも分からない。私は学校の中で君を見守って、何かあった時に母艦まで連れていくことが役目だから」



「同じ学校だったんですか?」



「クラスは違うけど、学年は一緒。君って本当に周りを見ないよね」



呆れながら話す結を横目に記憶を探ってみるが、一向に結の顔は出てこなかった。



「地球も地球人もほんと面白いよね~」



結は世間話でもするかのように話す。暗いボロボロの建物の中でなければ、今までの全てが嘘だったかと錯覚してしまいそうになる。



「もしかして、あなたも宇宙人ですか?」



結は頷く。どこを見ても、さっき見た宇宙人とは似ても似つかない。にわかには信じられなかった。そういえば、じいちゃんも機械に変形するまでは人間にしか見えなかった。



明はゴクリと唾を飲み込んだ。



「……じいちゃんみたいに、機械に変形しますか?」



大まじめに質問したつもりだったが、それがツボだったらしい。結はぷっと噴き出し、笑いが止まらなくなった。



「私が変身するわけないでしょ。くっくく、はははは。宇宙人にもいろんな種類がいるんだから。私たちスクヒコ星人の体は地球人とほぼ同じ。ほんと地球人って想像力が豊だよね」



明は顔が一気に熱くなった。だって、じいちゃんも人間とそっくりだったんだから、そうなるかもって思うじゃないですか。


気まずさを感じ、結の笑いが静まるのを静かに待つ。



「あ~、ほんと笑わせてもらったおかげで緊張が吹き飛んじゃった。ありがとね」



明はそんなつもりはなかったと思いつつも、黙って頷くしかなかった。



「日本人って宇宙人に親しみがあると思うんだけどね。かぐや姫とか、浦島太郎とか、一寸法師とか全部宇宙人の話じゃん。あ、やば。肝心なこと忘れてた。スマホ持ってたら出して」



明は衝撃的な話に驚きつつも、結の剣幕にそれ以上話を聞くことができなかった。



ポケットに入れたままだったスマホを取り出す。



結が明の手からひょいと奪い取る。リチウム電池を外し、おもむろにスマホを床に叩きつけた。何度も足で踏んで粉々にしている。事が終わった結は爽やかな笑顔とともに、達成感に満ち溢れた表情をした。



「ちょ、ちょちょちょっと何してるんですか!」



「いい? スマホって本人の同意がなくても位置情報を使えるの」



意味が分からなかった。明は粉々になったスマホを手ですくい上げるが、残骸となったスマホの破片が手から崩れ落ちる。確実にデータは壊れてしまっているだろう。



この中にじいちゃんとの写真もあったのに。頭の中のじいちゃんの顔に亀裂が入った気がした。さすがに、この行動には納得できない。



「ちゃんと説明してください」



明はキッと結を睨む。結は軽く息を吐いた。



「君はオルロックに狙われていて、一刻も早くここを出ないといけない。私たちが向かう場所は埼玉古墳群。これでいい?」



「理解できません。なんで俺が狙われないといけないんですか?」



明の態度に反応し、結もムッとした顔になる。



「だから、そんなの私にも分からないよ。さっきも言ったけど、私の役目は非常事態に君を無事に母艦まで送り届けることだけだって」



結は明の後ろから両肩を掴み、引っ張るように連れて行こうとする。明はコンクリートの床に体を伏せて、必死に抵抗する。



「は や く、来なさい!」



「嫌です! もっと分かりやすく説明してください」



結は体の線が細いのに、自分を軽々しくお姫様だっこできるぐらいの腕力の持ち主だ。そんな相手に力比べで勝てるとは思わない。体は似つつも、根本的な何かが地球人とは違うのかもしれない。



それでも、簡単に従いたくなかった。何が起きているのか、自分が何者なのか少しも理解できない。そんな状況のまま前に進みたくなかった。



本当にこの女性を信じてもいいのか。オルロックとかいう宇宙人と仲間ではないのか。この女性はどうしてこんなに一方的に行動を促してくるのか。



みんな勝手だ、本当に。じいちゃんだってもっと早く教えてくれればこんなことにはならなかったかもしれないのに。自分だけなんで何も知らされてないんだよ。



様々な疑問が怒りとともにふつふつと心に湧いてくる。



「だから、時間がないんだってば! 母艦に行けば全部分かるから!」



「い、や、で、す。今ちゃんと説明してください!」



ふいに明の抵抗が弱まり、結は思わず後ろにのけぞった。体勢を崩した2人は派手に転ぶ。



「いったぁ。ちょっとどいてよ」



明は結に覆いかぶさるように倒れた。



「すみません……起き上がりたいんですけど……力が……」



結が黙ると無音になった室内に風の音だけが響く。



ビルの窓から風が入ってきたようだ。いつの間に開いたのだろう。



結はじっと奥の暗闇を睨む。暗闇から茶色く薄汚れたガリガリの素足が浮かび上がった。



「あああああ、もうにげられないぞおおお」



腰に布を巻いただけの裸体が姿を現す。枝のような細い手足なのに、お腹だけが異様に大きい。こけた頬に落ちくぼんだ目。髪は規則性がなく生え散らかっている。到底人間とは思えなかった。



「ヒダルガミ……」



結は眉を八の字に曲げ、小さく呟いた。

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