蛇の口は蛇
月の間を飛ぶ巨影を見ながらも、僕は冷静だった。
地上から見る飛行機とほとんど変わらない。翼が大きく羽ばたいていることを除くと、だが。
ドラゴンは群れている様子はなく、1匹で悠然と羽ばたいている。空には他に生き物らしい影はなく、どうやら空の覇者とでも言うべき存在のようだ。
ドラゴンを眺めていると突然、無数の足が地面を蹴る音が聞こえた。音のする方を見ても砂が舞い上がっているだけだ。しばらく見続けると、数頭のウマのようなナニかが馬車を引いているのがわかった。
2頭で一台の馬車を引いているのだろう。あわせて6台ほどの馬車が砂煙を上げながらこちらに向かってきている。
あまりにも速い馬車に呆気にとられていると、先頭の馬車はほんの26mほどの距離まで来ていた。その後、僕のすぐそばに停車するのにそう時間はかからなかった。
一台の馬車を引いていたのは、2頭のウマではなかった。ヒグマのような胴体から、ウマのようなキリンのような頭がついた2つの首が伸びている見たことのない生物だった。身体中に生えている体毛のように見えるものも、風のない中、自由にたゆたっている。
「まさか、人がいるなんて、、君は一体ナニをしていたんだ?」
生き物に気を取られていると、黒塗りの手入れの行き届いた馬車から男が降りてきた。若く、正装に身を包んだ男は怪訝そうに僕を見ていた。
「僕も、ナニがナンだかわからなくて、、気がついたらこんなところにいて、、ナンなんですかここは、、」
「ナンなんですかって、ここはモギナス公国に決まっているだろ」
「モギn…?場所もわからないし、その変な生き物だって、、」
「ハッハッハ、モギナス公国もキグマも知らないのか?一体どこの田舎から出てきたんだ」
男は従者とおぼしき後ろの老人に笑いかけると、老人も笑みを返した。
「まぁいい。あれだけの爆発の跡にいたんだ。訳ありなんだろう。私はネチョス。モギナス公国の第4王子だ。君の名は?」
「僕の名前は、、、」
「まずい、、逃げるぞ。早く乗るんだ!」
ネチョスに手を引かれ、馬車に引き込まれると、キグマはすぐに走り出した。かなりの速さで動いてるはずだが、車内はほとんど揺れていない。
バァーーーン!
後方から大きな音が響いた。カーテンをめくり、後ろを除くと、空の覇者が降り立っていた。大きな後ろ足で最後尾の馬車を襲っている。
「ドラゴンがいるなんて聞いてないぞ、、」
「わたくしもモギナス近辺では久しく見ておりません。これもヤーキブン辺りの治安が乱れたせいでしょうか。理由はともかく、早く逃げましょう。」
「そうだな、馬車を襲っている内に早く逃げよう」
突然のことに思考がついていかない。馬車がどこへ向かっているのか、ドラゴンがなぜ馬車を襲ったのか、何もわからない。ただ、ドラゴンの口が最後尾の馬車を噛み砕いていることだけはわかった。