表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

選択

作者: 東雲 蒼

選択


少年は退屈な日常に飽き飽きしていた。

毎日が同じことの繰り返し、物を運ぶベルトコンベアのような無機質な日々に、そしてそれを打開できるほどの能力がない自分自身に少年はほとほと愛想を尽かしていた。

そんなある日、少年はいつものように自室のベッドで眠りについていたら、おかしな夢を見た。

まるで画用紙のように辺り全てが真っ白な世界に少年はポツンと立っていた。

何故かそこが夢の中であるということがはっきりとわかった少年は、世界を抜け出す出口を探すために歩き始めた。

そして五十歩ほど歩いた頃、少年の背後から少年を呼ぶ声がした。この世界に存在する自分以外の何者かによる呼びかけに驚いた少年は素早く振り向いた。

するとそこには、仙人と呼ぶにはあまりにも惨めな外見をしている老人が立っていた。

どう話しかけたら良いか、少年が言葉を必死に探していると、老人の方からおもむろに話し始めた。

「君は力が欲しいかね。」

何を言っているんだ。と思った少年は、嘲笑の笑みを浮かべた。

「何を言っているんですか。」

老人は空間に広がる白い床から、引き摺り出すように木製の杖を取り出し、少年の方へと向けた。

「誤魔化さなくても良い。君は力が欲しいと常日頃から思っていることはわかっている。

力を授けよう。」

少年の返事を聞かずに老人は奇妙な呪文を唱え始めた。

「ちょっと、何やってるんですか。」

老人はまるで修行僧のように一心不乱で呪文を唱え続け、全て言い終えると、少年の目を見つめた。

「力は授けた。どう活かすかは君次第だ。」

老人が笑みを浮かべたと同時に夢は覚め、少年の意識は現実世界へと引き戻された。

目覚まし時計のアラームがけたたましく鳴り響いている。枕元に置いてある携帯電話で、時刻を確認すると、午前7時30分であった。

学校が始まる時刻が午前8時丁度。

少年の家から学校までの距離が比較的長いということもあって、その起床時刻は少年を非常に急がせた。

少年は朝食の冷めたトーストを強引に口に放り込み、乱雑に歯を磨き、着替えた制服のズボンにベルトを通すことを忘れたまま、家を出た。

ゴール直前に差しかかった短距離走者の如く、少年は懸命に走る。

その甲斐あってか、校門に到着したのは7時55分、間一髪始業前に学校に入ることができた。

後は、階段を登って教室に入るだけだ。

少年は安堵した。少しスピードを落とし、ジョギング程度の速さで今いる一階から、属している教室がある三階へと向かう。

二階への階段を登り切った時に、携帯電話で確認した時刻は7時57分、よし。間に合うぞ。

少年はジョギングのスピードを緩めずにもう一つの階段を登った。

しかし、登り切る直前、右足に激痛が走る。

少年は足首を捻った。おそらく捻挫である。

そうして走ることはおろか、歩くことすら困難になってしまった少年は必死に階段を登り切り、もはや直近に迫った教室への距離を測る。

およそ15メートル。現在の時刻は7時59分、

どう抗っても間に合わない。

「もうダメか。」

少年が諦めのため息を吐いた時、瞬く間に少年を囲む周りの風景が白く光りだした。

「なんだこれは。」

目の前の現実を受け止めきれず、ただただ呆然と光り続けている床や壁に目を向けていると、

いつのまにか少年は、先程足を捻った階段に立っていた。

「なんだ。どういうことなんだ。」

咄嗟に携帯電話で時刻を確認すると、7時58分になっていた。

よくわからないが、巻き戻っている。その事実を半信半疑ながらも理解した少年は、足を捻らないように気をつけて階段を上がり、廊下を小走りで進んで、教室のドアを開けた。

辺りを見回すと、ほとんどの生徒が教室に到着しているが、担任の教師はまだ付いていない。

少年は無事、始業時刻までに教室に入ることができた。

安堵の心地が胸一杯に染み渡ったと共に、どうも先程の出来事が少年をどこか不安な気持ちにさせた。

三時間目の歴史の授業、少年は昨晩深夜までゲームに熱中していたことが祟ったのか、居眠りをしていた。

しばらくは何もなかったのだが、とうとう居眠りしている姿を担当している教師に見つかり、

少年は当てられてしまった。

居眠りから目覚めたばかりの少年は、当然何も答えることが出来ず、教師に大目玉を食らった。

その時、少年は心のどこかで、さっきみたいに時間が戻ればいいな。と考えてしまった。

すると、先ほどと同じように周りの景色が光り始め、少年が居眠りしている最中にまで時が戻った。

少年は教師に当てられることを恐れて跳ね起きた。

その後、以前のように教師が少年を当てることはなかった。

放課後、少年は陸上部に所属しているので、

ユニフォームに着替え、グラウンドにいた。

力が本物であるか否かを完全な形で確かめたかった少年は、部内にいる友人を数人誘い、

グラウンドに作られたトラックに5人ほど並んで、位置に着いた。走る前の姿勢を整え、静かに合図係の声を待つ。

少年は短距離走の選手で、100メートル走だけなら部内で二番目の実力を誇っていた。

しかし、一番目の者との間には決定的な差があり、少年はその者に一度も勝てたことはない。

だが今回、もしもこの能力が本物であるならば、僅かに勝てる可能性があるかも知れない。

そんな一縷の望みにかけて、少年は100メートル走の競走を自ら提案した。

合図係の声が響き、皆が一斉に走り出した。

少年はスタートダッシュに成功し、30メートル付近時点でトップの位置についた。

しかし、徐々に同じ位置に並ばれ、ゴールした時には結局、因縁の友人には追い抜かれ、いつものように二番目にゴールした。

走り切った後、少年は息を切らしながら、時間が巻き戻ることを心の中で望んだ。

すると時が戻り、少年はまたスタート地点で姿勢を整えていた。

二度目の合図が鳴り響く。今度はスタートダッシュに失敗し、開始早々最下位の位置になってしまった。

少年は再び巻き戻しを願い、スタート位置にて合図を待つ。

少年は一連の行為を狂ったように繰り返した。

自分がトップでゴールする時が来るまで。

およそ200回ほど、時を巻き戻した頃だろうか。

ついにその時はやってきた。因縁がある友人はスタートと同時に転倒し、最下位となり、少年はスタートダッシュに成功したまま、その勢いで走りきり一着でゴールした。

少年は実力で彼に勝った訳ではないが、それでも初めての勝利だったため、心の中で大きくガッツポーズをした。

力が本物であることを確信した少年は、その後

さまざまな場面で力を利用した。

転んで怪我をした時はもちろんのこと、自分が失言をして場を凍らせてしまった時や、家を出てすぐに忘れ物に気付いてしまった時などによく使った。

力を駆使していくうちに、少年は時間を巻き戻すことができるのは1分が限界ということに気づいた。

テスト中に一度だけ、1日前に戻れ!と願った時にきっちり1分前に巻き戻されたことからそのことを理解した。

無敵だと思っていた能力に、若干不自由な制約があることに気づいたが、それでもなお少年は日常生活の中で、頻繁に能力を利用した。

が、しかし与えられた能力がやはり不自由なものであると悟り、いつしか少年は能力を使うことをやめた。

1分間時間を巻き戻せたとしても、凡人の自分に出来ることなんてたかがしれている。

能力を使い続けたことで思い知らされた現実を前に、少年は卑屈にならざるを得なかった。

能力を使わなくなってから半年が過ぎ、少年に恋人ができた。同じクラスの、華奢で笑顔が可愛らしいショートカットの少女だった。

席替えで隣の席になり、話している内に親しくなり、少年の方から告白した。

恋人になってから、今日で1ヶ月目を迎えたため、二人は学校終わりに隣町までデートをしに出かけていた。

電車に数分揺られ、隣町の駅に着いた後は、駅構内のスターバックスに入り、頼んだおそろいのフラペチーノを飲みながら、今日学校であった出来事などを明るく談笑した。

少年にとって、そんな何気ない会話をしている時間がとても幸福なものであった。

二人は、フラペチーノを30分ほどかけてゆっくりと飲み終えた後、店を出て、駅から15分ほど歩いたところにあるカラオケスタジオに向けて歩き出した。

雑談をしながら歩き続けること10分、目標地点であるカラオケスタジオまで目と鼻の先まで来ていた。

後は、今赤信号で止まっている横断歩道を渡るだけである。

信号のランプが点滅し、青に変わった。

少年は恋人をエスコートするかの如く、少女の二歩先を歩いていた。

華奢で歩幅が小さいため、思いの外距離の差が生まれ、少年は少女を待つために横断歩道の真ん中で足を止めた。

後ろを振り向くと、少女が自分に追いつくため

早足でこちらへと向かってきていた。

が、その途中で少女の足がもつれ、横断歩道の上で転んだ。

足を擦りむいたのか、若干辛そうな表情を浮かべている少女が心配になった少年は、彼女の元へと足を一歩踏み出した。

その瞬間、左方向から猛スピードでこちらに向かってくる一台の乗用車が見えた。

その乗用車には、信号に合わせて停止する気配など微塵もなかった。

そして、案の定乗用車は横断歩道の近くに差し迫ってる段階でもスピードを緩めることはなく、こちらへどんどん近づいてきた。

「危ない!」少年がその言葉を口にする前に、

最悪な結末は訪れた。

横断歩道で転んだ少女が立ち上がった瞬間、

猛スピードの乗用車に突っ込まれ、一瞬にして少女は右に50メートルほど吹っ飛ばされた。

ゴツン。アスファルトに人間の頭蓋骨がぶつかった鈍い音が響いた。

少年が自体を理解したのは、それから数秒が経った後だった。

少年は鬼気迫る表情を浮かべながら、すぐに吹き飛ばされた少女の元へ駆け寄った。

幸い吹き飛ばされた場所で、もう一度車に轢かれてしまうというようなことはなく、容易に近づくことができた。

少女の状態を見た少年は絶句した。なぜなら、少女の頭は割れ、中から確実に命に関わる量の血液が溢れ出ていたからだ。

そして、少女の綺麗な瞳は白眼を向いていた。

おそらく頭をアスファルトに強く打ったショックのせいだろう。

「うわぁ!」

少年は人間が瀕死になっている状態を初めて目の当たりにし、恐怖した。

徐々に二人の周りに人だかりができていた。

その中には、二人の様子をカメラで撮影する連中もいた。まるで見せ物のように。

少年は携帯電話に内蔵されたカメラで、撮影されることに怒りを覚えつつも、頭の中では少女を救う方法を必死に探していた。

そして、しばらく忘れていた自分の能力のことを思い出した。

咄嗟に携帯電話で時刻を確認する。

事故発生からすでに2分が経過していた。

時間を巻き戻すことができるのは1分間が限界だということも思い出し、少年は絶望した。

それでも、なんとか事故が起こる前まで時を戻すことができるように必死で願い続けた。

野次馬の声が五月蝿い。祈りに集中させてくれ。心の中でそう唱えながら目を瞑って必死に願った。願い続けて何分くらい経っただろうか。いつしか、うるさかった野次馬の声は止んでいた。

驚いて目を開けると、さっきまでの視界となんら変わらない景色が広がっていた。

しかし、どこかおかしい。やがて少年は違和感に気づいた。この場に流れているはずの時間が止まっているのだ。野次馬の中の一人が、何か言いたそうに大口を開けたままその場に停止している。

「何が起きてるんだ。」

少年が小さな声で呟いたと同時に、野次馬をかき分け、一人の人物が姿を現した。

「知りたいかね。」

少年の夢に出てきたいつかの老人だった。

「恋人が事故に遭う前まで、時間を戻したいかね。」

老人は少年を哀れそうな目で見つめている。

「戻したいです!どんな代償を払おうとも。」

少年は老人の目を見て、キッパリと言った。

「よかろう。だが、もしかするとこれが最後の機会になるかもしれんぞ。それでもいいのか。」

老人の訝しげな問いに、少年は覚悟を決めたように小さく笑った。

「構いません。」

老人も小さく笑い、以前のように地面から木製の杖を取り出し、少年に向けて呪文を唱え始めた。

唱え終わると、老人は「フゥ」と小さくため息をこぼした。

「これで君は1分以上時を戻すことができるようになった。」

老人はそう言って笑った。

「ありがとうございます。」

少年が礼を言うと、老人は静かに背を向けた。

「救ってみせろ。」

背中越しに放たれた老人のエールを、少年は受け取り、胸の奥に刻んだ。

老人の姿が見えなくなると、時は再び動き出した。周囲は相変わらず野次馬の声で煩く、少年の目の前には血塗れの恋人が横たわっている。

まさに地獄のような光景が広がる中で、少年は静かに祈った。

「事故が起こる直前に戻れ。」

すると周りの景色が光りだし、世界が次々に作り替えられていく。

気づくと、少年は事故が起こる直前の横断歩道に立っていた。

左方向から忌まわしいエンジン音が迫ってくる。少女を轢いた乗用車は、すでに少女との距離僅か30メートルほどのところまで迫ってきていた。

立ち上がろうとしている少女に、少年は声をかけてその場を離れてもらおうとも考えたが、どうしても時間が足りないことに気付いた。

たった一度きりのチャンス。二人は助からないかも知れない。心の中で葛藤と恐怖が渦巻いた。時間にして1秒もない刹那。

そして唇を強く噛んで、覚悟を決めた少年は、立ち上がる直前の少女に向けて走り出し、思い切り体当たりをした。

「きゃっ」という声と共に、少女は数メートル弾き飛ばされ、暴走車の射程から外れた。

そのことを確認した少年は、安堵の笑みを浮かべ、その直後に襲った重い衝撃によって、虚空へと弾き飛ばされた。

激痛と共に宙を舞う少年は、目に見える景色が不思議なほどスローモーションになっていることに気づいた。ゆっくりと、だが確実に流れている時の中で少年は、今まで生きてきた自分の人生を頭の中で一つ一つ思い浮かべていた。

仲が良いとは言えないが、決して仲が悪くない家族のこと、あまり強くはないが良い友人に恵まれた陸上部のこと、そして最後に力を与えてくれた名も知らぬ老人のこと。

無意味な能力だと思っていたが、今思えば、

この時のために、俺は能力を授かったのかも知れない。と少年は思った。

「ありがとう」

心の中で小さく唱えた後、少年は満足気に笑みを浮かべ、目を瞑った。

数秒後、少年の頭はアスファルトに強く打ち付けられた。

割れた頭から血を流し続ける少年の表情は、まるで老衰を迎えた老婆のように穏やかなものだった。

「次のニュースです。今日午後16時10分ごろ、横断歩道で女性を庇った峰光太郎君16歳が暴走した乗用車に撥ねられる事故がありました。警察が駆けつけたところ、峰くんは乗用車の衝突によって50メートルほど吹き飛ばされたのち、アスファルトに頭を強く打ちつけられていました。A市内の病院に搬送されましたが、まもなく死亡が確認されました。

乗用車を運転していた46歳無職の薬師寺隆太容疑者を過失運転致傷及び酒酔い運転の現行犯で逮捕しました。薬師寺容疑者は、警察の調べに対し、何もかもが嫌になった。誰でもいいから轢き殺したかったなどと述べており、意図的な犯行によるものと見て捜査を進めています。」

一見無意味に思えるようなものでも、ここぞという使い時は必ずある。諦めずに探し続けてみよう。この少年のように。

やはり、この世界にあるすべての事物には必ず意味があり、それぞれ皆使いどきというのがあるのだと思います。その使いどきを知るためには、やはり行動することが一番。これを読んだ方は是非なんでもいいので行動してみましょう。

と、アルバイトに囚われしフリーター作家が一丁前に申しております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] これは、とても面白かったです、オー!イエーイ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ