一話:野望
高い塔の屋根の上。落ちれば即死だろうという高さのそこに、夜闇に紛れて、”ソレ”は居た。
「するねぇ、ロイ。魔術師の薄汚いニオイがさ。」
「そうだねぇ、ガイア。でも、殺せばいいって話。さぁ、行こうか。」
すると、2人は壁をつたってスルスルと地上に降り立つのだった・・・・・
聖ガルシュ王国。大陸の7割の領土を誇る巨大な国だ。その歴史は古く、1300年の歴史があるとされている。王国の起源となったのは今なお世界中で信仰されているガルシュ教だ。ガルシュ教とは、アートルメント・ガルシュを神として崇める一神教だ。絶対神ガルシュは当時の科学者であったことから、科学が絶対視され、科学の法則を改変する魔術や錬金術は今なお悪とされている。
魔術が悪とされてきた歴史の中で、魔術を密かに研究している者や、先祖代々属性魔術を操る家系もある。属性魔術を操る家系は世界全体で8つあり、それぞれ、火、水、風、氷、雷、地、光、闇の属性を持っている。
そんな世界の中、若くして魔剣を守る家の当主になった者がいた。その青年は今日もいつもの通り、魔術の訓練をするのだった。・・・
『燃えよ・我が血潮』
青年・・・ベルナール・ノアがそう呟くと、掌に法陣が浮かび上がり、掌サイズの火球が出現する。それをダミー人形に向けて勢いよく投げつけると、火球は見事に命中する。
「よし、また当たった・・・!日に日に上手くなってるぞ・・・!」
このノアは元々魔術師になるには魔力のコントロールが”絶望的なまでに”下手だった。だが、めげずに毎日欠かさず訓練を行った結果、”それなりに”できるようにはなってきたのだ。これこそ努力の結晶と言えるだろう。ノアが次の魔術の呪文を唱えようとした、その時、玄関の方から声がしてきた。
「ごめんくださ〜い!誰かいらっしゃいますか〜?」
(客人?珍しいな・・・。)
ノアは恐る恐る玄関の方へ向かい、玄関の扉を開ける。そこに立っていたのは・・・・・まだ若く、しかしながら覚悟のある目を宿した女性だった。その女性の格好を見てノアはあることに気づく。それは女性が王国の人間ではないということだ。なぜそれに気づけたのか。それは簡単なことだ。腰元に刀と呼ばれる東方の武器を携えていたからだ。一通りの格好を確認したノアが女性に向けて問いを投げる。
「東方の国の、しかも女性が、うちに何の用だ?」
問いを聞いた女性は細々とした声でこう答えた。
「ど、どうか、私たちにあなたの魔術を貸していただけませんでしょうか・・・!」
「んな・・・!?」
その言葉を聞いた瞬間、戸惑いはありつつもそれを押し殺し、女性を家の中へ入るよう仕向ける。
「どこでその情報を知ったのか知らないが、話は後だ。ここじゃ誰かに聞かれる可能性がある。さぁ、入れ。」
「・・・!し、失礼します。」
そうして女性を家の中に招き入れ、応接に通す。女性はソファに腰をかけると、女性は語り始める。
「申し遅れました。私はサクライ・カザネと申します。」
その名を聞いた瞬間、ノアは脳に電流が走ったような感覚を覚えた。
「サクライ!?まさか・・・旋風剣の・・・!」
「その通りです。」
「サクライ家」。東方の国、ジャポネスに領地を持ち、それと同時に旋風剣と呼ばれる魔剣から風属性の魔術を代々守り続けてきた一族だ。立場的にはノアのベルナール家と同じ立ち位置といったところだろう。
由緒ある、それもここまで意識になかった人物の来訪により混乱を隠しきれないノア。だが、腐っても一族の当主だ。その混乱を捻り潰して無理矢理話を進めにかかる。
「そ、それで?サクライのお嬢さんがなんで俺のところに?」
「そ、それはですね・・・先ほども言った通り、私たちに力を貸してほしく思い、ここまでやってきました。」
「力を貸すって言ったって、俺ができるのは炎の魔術とレイピアくらいだぞ?」
「その魔術に用があるんです。」
「そうか・・・。ならその理由を聞かせてくれ。じゃなきゃ力は貸せない。」
「わかりました。」
そう言って、カザネは事の発端から現在までの状況を語り始める。
「まず、始まりはジャポネスの皇帝陛下の退任宣言でした。今からちょうど一ヶ月前、陛下は自身の年齢と周辺国との関係悪化を理由に次の皇帝が決まり次第退任すると宣言したんです。」
「皇帝が退任するだけだろ?後任は育ててなかったのか?」
「陛下は自身の息子である皇太子様をしっかりと教育されておられました。しかし、事件は起きてしまったんです。二週間ほど前のことです。皇太子様が馬車での移動中に襲撃に遭い、殺害されてしまったんです。」
「皇太子が殺害された・・・!?犯人は?」
「犯人はその場で取り押さえられ、身元を調べたところ、ジャポネス国軍の保守派の人間でした。陛下も皇太子様も魔術に関しては革新派。「どんどん魔術を普及させていこう」という考えでした。そのような考え方は反発も多く、しばしば襲撃はありました。私たちサクライ家は身分上、皇室の護衛をすることも多かったのですが、運悪く通常の皇室親衛隊が警護担当の時に襲撃が起こってしまったのです。」
「それで?その襲撃と今回の件になんの関係があるんだ?」
「襲撃の後、国内は混乱に陥り、両派閥に少なからずいた過激派たちが暴動を起こし始めました。暴動が暴動を呼び、国内全土に広がり、いつしか内乱に発展しました。私たちサクライの者は革新派として暴動の鎮圧に努めているのですが、前当主であった私の兄が突然消えてから、サクライの魔術師だけでは抑えきれず・・・。」
「そこで白羽の矢がたったのが他国に散らばっている魔術師の末裔の一人である俺ってわけか。」
「はい・・・。本来は私たちが背負うべきところを、ともに戦っていただきたく・・・。」
「皇太子暗殺に暴動の内乱化ね・・・。」
ノアはしばらく考え、ついに結論を出した。
「・・・わかった。その頼み、受けてやる。」
「本当ですか!?」
「ただし、だ。」
「は、はい・・・。」
「今回の騒動が終わって国が安定した暁には、俺の”野望”実現にも一枚噛んでもらう。いいな?」
「もちろんです・・・!本当にありがとうございます・・・!!」
「同じ魔術を扱う家系なんだ。堅苦しい敬語はやめにしようぜ?な?カザネ。」
「わかりま・・・わかった!ノア!」
「おう!じゃあ早速出国手続きをしてくるわ!」
そうして、二人は東方の国、ジャポネスへ向かうのだった・・・・・
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