卑しいサメと初心にゃんこ
「こんなところで、一体なんなんですか?」
そう困惑を交えた問いを投げ掛けるテルスに、ラテュロスは黙ったまま突っ立っている
ギルドでの話し合いを終えて一息ついていたテルスは、ラテュロスの突然の誘いによって、町の郊外の森で、親愛なる姉貴分と向かい合っていた
「なあ、お前アイツの話聞いてどう思った?」
来るまでずっと黙っていた姉御が開口一番にそう問う
「どうって、嬉しいですよ、私と姉貴の実力が認められて」
「─────────はぁ、やっぱりか」
絞り出すようなため息を吐き、姉御は静かにその新緑色の瞳でこちらを見据える
「奴ら、私らに期待なんぞしてないっての」
「──────え?」
「奴らは私らが試験に受かることなんて微塵も期待しちゃいない、目をみりゃわかる──────あれは叶うはずのない夢を語る子供を見る目だ。まあだから簡潔に言うと────────」
姉御は口元を静かに歪め、目を細める
「見返してやろうと思って♡」
心底楽しそうに、いや、楽しそうではない、よく見るとその目は光を失っている。どうやら相当頭にきているらしい
「でも、だからってどうしたら・・・・・・」
「───────決まってんだろ」
突如、姉御の声が先程より大きく感じる、そしてその声の方向、つまり足元を見ると───────そこには姉御の姿があった
「ッア!!」
何故、どうして、なんのために!! 結論が出ない疑問が泉のように沸いてくるが、それでもテルスの行動は的確だった
海辺で戦ったあの時のように、氷剣を展開し、さらに蹴りを放つ
が、それは、この上ない位悪手だった
ドン!!
飛び込んできた姉御が、地面に強烈なストンプを放ち、手を拳へと変換させる
─────────全ては後から知ったことだった
前進している状態で足を強く踏み込むと、その力がまるごとパンチ力となるということ
猫は白筋と呼ばれる瞬発力に優れた筋肉が大幅に発達しているということ
そして────────人には正中線と呼ばれる、人体の急所が一列に並んだ部位があるということ
ボガ!! ドゴ!! ズム!!
およそ人体が出してはならない音を響かせ、テルスは口から水鉄砲のように鮮血を吹き出しながらぶっ飛び、地面に落下する
続いて、激痛、吐き気、呼吸困難、急所の連撃によるダメージが一拍遅れて体を穿つ
あまりのショックにのたうち回ることも出来ぬ自分を、姉御は冷ややかに見下ろしている
すると、頭から粘度の高いはちみつのような液体が体へと降りかかる
これ程のダメージを与えて、さらに水責め!? とテルスが困惑するが、すぐにそれの効能は現れた
バッ!!
テルスは、先程の苦痛が嘘のように飛び起きる、だが、それができたテルス自身が最もそれに対して驚いていた
姉御の方を見やると、あれだけやっておきながら涼しい顔をしていて軽く引くものの、そんなことはお構いなしに、自分の目の前に空の瓶をみせる
「それは?」
「回復薬、文字通り傷を治す薬だ。今日から世話になるから、軽く挨拶を・・・・・・」
「そこじゃないでしょ!! 何でいきなり殴ったんですか!? あんなの防ぎようが・・・・・」
「─────────違う、防いでもらわなきゃ困る」
「え?」
すると姉御は、腰をおろし、こちらも座るように促す
「正直にいうと、私は奴らが私たちに下した、五級選抜には受からないという評価を正しいと思っている」
「なっ!?」
自分はともかく、姉御までそんなことは、そう言葉にしようにも、姉御の無言の圧がそれを許さない
「弱いんだよ、私もお前も、致命的なほどにな」
「そんな、それじゃあどうしたら・・・・・・・」
「だからこそ、これだ」
すると姉御はヒラヒラと自分の手を振る、が、それと同時に、驚愕と共にテルスはその手を凝視する
だって、その手は痛々しいほどの鮮血に染まっていた
一瞬その手に呆けたあと、すぐにその出血の理由を問い質そうとするも、姉御は静かに手でその出鼻をくじく
そして不意に片手を傷にかざすと、柔らかな光と共に血と共に損傷が消えていく
「それは?」
「光の魔術の一つ、〔被光治癒〕だ。光魔法は唯一傷を治すことの出来る魔法だからな。 回復薬要らずだかお前も覚えろ・・・・・じゃなくてだな」
どうやら説明を求めるこちらの念が届いたようで、少々申し訳なさそうに姉御が話し出す
「さっきの傷はお前の獣人としての力、その片鱗だ」
「わたしの・・・・・・ 獣人の力?」
「ああ、この力をものに出来れば私たちの戦力を一気にあげることが出来る」
「本当ですか!?」
「ただし!! その鍛練は過酷を極める。お前の場合単純な魔法や武術の上達も含まれるな」
そうか、とテルスは素直に納得する
一気にという言葉に釣られたが、よくよく考えたら自分達に残されているのは一ヶ月しかないのだ。急激な上達しか、自分達には残されていないのだ
「あと、一応言っとくが・・・・・・・私はこれをお前に強要するつもりはない」
(────────は?)
何を、そう問い質そうとするも、姉御は、先程の真剣な顔から転じて、まるで嫌が抜けたような優しい表情で、諭すように話しかける
「これは私の単純な、ムカつくから、見返したいからっていう勝手な理由の、いうなりゃ一人相撲だ─────お前は無理すること──────────────んぐ!?」
「寂しいこと・・・・・・・言わないでくださいよ」
テルスはラテュロスの口元を手で塞ぎ、腰に手を回して体を倒す
手から感じる姉御の筋肉は、餅のような弾力性と柔軟性を感じられる。けれども自分と比べてそれを搭載するからだはとても細い
この細身にどれ程のことを背負っているかは知らないが、少なくとも自分まで背負わせる気はサラサラない。
むしろ
「背負わせませんよ・・・・・私が姉御を背負うです。望まれなくても、奪ってでも背負います───────それが嫌なら、自分から私に預けてください・・・・・そしたら、一人相撲じゃないでしょ?」
そうやって顔を近付けると、姉御の体が面白いほど熱くなる。顔を塞ぐ手からもそれに勝る熱が伝わる
なんだか面白くなってきたテルスは、顔を覆う手をそっとはずすと────────ラテュロスは目元に少し涙を浮かべ、頬を真っ赤に染めている
その姿に自分でやっときながら何か熱いものを覚え、そのまま雰囲気に任せ顔を近付けていく。そして鼻先と鼻先がつくほどになったとき
「───────────ドォォォォ!!」
思い出したかのようにラテュロスは叫びだし、その身に宿る技能を惜しげもなく使い、テルスを投げ飛ばした
叫び声をあげながら3メートルほど吹っ飛び、受け身を取り損ね呻き声をあげると
「バカかテメェ!? 私の・・・・・・私の初めてをこう易々と渡すか!! 覚悟しろぉ、死ぬ気で働かせるからぁぁぁ!!」
去り際に、変態サメや発情サメと罵りながら、ラテュロスは矢のように走り去っていた
それを見送ったテルスは、体に残る痛みをこらえながら、青々とした芝生に身を任せる
視界いっぱいに澄んだ青空を取り込むと、だんだんと熱に浮かされ、靄にかかったような思考が晴れて、先程の自分の行動を客観的に捉えられるようになる
今更ながらないわーと思うが。あの行動のおかげでついて行かせてもらうことになったので後悔はない
それにしても─────────────
「姉御、かわいすぎだろ・・・・・・・」
僅かに紅潮した頬、目元の涙。この後の姉御のご機嫌取りや特訓は大変そうだが
「・・・・・・・・・頑張ろ」
簡潔に、それでも深い思いをこめて、テルスはゆっくりと立ち上がり、ラテュロスを追った
一、二話ほど視点を移します。修行期間はどこかで触れるつもりです
次回もお願いします




