3話 初陣の余韻
「ねえ、七里さんってどうしてそんなに友達に拘るの?」
七里さんの指示で簡易の魔物避けの結界(物理)を作りながら、朝日はそんな疑問を浮かべる。……まあ、結界なんて小難しいものじゃなくて、通路にこの洞の上の方で採取できた魔物避けに使えるキノコを大量に通路に積み上げて、泥団子で更に通路に蓋をしただけだが。……神物をこんな雑に扱って、バチが当たらないものだろうか。
(私が当たらないと言ったら当たりません)
……さいですか。
(友達、ね。信者と神の関係ってもう字面から堅苦しいじゃないですか。あーヤダヤダ。どうせなら楽しく信仰を続けた方がいいと思うでしょう?ほら、お互いウィンウィンの関係ですよ)
「へえ~、七里さんって変わった人だね!でも、おかげで七里さんと楽しい関係になりそうっ!あ、人じゃなくて神様か、あはは⭐︎」
安全を確保したところで、僕は自分がこの世界に生まれ落ちたばかりで、まだ何も知らないことを伝えると、彼女にこの世界の仕組み、この地域のこと、色々教えて貰った。
「あなたたち、行く当てもないでしょうし、活動拠点が必要でしょう。だから、この地のどこかにある狂人の研究室を探しなさい」
「じゃあどこにあるのか教えてくださいよ」
「自力で探しなさい」
「……信者増やさないといけない、でも拠点となる場所も教えてくれない。ないない尽くしじゃ、理屈が通りませんよ」
「……こっちにも都合があるのです」
歯切れが悪そうに彼女は言う。はあ、さいですか、と溜息が出る。苛立った所で仕方ない。しかし、場所も、それを見つけるためのヒントもないのだから、虱潰しに探すしかないのだろうか。長丁場になりそうだ。
そんなやりとりしていると、緊張が解けたからか、強烈の空腹感が襲いかかってきた。そろそろ何か食べるか……となんとなく蛙の市街を何気なく眺めていたら、ふと重大な問題に気づく。
……これ、食べなくちゃいけないのか?
仮にこれ食べなきゃいけないとして、どうやって?一応、話すための口、歯はついているみたいだが……仮にも菌類、これが正しい食事の仕方なんだろうか。……いや、わかっているんだ、本当はこの状況から目を逸らしたいだけだというのを。食料をどう探しても、どう足掻いても目の前に転がっている、二体の蛙の死骸しかないのだ。リアル志向のゲームとは聞いていたから、ドロップ式だとは端から期待はしていなかったが、こんなに生々しく死体が残るとは。まあ、片方が脳を貫き、もう片方は頭をたたき割って寄生茸を引き摺りだしたのだから、こうも現実的じゃなかったら僕も今ここに立っていないだろう。閑話休題。
とはいえ、嵐の中を外に出るのは無謀だ。同族のキノコを食べるのは……なんか違うし、抵抗感もある。空腹を無視するわけにもいかないし、蛙を食べるしかないのか……食べるしかないんだろうな……いや、待てよ?忘れていたが、僕のこの根っこの足で栄養摂取できるのではないか?
僕はさっきの戦いを思い出す。そういえば根っこの足を蛙に突き刺していたな。この動作は元々、栄養を取り込むためだろうし、試してみる価値はあるかもしれない。
僕は死体に登って、足を突き刺した。すると、足元から徐々に吸い上げていく感覚がして、体の奥底に取り込まれ、体力と空腹が満たされるのを感じる。味がわからないのは本当に幸運だと思う。
「えっ!ひっちゃんそれで栄養を摂取してるの!おもしろ~い!いいないいなー!僕、この体は食事がいらないみたいからうらやまし~!代わりに魔力というものが必要みたいだけどね!」
「……羨ましいのか?このグロテスクな蛙の死体を食べるのが羨ましいと思うのか?」
「だってだって!今はともかく、今後も美味しい食事に一切ありつけないってことでしょ~?そんなの悲しいよ恨めしいよキーッ!」
……そっか、それは人によっては……一大事だな。どこからともなく白いハンカチを取り出して悔しそうに噛み締める。
「あ、でもひっちゃんにお願いが一つあるの」
「……どうしたの?」
「片方の蛙でいいから、骨を残して綺麗に食べてくれる?」
◇
朝日の要求通り、片方の蛙を綺麗に食べ切って腹が満たされたところで、そろそろ出発の準備でもしよう。……そういえば、蛙の皮で簡易的な鞄を作れないか? 裁縫道具はないが、風呂敷ぐらいならどうにかなるだろう。
「石ナイフでも作るか。朝日、手伝ってくれる?……あ、でも手がないのか」
頭蓋骨だけの体だが、それを器用に全身で感情を表現できてしまう朝日にはつくづく感心する。
「ううん、任せてっ☆」
そう言って、近くの小石を浮かばせる。
「ほら、すごいでしょ?実は僕、光る幽霊と書いて、光霊族……みたいなの!」
念動力的な何かで物を動かせれるよと、自慢げに話す。……へえ、てっきり、ファンタジーによくある人骨の魔物かと勝手に思っていた。またニッチなやつを選んだものだ。
「おおー、助かるよほんと。その調子で石集めて、ナイフを作ってみよう」
少量ながら室内で拾った小石を使い、大きな石にぶつけて割る。うまく割れたものを選び、大きな石で研磨してナイフを作ることにした。水で濡らしながら磨くべきだが、水源はないので蛙の血を使うこと。やっていることはグロテスクだが、これでどうにか石ナイフが完成した。
「とりあえずこれで十分だな……そのうち、もっとちゃんとした道具を作る必要があるだろうけど」
試しにキノコや蛙の肉を切ってみたが、一応力を入れればギリギリ切れるから、切れの悪い包丁程度だな。……まあこんなものか。
「みてみてー!僕もやっとできた!念動力って細かく物を動かすの難しいんだねー」
「ちょちょっ、危ないからやめなさい」
出来たナイフを見せびらかすようにぶんぶんと振り回す朝日だが、
(へえ、器用なものですね。あなた達訪問者はこう言ったものを作れないと思ってました)
「……」
(あ、すみません。決して見下していた訳ではなく、素直に感心しただけですよ)
「……いや、あなたの言う通りだなと思っただけです。僕らの世界の殆どの人々はもう、こう言ったものを手作りしたりしませんので当たり前です。僕は事前にこのゲームに備えて予習を少々しただけですので、今回は偶々上手くできましたが、基本的に付け焼き刃なので失敗の方が多いだろうなと思います。……ただ、」
(へえ、殊勝な心掛けですね。……ただ?)
「ただ、……どうしてあなたは、僕達訪問者は、そういうのが不得手なの知っているんだろうなって、どうして僕たち側の世界の事情は知っているのか、不思議に思っただけです」
(……ふふ、あなたって疑い深いですね)
「一度あなたに助けられましたし、そこに悪意があるとは思っていないですよ。ただ、疑問を放っておけない質でして」
(あはは、いいですね。智慧の信徒の方が向いてますよ)
「……その智慧の信徒とやらは知りませんが、私が智慧の神に入信した暁には困るのは誰でしょうね」
(まあ、そうもったいぶることでもありません。答え合わせをすると、実は"魂注ぎの世界雨"はこれが第一波目ではありません。もうお分かりですね)
1度目ではない……あ、丁度1年前にあった、オープンベータテストが第一波目ってことか。
”魂注ぎの世界雨”……を説明するには、世界の成り立ちにかかわってくるので今一度振り返ってみる。大昔、この世界は高度な文明が発達していたが、約四百年前に原因不明の”大災害”によって一度世界が滅びる。しかし、知的生命体が全て滅んだわけではなく、残った人達が文明を立て直し、国を再建した。”大災害”によって文明水準は大きく後退したが、人々は希望を持って今を生きる。そう、今はまさに世は”創世の黎明期”。
そんなときに、大災害から破壊を免れた、遺跡と呼ばれるもので、『古代アーティファクト』となるものが発見された。それを発見者が誤って起動し、”魂注ぎの世界雨”と呼ばれる、またしても世界規模の事件が起こった。どんな事件かというと、異世界から”不完全なる魂”が召喚され、世界各地に雨のように各地に降り注がれた。魂がこの地に落ち、その魂に合わせた体がその場に生成されたと。また、”不完全なる魂”と呼ばれるのは、例外なく不定期的に昏睡状態に入る。まあ、それがいわゆる、僕たちプレイヤーで、昏睡状態に入るというのもいわゆる”ログアウト”のことなんだけど、まさかこういうシステム的要素も設定に盛り込むなんてな。
「……ふーん」
……どうも、彼女と話すと色々考えてついつい手が止まってしまうな。さっさと作業を終わらせようと思い、停めた手を再び動かすことにする。
さて、まずは蛙の皮を剥ぐ作業だ。背中からキノコを引っこ抜いた方は激戦で傷だらけなので、こっちの頭を食った方にしよう。まず背中のキノコを切り落としておく。蛙は大体腹側から皮を裂くことが多いみたいだが……背中にキノコ寄生の跡の空洞があるので、背中の方から割くことにする。そして、首から股まで一直線で割くが……ぶよぶよとした皮と、滑る表面に苦戦して、かなり時間かかったが、綺麗に剥けてくれた。そのまま使ったら大きすぎるので、風呂敷用に大きめの正方形とマスク用の長めの長方形を切り出す。特に血抜きもしていない(でかすぎて、あるいは僕が小さすぎて物理的にできない)ので血塗れだが、洗い場もないので一旦このまま使うことにする。正直……ものすごく血生臭い。とりあえず生命維持やあらゆる作業には真水が必要だと言うのを文字通り体に沁みたので、外に出たら第一目標が綺麗な水源の確保だな。出たすぐのところに水源はあったはずだが、今頃汚染されてないだろうか。
何回か現実の方の休憩などを挟みつつ、雑談をしながら作業を進めているうちに、ログイン制限がかかり、今日は一旦終了することにして、先に七里と朝日と別れた。今日のうちに嵐は止まなかったな、あまり進められなくて残念だ。
「じゃあ僕は一旦深い眠りに付きます。また、明後日会いましょう」
「おやすみー!また今度あそぼーね!」
(ええ。二人とも、良い夢を)
良い夢を、か。ふふ、もうたっぷりと良い夢を見せられたよ。夢の続きが楽しみだな。
今日一日振り返ると、波瀾万丈なスタートだったな。突然のくそ立地湧きからの2連強敵、そこから神さんとの出会い。はは、やっぱりこのゲームは予想通り、退屈しないな。いっちゃんの方はどんなスタートしてるんだろうか。一体どんな冒険をしたのか、語り合う時が待ち遠しい。




