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「仕方がないね」と彼女は四度言った

作者: 仁

「仕方がないね」と彼女は言った。僕が彼女の事を好きだと言ったからだ。僕は彼女が別の誰かを好きなのをよく知っていて、そう伝えた。幼い頃から気の弱い僕をよく守ってくれた優しい彼女は、本当は別に有った筈の自分の願望に蓋をして、僕の願望を優先した。何故なら、他者を慮る力が強かったからだ。自分が好きな相手が自分を好いてくれたらどんなに素晴らしいだろう、という考えを発展させ、誰かの好きだと気持ちが報われたらどんなに素晴らしいだろう、と考える事が出来る人だったからだ。だから彼女は、もしかしたら誰の願望も叶えられずに終わるかも知れない危うい世界より、他人の優しさに漬け込んでぶら下がる卑怯な僕一人だけでも報われる世界の方を選んだ。「仕方がないね」とはそういう意味なのだろうと、僕は後になってから気付いた。


「仕方がないね」と彼女は再び言った。僕達には子供が出来なかったから。もしかしたら彼女の身体は、奥底の方では僕を拒んでいるのかも知れない。卑しい心の僕にはそういう考えが次々浮かんできてならない。彼女の卵細胞は、もしかしたら彼女が好きだった別の人の方を待っていたんじゃないか?そんな半分逆恨みがましい事が、エゴに従って生きてきた後悔と共に頭に付き纏う。僕はその苦悩を得て初めて、「もしも」という事を真剣に考えた。もしも彼女が彼女の願望を優先していたら、もう少し当たり前の幸せを掴めていたんじゃないか?


「仕方がないね」と彼女は三度目に言った。彼女は進行の早い子宮がんに冒されていて、苦しみを緩和する程度の医療しか施しようがないらしい。生き死にがどうにもならないのは、仕方がないね。それはそうなのだけど、君が早死にするのはあまりに理不尽が過ぎるのじゃないか?僕が先に死んで、そして君はまた誰か別の伴侶でも見付けて、もう一度生きる。それくらいは、ずっと自分以外に優しかった君の生き方に対する、運命というものの当たり前の報いじゃないのか?彼女を前にしては言葉にならないから、僕は神様にだけ、そう詰め寄った。


「仕方がないね」と彼女は最期に言った。皮肉な事に、僕は僕自身を、僕の好きな人より優先し続けて、そして僕だけが生き残る。それでたまらず、今まで感じてきた彼女への済まなさを涙とともに残らずぶちまけてしまった。僕は初めから最後まで、同じ我が儘を通してしまった。…そう、話し終えると、彼女はまるで、生まれなかった子供の頭を撫でる代わりみたいに、僕にそう言ったのだった。あなたは本当に仕方のない人ね。そう、彼女は言い残して、自分の本当の心を自分自身の奥底に大切に閉まったまま、旅立って行った。


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