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1話

月の裏側。地球からは決して見ることのできない反対側の世界。



そこには一定間隔の距離を空けて、様々な形の宇宙船が並んでいる。楕円形、円盤型、ピラミッド型、釣り鐘型。



その中のある宇宙船の内部。地球人と同じ姿の女性が、大きな瞳で浮かび上がった立体的な映像を上から見下ろしている。室内にある台やイスは全て白色に統一されていた。



小さな鼻で深く呼吸する。長い艶のある白髪を3つに編み込み下に垂らしていた。年齢は20代にも30代にも見える。



「駄目です。通信が遮断されました」



女性の周りに人はいない。しかし、どこからか落ち着いた声が聞こえてくる。



「復旧は?」



女性の周りに声が響く。口は動いていないのに、言葉をしっかり認識できた。



「間に合いません。防護壁が壊れます」



「伝令係に緊急のメッセージを送って」



立体的な映像には日本の一般的な住宅が映っている。今のところ、動きはなかった。



「妨害があり、送信することができません」



「今すぐ地球に着陸の許可を取って。 私たちの大切な子……」



女性はうなだれるようにイスに座る。静かに両手を合わせた。





「すみません!」



残暑が残り、まだ少なからずセミの声が聞こえる9月の昼休み。



人気のない校舎裏で、高校1年生の大原(おおはら) (あきら)が告げたのは相手の告白を断るために発した謝罪の言葉だった。



恋人はおろか友達すらいない明にとって、すみませんに繋げる言葉が思いつかない。



言われた女子生徒は驚きの表情を浮かべている。沈黙の気まずさから、明は下を向いて後頭部をかいた。



「は、なんで?」



ちらっと女子生徒を見ると、真顔でこちらを見つめていて少し怖い。すぐに視線を戻した。何か、俺の言い方が悪かったのだろうか。



「いや、あの、あなたのことよく知らないので……すみません……」



夏服のボタンの色が赤色だったため、同じ1年生ということは分かる。それ以外のことは何も知らない。今日初めて話したのだから当然だった。



「そんなの関係ない。私、あなたのことが好きなんです! 付き合ってください!」



女子生徒が勢いよく近づき、両手で明の右手を握る。握った手を胸に近づけて、上目遣いで明を見た。先ほどの表情とは打って変わって、今にも泣きだしそうだ。



包まれた手の感触は経験したことのない柔らかさだった。



明は慌てて手を振りほどき、適切な距離をとるために後ずさる。女子生徒の純粋そうなうるうるとした瞳を直視することができず、目を閉じながら答えた。



「す、すみません。よく知らない人とは付き合えません! こういうのってお互いに理解してから付き合うものじゃないんですか?」



真っ赤な顔から出た、絞り出すような声が校舎裏に響き渡った。



セミの声だけがそこかしこから聞こえてくる。



後ろから「フッ」と噴き出したような声が聞こえた。



「さら、フラれてんじゃーん」



明が振り返ると、2名の女子生徒が立っていた。ニヤニヤと笑いながらスマホをこちらに向けている。



「はぁ? フラれてないし。まだこれからだったのに、ジャマしたから今のはナシね」



さらと呼ばれた女子生徒は蔑んだ目で明を睨みつけた。



明は訳が分からず、女子生徒たちの顔を順番に見るしかなかった。どの人も今日初めて見る顔だ。



睨まれたまま、さらが横を通りすぎて行く。身長は明の方が大きいはずなのに、さらの目の迫力に思わず後ずさり体が縮こまる。



「はぁ~、まじだっる。さっきの、ただの罰ゲームで言っただけだからマジになんないでね。あんたみたいな陰キャ、大っ嫌いだから」



うがいした後に、口から汚れを吐き出すように言われた。



「さらヒドすぎ〜」



別の女子生徒が笑いながら話す。女子生徒がなぜ笑っているのか分からなかった。



「だって、ストーカーになんかなられたら困るでしょ。ああいう奴はガツンと言っとかないと」



それは大丈夫です、とはっきり心の中で思っていると、3名の女子生徒たちの笑い声がどんどん遠ざかっていく。明はその場にぽつんと1人残った。



「えぇ……」



途中から何も言えず置いてけぼりにされたことに困惑しつつも、やっと状況を理解できてきた。



俺が告白されることなどあり得ないはずなのに、どうして初めから真に受けてしまったのだろう。



人ってあんなに一瞬で表情を変えられるんだ。自分の腹の内は表に出さず、嘘の表情を作り出す。自分には到底できそうにないことに少し感心した。



昼休みが終わる5分前の予鈴が鳴った。明はそれ以上、考えるのをやめた。


こういう時は考えないのが一番。正面から問題にぶつかるより受け流した方がいい。



「……戻ろう」



明は逃げるようにその場を去った。




教室のドアを開けると、中の喧騒が嘘のように静まり返った。



遠慮もせずジッと見てくる人、視界の端でチラチラと見る人、我関せずとあらぬ方向を見ている人など様々だったが明が1歩踏み出すと、何事もなかったかのように教室はまた騒がしくなる。



これが日常だった。空気のような存在。たまに思い出すけど、すぐに存在を忘れてしまう。



自分の席に座り、壁に掛けられている時計を確認する。授業開始まであと2分ある。机の中から次の授業の教科書を取り出し、机に並べた。表紙をただボーっと眺める。





「ただいま」


明は古い日本家屋を思わせる玄関の引き戸を開けた。外観こそ古さを感じさせるが、中はリフォームしているので綺麗だ。



「おかえり」



じいちゃんはいつものようにリビングで座椅子に腰掛けていた。



体が小さく、動かずじっと雑誌を見つめているじいちゃんはなんだか置物みたいだ。今年で75歳を迎える。髪は真っ白だがふさふさで、10年前から見た目が変わっていないように見える。



「じいちゃん、またそれ読んでるの」



明が呆れたように話す。



「女体はこの世の神秘じゃからのぅ」



じいちゃんが釘付けになっているのは、雑誌のグラビアコーナーだった。


他のページには目もくれず、とにかくグラビアだけを上から下までなめるように見ている。



「はぁ、晩御飯の準備するけど、今日はいる?」



「わしの主食はこの雑誌じゃ。だから今日もいらんぞぉ」



じいちゃんと暮らし始めて約10年。じいちゃんが食事をしているのを見たことがなかった。まさか、本当にグラビアからエネルギーを得ているわけではないと思う。どっかで食べてきてるのかな。



俺がいない時にじいちゃんが何をしているかは知らない。疑問に思いつつも、特にそれ以上何も言わず自分の晩御飯の準備に取り掛かった。



明が作ったご飯を食卓に並べる頃には、すでに外は暗くなっていた。



日に日に暗くなる時間が早くなっている気がする。夏が終わっていくなんとも言えない儚さがあって、明はこの時期が好きだった。



「いただきます」



手を合わせてからご飯を食べる。ただ、今日の明はなかなか箸が進まなかった。昼休みの光景が脳裏によぎる。



俺が人と関わらないようにしているのは、1つのトラウマがあるからだ。



「じいちゃん、そろそろ父さんが出ていった理由を教えてよ」



「何度も言うが、今のお前にはまだ言えんのぉ」



じいちゃんは雑誌を見ながら話す。



「いつになったら教えてくれるの?」



「お前に聞く覚悟ができたらじゃ」



「覚悟ならもうあるよ」



「まだそうは見えんのぉ」



じいちゃんはこうやって何かと理由をつけては父さんが出て行った理由を話そうとはしなかった。



俺が物心ついた時にはすでに母さんはいなかった。俺を産んだ時にそのまま亡くなってしまったらしい。家に写真は1枚も残っておらず、顔すら分からない。



そんな俺を男手一つで育ててくれたのが父さんだった。だけど、父さんも俺が6歳の時に急に消えてしまった。



身寄りのない俺をじいちゃんが引き取ってくれた。夜、寂しくて泣きじゃくる俺を宥めてくれたのもじいちゃんだった。こう考えるのは変かもしれないけど、じいちゃんが俺の父さん代わりで母親代わりでもあった。



「俺、もう高校1年生だよ? そろそろ教えてくれてもいいんじゃないの?」



「今日はやけに聞いてくるのぉ。学校で何かあったんじゃな?」



「何にもないよ」



「顔に書いてあるぞぃ」



じいちゃんはやけに勘が鋭い。明はため息をつくと、昼休みに罰ゲームで告白されたことを話した。



それを聞いたじいちゃんは、大笑いした。アゴが外れるのではないかと心配するぐらい大きな口を開けて。



「笑いごとじゃないって。どうしていいか分からなかったんだから」



明は漬物を口に放り込み、ご飯を口いっぱいに入れた。



「人間は本当に面白いのぉ。明、いつか必ずお前を理解してくれる人が現れる。本当じゃ。だからこそ、何よりも大切なことがある」



「何?」



「それは女性じゃ。とにもかくにも思いっきり女遊びをしとけ。そうしなきゃ、損じゃぞ」



じいちゃんは鼻の下を伸ばし、下品な笑い声をあげた。大切なことを言うかと思ったら、全く。明にとって、こういう冗談も受け流す対象だった。



「サチ子さんなんて、すごいぞぉ」



「それはもういいって」



「いや聞いとくれ、あの年齢で唇に吸い付いたら離れてくれないんじゃ。離そうと思って押しても、全く動かないんじゃ!」



聞きたくない具体的な話に、口に入れたご飯を噴き出しそうになる。慌ててコップの中のお茶を飲み干した。



「言わなくていいっての!」



本当、じいちゃんの冗談には困る。それでも、俺がグレなかったのは、なんでも笑い飛ばしてくれるじいちゃんがいたからだと思う。



だから、じいちゃんにはいつも感謝していた。



ガタガタガタ



突然、窓が風で激しく揺れた。



なんだろう。天気予報では天候が荒れるとは言ってなかったけど。



一瞬、カーテン越しでも外が異様なぐらい明るくなったのが分かった。花火や雷にしては音がない。外はいつもより静かなぐらいだ。



明は茶碗を下げるついでに、キッチンの横についている小窓を開けて外を覗き見る。



大きな円盤型のUFOが空高くに浮かんでいた。



見ているものを理解できず、ただただ呆然と外を眺める。直径約10mほどの円盤から出ている光が、周囲の家を順番に照らしていた。



いや、あり得ない。こんなのあり得ないよ。



「じ、じじ、じいちゃん!」



自分の目を信用できず、じいちゃんにも確認してもらおうと震えながら窓を指さす。



いつも腰かけている座椅子を見ると、そこにじいちゃんはいなかった。代わりに、光沢のある車のボディのような金属のパーツが上に伸びている。



それを視線で追うと、天井スレスレの所に真剣な表情でグラビア雑誌を読んでいるじいちゃんの顔があった。



驚きのあまり声を出せずに口を開けたまま固まる。視線に気づいたのか、じいちゃんがこちらを見た。



眉が大きく上に持ち上げられわなわなと震える明と、眉間にしわが寄った細目の視線がぶつかる。



数秒の間。



じいちゃんはいつものように大きな笑い声を上げた。



明はビクッと身震いした後、立ったまま気を失った。

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