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2話

馬車というものはこんなにも揺れて、乗り心地の悪いものなのか。

大きく揺れる度に体が小さく浮き椅子に叩きつけられる。


「痛い…」


「荷馬車に比べれば幾分もマシですが、どんなに良い作りの馬車でも長時間乗ると変わりませんね」


王都まで危険な山や海を迂回して安全な陸路を何日もかけて進む。


「馭者の話ではそろそろ宿に着く時間です。ほら、外の風景も木だけではなく民家がチラホラと見えてきましたよ」


「そう」


その言葉を聞いてモルは安堵のため息をつくと、外の様子を見る前にいそいそとゴーグルを身につける。


「…それ、王都でも着けるつもりですか。ベールとかもっと気品のあるものに出来ないのですか」


「ベールなんてひらひらしていて無防備よ。いつ誰が私のフレームアイを見るか分からないんだから」


『フレームアイ』


モルの瞳は常人のものとは少し違う。

アイスブルーの瞳の内を縁取るように白いレースの様な模様の虹彩を持つ。


その珍しさは色や柄を問わず例を見ない物であり、裏オークションでは悪趣味なコレクターが高値をつけるとかつけないだとか。


貴族と言えど辺境の地の田舎娘だ。

本当に悪趣味なコレクターとやらに目をつけられれば、モルは簡単にそのコレクションとやらになるだろう。


だがモルの問題はフレームアイだけではない。


モルは『魔法』が使えない。この世界では大抵のものが大なり小なり魔法というものが使える。

それはモルの両親のように汚れた水を澄んだ水に精製したり水の魔法、踏まれて固くなった土を柔らかくしたりする土の魔法、それ以外にも世の中にはたくさんの魔法がある。

平民でも魔法を扱える者は珍しくない程に、魔法は生活の中に存在している。


だが、モルには魔法の代わりにある強い力があった。

正確には魔力を帯びた身体の一部。

それはモルの場合瞳だった。


『魅了の瞳』


モルの瞳を目にした者は一時的にモルに最大の好意を抱く。


これはとても厄介なもので、モルが生まれたばかりの頃、産婆から庭師、子供までもモルの瞳に魅了された者がモルを取り合ったと言う。

モルは私の子だ、いや、妻にしよう。

同性でも年の差があっても関係ない、モルを私の妻にしよう。


それはそれはとてつもない修羅場だったのだとモルの両親は笑っていた。


モルの幼少期は閉鎖的な物だった。他人と顔を合わせれば魅了が発動して周りに迷惑をかけないよう一日中書庫に閉じこもっていた。

本を読むのは嫌いではなかった。

北の地に居ては知りえない知識がそこにはあった。モルは知らないことを知るのが好きだった。


モルは自身の民の生業である「農業」とは何かという事にも興味が湧いた。

これだけは身近にあるものだったから、深夜になるとこっそり屋敷を抜け出して直に植物に触れた。

柔らかな葉、しなりのある茎。

植物はどれだけ見つめても、モルに狂ったりしない。むしろ見ていないと虫に食われたり、病気になったりとこちらが気をつけてやらねばいけない事ばかりの繊細な生命だ。


人との関わりを絶ち、誰とも婚姻をせず植物を愛でる一生も良いじゃないかとモルは思っていた。

表に出ずとも出来ることはある、朝から晩まで農業に精を出している農民たちの識字率は低い。

収支計算を出来るものも少ない。

そう言った物をモルが管理していけばいいのだ。

こうしてモルは農業に一生を捧げる事を心に決めていた。


しかし、ある日王都から一人の男がやってきた。


濡鴉色の長く黒い髪、少し黄味のかかった肌。

キレ長く細い目に細い銀の縁の眼鏡。

異国の人間だということは見てわかった。


「お初にお目にかかります、私の名はリリリ・リーと申します」


リリリ・リーと言えばモルでも知っている王宮の文官だ。その高い手腕から、若くして次期宰相候補とか言う記事を読んだことがある。

そんな男が辺境の地に現れた。


リーはタッセルの出した来客用のカップに一口をつけると口を開く。


「モル嬢に縁談の話があるのです。これこの上ない好条件ですよ」


「私の様な遠方の子爵の…農家の娘になぜそんなお話が来るのでしょうか。それに私は見ての通り羞明の為このゴーグルが無ければ生活もままなりません」


羞明(しゅうめい)通常の人間が眩しいと感じない光量ににも眩しいと感じる状態。


「その話嘘ですよね。貴方は羞明では無い。その眼鏡は王都で作られた特注品だと聞いています。ただの色つき眼鏡なら特注する必要は無いでしょう」


「子爵と言えど貴族、娘の身につけるものにこだわってはいけませんか」


「いえ、そんなことはありません。素敵な親御さんですね」


表向きの理由としてモルは『羞明』だと言う事にしているが、その実はそうでは無い。

一つは価値のつけられない珍しい瞳を隠す為、そしてもう一つは「魅了」を防ぐ為。

モルの魅了についていくつか実験を行って分かったことがある。

例えば瞳の見える比率、何も通さずに魅了を発動する場合を最大だとすると、色つき眼鏡をかけた場合はその威力が数段落ちる。そして完全に光のない闇の中では無力にまでなる。


「モル嬢、私にその瞳を見せて頂けませんか」


「こんな日の高い時間にゴーグルを外すなんて出来ませんわ」


「ははは、頑なですね。では言い方を変えましょう、【魅了】を見せて頂けませんか」


まぁ、文官様がこんな土地に来る理由などそれしかないだろう。


「モル嬢は権威にご興味などございませんか」


「農家の娘が権威など微塵もありませんわ」


「トラクイン…」


リーが小さく呟くように吐いた言葉にモルはぴくりと耳を動かす。


「おやおやおや、本当にモル嬢は農業がお好きなのですね?トラクイン、これは大陸を渡った先で造られた最新の魔法農具なのですがお値段が少々、いやかなり張るものですから…領民の殆どが農民のホトリと言えど手が出ませんよね?」


『トラクイン』


胸がときめく言葉だ。

その実態は魔法農業器具。馬車のように人が乗って操縦し、土を耕し、水やりから刈り取りまで行う。トラクインそのものはとても高価だが、燃料は魔力を込められた魔石と言われるものでこれは魔力を保持する人間であれば簡単に充電ができる。しかも、魔力量はそこまでかからないと言う。魔力を持たないものも持つものに充電してもらえば使うことが出来る。

農業は重労働だ。

ホトリの領民達は年々減り更に高齢化が進んでいる。

改善のためにモルも何度も帳簿表と睨み合いながら導入の検討をしたが残念ながら未だ叶っていない。


「トラクインだけではありません、農業は重労働です、モル嬢がこの縁談に応じれば、高貴な貴方の故郷として若い騎士たちをホトリに派遣し農業に従事にさせることも可能です」


なんて魅力的なんだ、自分の身さえ差し出せばホトリが繁栄するのだ。


一人で帳簿を睨むよりも何倍も素敵な話だ。

興味が湧いた、そそられる。


「そろそろ、教えて頂けるかしら。私の結婚相手とやらを」


リーはにっこりと笑う。


「我が国王陛下アドルフォ・フォングリオ様でございます」


「アドルフォ…フォングリオ?!」

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