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14.仕立て

「お好きな色はございますか?」


 ゾーイは人懐っこい笑顔でふんわりと訊ねた。


「好きな色……」


 クロエは困ったように首を傾げた。ドレスを新しく仕立てるのなんて何年振りだろう。招かれるパーティーといえばジェームズ家主催のもので、大体ドレスの色は指定されていたし、どこかで開かれる晩餐会や舞踏会といっても、それほど気合を入れる必要性を感じられなかったのだ。


「ごめんなさい、すぐに思い浮かばなくて」


 なんとなく惨めでさみしい気持ちなり、クロエは頬がカッと熱くなった。だが、その後のゾーイの優しい言葉に救われた。


「いいのよ、じゃあ私に任せて。似合う色で作るわ」


 腕が鳴るわねぇ、と頼もしく笑った。


「とりあえず、うちのとっておきの新作のドレスを何着かと、生地の見本を持ってきたから、これでイメージを纏めましょう」


 ゾーイがまず取り出したのは、大きく胸元の開いた黒色のドレスだった。妖艶な女性に似合いそうなデザインに、クロエは少し物怖じした。


「黒はいいわよ、肌がとーっても明るく見える」


 ゾーイはそんなクロエの様子に気付かぬまま、当てて見せる。


「それ黒っていうかしら? 肌色でしょう」


 エイダはスリットの入った裾を摘むと顔を顰めた。まるでネグリジェです、と呆れている。


「こういうのが今の流行なのよ、すらっと見えるのだから」


「私は同じ黒でも、露出を控えたものの方がお好みだと思いますが」


 二人の間に見えない火花が散っているようだった。クロエもどちらかといえばエイダと同意見であった。ゾーイはさすが名の知れた仕立て屋だというだけあって攻めたデザインを好む。


「でもそれ、流行りすぎてみんな着てくると思うの」


 ジュリアはばっさりと斬り捨てた。突然の厳しい意見に目を丸くするゾーイに、赤い舌をペロリと出した。


「えぇ……ここは古き良き愛らしいピンクにしてみては?」


 味方を得たとばかりに、エイダの勢いは増した。


「少し幼くなってしまうわ。でも、ピンク系統はいいかもしれない」


 ゾーイはそう言うと、今度はラベンダー色のドレスを取り出した。


「これもとっておきの生地で出来てるの。まだ誰にも作っていない、一点ものになるわ」


 大きな鏡の前で、さっとクロエに当てて見せる。クロエの白い肌が一層に引き立つ。


「よくお似合いだわ」


 ゾーイはうっとりと、鏡の中のクロエを眺めた。


「サイズ直しは必要ないわね」


「ただ胸元のリボンをやめて、ウェストに持っていきましょう」


「肩口がもう少し膨らんでいてもいいわ」


「スカートの後ろ、もう少しボリュームを抑えた方がいいかも」


 三人は思い思いの意見を口々に出す。ああでもない、こうでもないと言いながら、くるくるとクロエを動かす。


「男性の意見を聞きましょう」


 その台詞に思わずドキッとしたクロエだったが、ジュリアが部屋の外から連れてきた男性とはマークのことだった。


「ああ、なんて美しい……」


 マークはクロエの周りをゆっくり一周回ると、満足そうに頷いた。


「そうでしょう。これはもうクロエ様のものね、きっとノーラン様もそれを望んでるもの」


「そんなことは……」


 ただほんの少し、華やかな場所に出て行けるようなドレスを厚意で用意してもらうだけで、特別な意味などない。もちろん、特別な意味があったら嬉しいけれど。


「あら、私たちはクロエ様に"特別なドレスを"って仰せ付かっているのよ」


 ゾーイが得意げに言った。


「髪飾りは是非、パールにしてみてはいかがでしょう? 首飾りと合わせたらばっちりでございましょう」


 マークは大きな皮の鞄からパールで作られた花の髪飾りを差し出した。恭しくクロエの前で一礼すると、さっと彼女の髪に着けた。


「こちらは私の方からのサービスでございます。素敵な夜に、どうか花を添えて下さいませ」


 そう言ってにっこりと笑った。


「ありがとう、マーク。素敵だわ……嬉しい」


「また、どうかご贔屓に」


 結婚式の際にね、と小さく囁いた。細やかなところで営業を忘れないのはさすが、としか言いようがない。


 マークは自身の両手を揉みながら、持ってきた鞄を広げ始めた。よくこんなに入っていたな、と言うほどの小物が並べられている。


 ゾーイとエイダの食いつきは早かった。目を皿のようにしてクロエの為にとっておきの靴を探しているようだった。


 ジュリアはその間にゾーイの広げたドレスや生地を丁寧に片付けていた。慣れているようで手際もいい。


 クロエは変わるがわるに試着をした。何十足と試しただろう。不思議と疲れは感じなかった。


 全てのコーディネイトが揃ったのは日も暮れ始めた頃だった。


 下に降りていくと、薄灯の下で何やら机に向かっているノーランの姿があった。大きな銀縁の眼鏡を掛けて、前髪を無造作に上げている。何やら真剣な眼差しで書類を見つめる見慣れない姿に、思わずドキッとしてしまう。


「ノーラン」


 クロエがおずおずと声を掛けると、ノーランはふと表情を緩めながら顔を上げた。一度持ち上げかけた眼鏡を再び掛け直す。その目は大きく見開かれていた。


「綺麗でしょう?」


 ゾーイが得意げに言った。


「あれは驚きのあまり声が出ないってやつですな」


 マークは楽しそうに笑っている。


ノーランは勢いよく立ち上がり、クロエの周りをゆっくりと歩きながら熱っぽく見つめた。


「……美しい」


「ノーラン、ありがとう。こんな素敵なドレス……みなさんも本当にありがとう」


 クロエはすっかり恐縮していた。まだ胸がドキドキしている。


「いいんですよ、クロエ様のおかげでノーラン様が夜会への参加に意欲を持ってくれたのだから」


「こら、エイダ……!」


 ノーランは頬を赤くして抗議すると、誤魔化すように小さく咳払いをした。


「まあ……そういうことだ」


「ノーラン……」


「それじゃあ、私たちはこれで」


 ゾーイはにやにやとしながら、小さく挨拶をした。帰るとなると、みんな風のようにあっという間に出て行ってしまった。


 一気に部屋の中が静かになる。


「私もそろそろ……」


「……ああ、そうだな」


 名残惜しそうに、ノーランの手が伸びた。その手はクロエの手に優しく触れた。


「クロエ、ありがとう」


 お礼を言うのは私の方よ、そう言い掛けたのだが、不意に強く手を引かれ、その言葉は遮られてしまう。唇、のすぐ近くの頬に唇を落とす。


「……おやすみ、クロエ。また明日」




 夢のような一日だった。興奮冷めやらぬまま家に戻ったクロエに、一通の手紙が届いていた。見覚えのある封筒だ。クロエはそっと、それを拾い上げた。


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