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18.さよなら

「何処まで行っていたの?」


 耳障りな甲高い声に、ウェスは思わず顔を顰める。露骨過ぎただろうか、ベスは傷ついたような表情を浮かべている。だが、彼女を慰めるような言葉も咄嗟に出ては来なかった。


「……さみしかったのよ」


 ベスはそう言って口を尖らせた。ハッと我に返る、それもそうか、見慣れない地でひとり残されたら心細いに決まっている。


 さっきのクロエも、同じように不安そうに視線を彷徨わせていた。


 今まで、何度そんな表情をさせただろう。ベスは思ったことを何でも口に出すが、クロエは今まで何も言わなかった。


 ーー何も。


 言ってくれたら、良かったのに。慣れない土地で暮らすのは大変だろう、いくら祖母の家とはいえハイガーデンの冬は厳しい。何か、一言でも……。


 冷えた彼女の細い腕が絡み付く。


「ねぇ、伯爵とは会えた? 私も一目見たいのよ」


 また甘ったるいバニラの香りがする。ねっとりと絡み付くような、逃れられない香り。


「会ったよ、クロエ……いや、俺の元婚約者と一緒だった」


 そう言うと、ベスの顔色がさっと変わった。ウェスだって認めたくなかった。あの雰囲気、二人は恐らく恋人同士だろう。キングズリー伯爵に心を奪われたくなくて夜会にも連れて来なかったのに、いつの間にか知らない所で掻っ攫われていたとは。


「元婚約者って、あの長く一緒にいたっていう……?」


 ベスは敏感に反応した。母や領民たちから嫌と言うほど聞いているのだ、前の恋人は良かった、と。


「ああ、そうだよ。今も綺麗だった」


 投げやりに、突き放すように言うと、ベスの瞳にみるみると涙が溜まっていくのが見えた。こぼれ落ちないように、目を真っ赤にして顔を上げるのが意地らしい。


「それなら……彼女に私を紹介して」


「……」


「早く紹介して、私が今の婚約者だって」


 無茶苦茶なことを言っていると、彼女も理解しているのだろう。細い肩が震えている。そもそも、この夜会に参加するときだって揉めたのだ。ひとりで参加したいウェスと、早く恋人として認めてほしいベス。


「……出来ないよ」


「それなら、もう終わりね」


 さよなら、と告げた声は涙で濡れていた。ベスはくるりと背を向けると、器用に人集りを抜けていく。一度も振り向くこともなく、彼女は去っていた。


 泣いている彼女に、ウェスはまた一言も声を掛けることが出来なかった。


 ーーこの夜を、いつかきっと後悔する。


 どうか、今夜は雪が降らないように。彼女の細い肩を、しなやかな腕を冷やさないように。


 大きな窓の向こうの曇り空を見上げて、ウェスはゆっくりと目を閉じた。

 

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