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Itharia Chronicle  作者: 瀧宮 藤
第一章 再会を求める、不条理の幕開け
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4話 異界の邂逅、鬼の兄妹

◇葦谷一悟郎視点


 あの頃を夢をよく見る。ヒロと他の子と、よく神社で遊んでいた、蝉の声がこだまする蒸し暑い夏の日々。いつしか進学の違いで疎遠になった――完全に離れたわけではないが、何となく互いに距離ができた。それでも大学で再会し、ルームシェアを始めたことで、また一緒に過ごす時間が戻ってきた。そして、こうしてゲームを共にすることで、かつての思い出がほのかに蘇る。


 ヘルメットを装着し、ベッドに身を預ける。子供の頃以来の、久々のゲームだが、たまにはこういう非日常も悪くない。あの頃のゲームはすべてが新鮮で、胸を躍らせた。今、再びその感覚を味わう機会が訪れた。しかし、一抹の不安が心をよぎる――俺に、この世界で一人で立ち回ることができるのかと。……それでも、すぐにヒロの存在が頭に浮かび、微かに口元が緩む。心強い相棒がいる、ならば恐れるものは何もない。まあ、暫くは一人ではあるが。


 夢の底に引き込まれ、気がつけば漆黒の虚無に立っていた。目を凝らして周囲を見渡すと、 壁全体がまるで巨大な鏡のように自分を映し出している。その鏡面に映し出されているのは、まぎれもない自分自身。



「ようこそ、イーサリアの世界へ」


 中性的な、感情が伴わない音声が響く。


「そなたは、この世界に何を望むか?」


「……」


「そなたは、この世界に何をもって臨むか?」


「……」


 突如投げかけられた問いに、答えることができず、ただ黙りこくるしかなかった。しかし、すぐ答えを求めているわけではなさそうで、言葉が続く。


「まずは、万全な準備を」


 すると、頭の中に知識が入り込んでくる。こうすればいいんだなと、指を横になぞってシステムウィンドウを開く。想像以上に細かな設定項目に一つ一つに目を通しながら、自分のこの世界での姿を思い描いていく。


 キャラクター名は一梧。種族は鬼を選んだ。人間に近い種族がしっくり来るのと、体を動かすのは得意そうだったから。……まあ、このゲームでは余り武術をやるつもりはないが、いざというときに動けるに越したことはないだろう。

サクサクっと設定を選び、一通り終わったのを見計らって、再び声が響く。


「ここは、そなたの第二の故郷(ふるさと)となる世界、イーサリア。そなたの姿、悔いはないか?」


「はい」


「では、答えを聞こう。『そなたは、この世界に何を望むか?この世界に、何をもって臨むか?』」


……答えづらい。率直に言って、私的な理由でこの異世界をただ利用しようとしているに過ぎない。しかし、ここはあえて正直に言葉を紡ぐことにする。それは、わずかな自己弁護と、懺悔の念を込めて。


「……俺はただ、この世界を通して、親友との、止まった時間を取り戻したいだけなんです。だから、本当に申し訳ないですが、この世界には何も望んでいませんし、何かをもって臨むこともありません」



 暫くの沈黙が続く。無理もない。こんな不遜な返答を受けて、失望せずにいられないだろうな。


「……ふふ、正直でよろしい」


 予想とは裏腹に、楽しそうな、鈴を転がしたかのように軽やかな女性の声が響く。


「いいでしょう、その願い事、私たちがお手伝い致しましょう。友人との滞った絆を、停滞した時間を、この世界を利用して存分に取り戻しなさい。しかし、あなたが望まずとも、きっとこの先、あなたの芯を揺らがす出来事が待ち望んでいるでしょう。彷徨って、自分が進むべき道を見失うこともあるでしょう。あなたの大切なものを思い出すのです。怖がらないで、自分を貫き通すのです」


 まるで、俺の心の底の昏い部分を覗き込んだかのように。彼女は謳うように、諭すように、語りかける。


「さあ、冒険の時間です。あなたにはあなたの人生があるんです。何を成すか、何を選択するか、決断するのはいつも自身でなければなりません。そう……」


 沈んだ心に、一筋の光を差すように。


「悩みを抱えて生をもがく一人ひとり、誰しも己が人生の主人公なんですから」


 長きに渡って、石化して鼓動を止めた心を打ち砕くように。今更どうして、これほどまでに言葉が響くのだろう。俺は貪欲にも、こう言った言葉がほしかったのか。そんな言葉をかけてもらう資格なんて、どこにもないのに。


「……行きなさい。あなたと友人に、幸ありますように。この地が、あなたの心が安らぐ第二の故郷(ふるさと)になりますように……」



いよいよゲームスタートだ。俺はこの昂る気持ちを心の内に収めて、大きな穴になされるがままに吸い込まれていった。


「……にいちゃ……お兄ちゃん起きんけん!こんなとこで寝とったら風邪引くけえ!」


「ん……ここは」


 耳をつんざくような、子供の甲高い声が脳に響く。体に何かが乗っているような感覚で、重い。


 目を開けてみると、1人の子供が俺の体を跨いて力いっぱいにゆすっている。鮮やかなほどの漆黒の長髪が風に靡き、顔にかかる。絹糸如きの髪の隙間から覗き込む、一対の無垢で好奇に満ちた淡い桃色の目がすごく印象的だ。そして、隣に座るのは、同じ漆の如く黒髪を後ろで束ねた少年が、桃色の瞳をこちらに心配そうにこちらに向けてくる。背丈は小さ目だが、細身ながら体が引き締まっているのが腕や足に薄く浮かぶ筋肉で伺える。まだ幼さが残る顔立ちから、10代に成り立てだろうかと推測する。そして、茜さす夕焼けで照らされた2人の2本の小さな角が鮮やかに浮かび上がり、とても眩しく見えて、思わず口からこぼれた。


「……つの……」


「……つの?あはは、お兄ちゃんも生えとるじゃけえ、変やのお」


 そうだったな、自分も鬼だった。


「ねえねえ、お兄ちゃんは誰じゃ?なんでこんなとこで寝とるんじゃ?」


 そう聞きながら、両手でバンバン胸を叩いてくる。……力強いな。これが鬼という種族の特性か?それにしても、このAIだと思えない自然な会話、この感触、木々~や草の匂い、この世界を構成するあらゆる要素から五感に訴える情報一つ一つが非常に現実的で、その、とてもゲームの世界には思えなかった。まるで……そう、自分たちのとは異なる世界に来たようで、余りもの現実感と現実離れした光景に挟まれて、少々怖気がつき、まだ頭の理解が追いつかない。


「……わからん」


「兄ちゃん、大丈夫?兄ちゃんの顔見覚えがないけん、外から来たんじゃろ?」


 隣にあぐら座してる男の子が口を開き、心配そうにだが、少しも警戒していない無垢な目を向けてくる。


「その、俺は、いわゆる“訪問者(トラベラー)”で……この世界に来たばかりなんだ。敵意はない。ここがどういう場所かも知らない」


「??ゆき兄、どういうことじゃけ?」


「……このお兄さん、違う世界から来た人じゃけえ。ここがどういう所なのかもわからんけえのお」


「へえ、お兄ちゃん違う世界から来んさったと?すごいけえのお!それで訪問者(トラベラー)って言うとったのお!困ってるってことやったら、うちに来んさいよ!」


 どうやらこの子は興奮すると両手でバンバンものを叩く癖があるようだ。鬼らしい怪力の片鱗を体が直に味わっている。


「あたし、粉雪(こゆき)じゃ!7才!お兄ちゃんは?」


「俺は……一梧、姓はない。君は?」


少年の方に向く。


「……初めてお目にかかります。僕は旭の里の信之と申します。霧島家に生まれ、父、恒之と母、鶴子、そして妹の粉雪共々日々農作業に従事しております。どうぞよろしくお願い申し上げます」


 子供ながらも、すらすらとでた格張った挨拶に驚く。


「い、いいんだそんなに畏まらなくても。俺、よそ者だから」


「わわっ」


「おっと」


 慌てて上半身を起こしたらバランスを崩して後ろ向きに倒れそうになった粉雪と呼ばれる女の子を、慌てて片手で背中から支える。


「大丈夫か」


 怪我はないか、と確認してみたら、


「あはは、おもしろいけえ、もっともっと!」


「……」


 杞憂だったようだ。


「そいでお兄ちゃん、今困っとるんじゃろ?一緒にうちに帰らんか?」


「そうじゃ、兄ちゃん、俺たち丁度今帰んとこじゃけえ」


 信之とやらが隣に置いてる籠を差した。かき集めてきた山菜やらきのこやら、山の幸がぎっしり詰まってる、男の子の方が入るくらいにはでかい背負い籠と、釣った間もないだろうとピチピチ痙攣する魚を乗せた、小さ目の平籠一つずつ地面に鎮座している。


「……大変助かる」



 異世界に来て右も左も分からない状態だから、俺は素直に好意を受け入れることにし、背負い籠を背にかけて平籠を手に持って共に霧島家に向かった。「ほえー、お兄ちゃんすっごい力持ちじゃのお。うちのあーちゃんみたいじゃ!」


……あーちゃん?


 籠二つを軽々と背負って歩く俺を見て、粉雪は目を輝かせる。……言われてみれば確かに、現実の方でも流石に軽々とこの量は持ち上げられなかったが、これも鬼と力強さだろうか。


 獣道を歩きながら、信之と粉雪が住む旭の里のことを色々教えてもらった。里は、山と川に囲まれた小さな盆地にある。その山から流れる水で田畑を潤し、川魚や山の恵みを採って暮らしているらしい。里に住んでいるのはほとんど鬼だが、日本の昔話に出てくるような妖も少しいるみたいだ。そう話していると、


「一兄ちゃん!見て見て!」


 粉雪が色とりどりの、見たこともない動植物に目を奪われながら歩いていた。そして獣道を抜け、粉雪が指差した先には、小川が道を横切り、ずっと下に流れ、水流の中に聳え立つ岩が連なってできた、天然の跳び石の橋があった。下まで結構な高さがあるので、落ちたらひとたまりもないだろうな。


「「綺麗じゃろ?」」


 二人して自慢げに言い、俺は微笑ましく思ったが……


「こんな所を渡るのか?危ないぞ」


 窘めようと思ったが、粉雪はくるっとこちらを振り返って、爛漫な笑みを浮かべるばかりで、


「一兄ちゃん、見とって!」


 そう言うと、竹の水筒を取り出して水を一口含み、跳び石の方に走り出した。


「一兄、俺もいくけえ」


 信之も笑って告げると、粉雪の後を追いかけるように飛んでいった。どうやら二人はここをよく通っているらしく、慣れた足つきで飛び石を飛び越えて前へ前へと進んでいく。半ばくらいまで行ったところで、粉雪が足を踏み外した。


「あっ!」


「おっとっと、粉雪、危なかったのお!」


 後ろからついてきた信之が、さっと腕を引っ張り、粉雪のバランスが崩れるのを防いだ。


「おお、いいタイミングじゃったの」


「まったく、粉雪はいつも詰めが甘うて、俺がちゃんと見とらんと危ないじゃけえ」


 信之がやれやれと諭すように言うと、粉雪はムッとして言い返す。


「何じゃ、ゆきちゃんだって普段は迂闊じゃ!夕子ちゃんに鼻の下ばっかり伸ばしよるくせに!」


「な、い、今それは関係ないじゃろ!」


「おーい、そんなとこで喧嘩てたら危ないぞ!」


 大声で注意したが、二人は聞く耳を持たない。案の定、二人がもみ合っていると、どちらかの足が空を切り、一緒に崩れていった。しかし、間一髪で信之が片手で岩を掴み、もう片方で粉雪を支えた。


「おい、大丈夫か!」


「……一兄ちゃん、ごめん。助けてくれんか……」


「待ってろ!」


 鬼の体のおかげか、俺は軽々と岩と岩の間を飛び越えて二人の元へと向かう。


「……一兄、もう無理じゃ……」


手を離しかけた瞬間、俺は信之の腕を掴み、一気に二人を引き上げた。


「まったく、言わんこっちゃない」


 そのまま信之と粉雪を両脇に抱え上げると、粉雪が無邪気に笑い出した。


「あはは!一兄ちゃん、かっこええ!あんがとーな!」


 こんな時でも、底抜けに元気な粉雪には少し呆れながらも、その向こう見ずな性格が彼女のいいところだと、釣られて笑みがこぼれる。


「えへへ!一兄ちゃん、腕ブランコもっと振ってー!」


「はは、ほんとや。一兄、もっと激しく!」


「おい、ちょっと待て!お前ら、そんなとこで暴れるな!」


 そう言った瞬間、慣性に逆らえず、俺たちは後ろ向きに一緒に落ちていった。


(せめて、二人だけでも……!)


 その思いを文字通り必死に、自由落下しながら2人の頭をギュッと胸に抱えて、水の中に落ちた。幸い、小川が深かったため背中を少し打っただけで済んだ。水中からぶくぶくと浮かび上がって、 3人で「プハ~」と大きく息を吸う。お互い狐につままれた顔して見つめ合って、同時に笑い出せずにはいられなかった。


「ははは!三人で順番に落ちたけえ、結局みんなびしょ濡れじゃのお!」


 粉雪が笑いながら言うと、信之も満面の笑みを浮かべた。


「ほんとじゃな。一兄ちゃん、助けてくれてあんがとーな」


 二人がびしょ濡れで笑顔を向けてくると、こちらも自然に笑顔がこぼれる。


「……おう」


……無邪気なものだ。なるほどな、この小さな生き物たちはこんなにも笑顔をにしてくれる存在なんだ。口角が自然に上がる。


 そんなアクシデントを経験しながらも、びしょ濡れの体を引きずりつつ、俺たちは里に近づいてきた。空はすでに赤く染まり、夜の訪れが迫っている。なんとか暗くなる前に人の気配のある場所に辿り着けたのは幸運だった。里に入ると、一面に広がるのは畑ばかりで、さらに水田には稲が植えられているのが目に入った。この世界にも米があるのは、少しばかり嬉しい驚きだ。いくつかの畑を横切った先に、ひときわ目立つ大きな平屋が見えた。茅葺きの屋根に土壁、そして木の引き戸。建物の造りも、信之や粉雪の服装も、まるで古の日本を思わせるものだ。そんなことを考えているうちに、いつの間にかその家の前に着いていた。家に着くや否や、2人は勢いよく扉を引き開けた。


「ととー!かかー!今帰ったと!」


「……くぉぉらぁぁぁぁ!今何時だと思ってるのよ!」


 とたんに現れたのは、鬼の形相をした熟年の女性。重めの方言の二人に対して、彼女はしっかりと標準語を振舞っている。その顔立ちは本来上品であったであろうものの、今は鬼の形相を呈していた。まさしく鬼に金棒、ってやつか。手には杓子が握られており、その威圧感は並大抵ではない。い、いつの時代も、女性は強いな……。


「あら……ホホホ、これは大変お見苦しいところを……。失礼いたしました。ようこそおいでくださいました。私は霧島家の鶴子と申します。信之と粉雪が、大変お世話になっているようで……」


 繕うように誤魔化し笑いして、コホンと咳払いする。鶴子という名の女性は、優雅に一礼すると、そのまま氷のような視線で2人を睨んだ。2人は瞬く間に俺の背後に隠れた。鶴子の額にも、他の鬼と同じく2本の小さな角があった。そういえば、この家の者は皆鬼なのだな、と改めて思い知る。


「あ、その、自分は一梧と申します、姓はありません。どうかそんなに畏まらないでください……!」


 自分たちがびしょ濡れだということに気が付くと、


「……一梧様、お体が冷えているようですので、今からお湯を沸かします。どうぞ暖を取りにお上がりくださいませ」


「……ありがとうございます、お邪魔いたします」


 一瞬ためらったものの、体が冷え切っていたので、遠慮せずに家へと上がらせてもらうことにした。濡れた服を脱ぎ、乾いた布で体を拭き、差し出された服に着替える。囲炉裏の前で暖を取っていると、両脇から信之と粉雪がくっついてきた。


「へへ、一兄ちゃん、体温高いやのお!」


「あったかーい!」


「はあ……今日はお前らのおかげで大変だったぞ」


 そう言いながら2人の頭をくしゃくしゃと撫でる。そんな風にじゃれていると、再び鶴子が現れた。


「お茶をどうぞ。体が暖まりますよ。あんたたちも飲みなさい」


「ありがとうございます、本当に助かりました」


「いいえ、どういたしまして。今、お風呂のお湯を沸かしておりますので、少々お待ちを。お腹が空いていらっしゃるでしょうから、風呂の後にお食事をお出しいたします。どうぞお召し上がりくださいませ」


……どうにもこの丁重すぎるもてなしは、俺には居心地が悪い。確かにこの世界の時代背景に由来するとは多少知識で理解しているが、あまりにも畏まられると、俺も話しづらくなる。……いや、それ以上に、何から何まで至れり尽くせりで、なんだか申し訳ない気持ちが強くなる。


「……このようにお心のこもったおもてなしをいただき、非常に感謝しております。ただ、どうかあまりお気遣いなさらず、もっと気軽に接していただけませんか」


「……しかし、お客様をおもてなしをするのが我々の」


 俺は少し強引に言葉を遮る。


「勿論、それは理解しています。それでも、俺のお願いも聞き入れて頂けませんか」


 真っ直ぐ奥方の目を見つめる。


「ふふ、わかったわよ。では一梧くん、今日は何があったか聞かせてもらえる?」


「……はい。俺は他の世界から来ました」


「……そう。あなた、“訪問者(トラベラー)”だったのね」


「そうです。つい先ほど、そこの裏山で目を覚ましました。気がついた時には2人がそばにいて、右も左も分からない俺に、とりあえずあなた方の家で世話になるように提案してくれました。それですごく、救われました。……大変恐縮ですが、明日には出ていきますので、今夜だけは泊めていただけませんか」


「あら。そんなこと言わずに、何泊でもしていけばいいのに」


「……いいんですか?ありがたい話ですが、生憎手ぶらなもので、何も返せるものはありませんが……」


「んーん」


 横から口を挟む粉雪。


「もうたくさんもろうたけえ!今日一日でこーんなにいっぱいもろうたとよ!」


 粉雪は両手を心臓に当てる。そして、精一杯手を広げて、言葉を続ける。


「そして、これからももっともっと、いっぱいもらうけえ!」


「俺もや!一兄ちゃん、大好きや!これからもずっとおってほしいけえ!」


 信之もそう言い、飛びついてきた。


「うふふ、子供達はこんなこと言ってるけど?」


「……はい、ありがたくお世話になります」


 これがいわゆる『諦念』ってやつか。……これも、悪くないな。


「それで、あんたたちなんでそんなびしょ濡れに?」


 そう怪訝そうに聞く母に対して、2人の子は明らかにギクっと大袈裟に反応する。隠し事は苦手のようだ。


「はっは~ん、あんたたち、やっぱりあそこの飛び橋に行ったのね!大方、あんたたちが落ちる所を一梧くんに助けてもらったって所ね。危ないと何度も言ったのに!やっぱりお仕置きよ!」


 2人は引き摺られて部屋の奥に消えていった。……これが文字通り、鬼の母か。


 その後、風呂を3人で入って、食事まで用意してもらった。……それにしても、鬼の食事量はとんでもないな。粉雪でさえ、一般地球人大人2.5人分はあった。2人が籠に集めた食料の量かなり多いなと思ったが、これなら、確かにむしろ足りないくらいだ。……俺の分?……それは、聞くな。


「うふふ。子供なら沢山食べて、大きくなりなさい」


「俺はもうそう言う歳でもないんですが」


「あら、あなただってまだまだ体が大きくなっていく余地はあるのよ。だから、まだまだ子供よ」


「はあ」



 皆が就寝し、俺は布団の中で今日の出来事を振り返っていた。……ゲームだから、もっとのんびりできると思っていたが、そう甘くなかった。この世界に目覚めてすぐ、信之と粉雪のじゃじゃ馬兄妹に出会い、振り回される一日。だが、そういうのも悪くない。俺は満足して、睡眠欲に身を委ねた。……ゲームの中で寝るというのも、妙な感覚だ。もうすでに、この世界をゲームとは思えなくなりつつあるが――。


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