表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/20

12.同じ気持ち

「あら、この手紙はノーラン宛ね」


 今朝は気付かず受け取っていたのだが、どうやらいくつかの手紙の中に紛れてしまっていたようだ。

 ペネロペが留守を頼むのも納得だった。毎日何かしらの郵便物が、かなりの量届くのだった。ペネロペの体調を気遣うものや、パーティーなどの招待状、同好会のお誘いなど……。なんと顔の広いことだろうと、クロエはただ驚くばかりだった。


「ちょうど良かったわ。後で届けましょう」


 クロエはいそいそと支度を始めた。ちょうど昨夜レモンの砂糖漬けを作っていたところだから、ノーランにお裾分けが出来る。


 あれから数週間経ち、二人はすっかり親しい間柄になっていた。お互いの過去のことはほとんど知らないが、好きな食べ物や好きなことは一通り知っているつもりだ。笑うタイミングだって同じ、もう何年も前からお互いを知っているような、そんな気持ちになるほど打ち解けていた。


「こんにちは、ノーラン」


 扉を叩くと、彼はいつも嬉しそうに出迎えてくれる。


「やあ、クロエ」


「これ、手紙が混ざってしまったみたいなの」


「ありがとう」


 ノーランはにこやかに手紙を受け取ると、差出人を見て僅かに顔が曇ったように見えた。


「ああ、そうだ。昨夜ね、レモンの砂糖漬けを作ったの。良かったらレモネードにしてみて。とても美味しいはずよ」


「ちょどいい、私もクッキーを焼いてみたんだ。良かったら一緒に食べて行かない?」


「ええ、喜んで……!」




 部屋に入るなり、バターの良い香りがした。なんて幸せな香りだろう、クロエは大きく息を吸い込んだ。


「いい香りね」


「そうだろう」


 小さな薔薇の絵のついたトレイに二人分のホットレモネードとクッキーが乗せられていた。

 

 ノーランは早速レモネードを一口啜ると、パッと目を輝かせた。


「君は本当に天才だな、美味い」


「このクッキーも美味しい、貴方も天才ね」


「上手く出来たから、後で君の所に持っていこうと思っていたんだ」


「うれしいわ」


 クロエはさりげなく部屋の中を見回した。ノーランの家を頻繁に訪れるようになってから気付いたことがある。以前からも思っていたことなのだが、調度品がさりげなく高級品に見えるのだ。


 本人は質素に暮らしているつもりなのだろうが、トレイやカップ一つ取っても品が良い。それに、これは持って生まれたものかもしれないが物腰の柔らかさ。


 ーーやっぱり、どこか裕福な家庭の生まれなのかしら。


 つい気になってしまうのだが、あまり詮索するのはよろしくないことだ。訳ありだと言っていたことも、本当はとても気になっている。だが、友人として話したくなった時まで待つべきだ。

 余計な考えを振り払うように、クロエはレモネードを一口啜る。さっぱりとした苦味で目が覚めるようだった。

 


「……参ったな」


 ふと顔をあげると、先程の手紙を開けてノーランは困ったように溜息を吐いた。


「どうかしたの?」


「ああ、ハイガーデンの屋敷で小さな夜会があるんだが……私も参加しなくてはいけない。これは念押しの手紙さ」


「まあ、素敵じゃない」


「そうだ、クロエ。良かったら一緒に行かないか?」


「え、私が?」


 クロエは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。誤魔化すように慌ててカップをテーブルに戻した。


「ああ、君さえ良ければだが。毎年憂鬱なんだが、クロエとならきっと楽しい」


「もちろん……お誘い頂けて光栄だわ」


 それは本心なのだが、展開の早さについていけないというのも本音だった。


 ーーペネロペおばあさま、こんな素敵な展開があるなんて聞いてないわ。


「良かった………」


 ノーランはほっとしたように笑った。クロエは、あることを思い出してしまった。


「ところで、その夜会っていつかしら?」


「来週末だよ……どうかした?」


 ノーランが心配そうに覗き込んだ。クロエは言うべきか迷ったが、黙っていて余計な心配を掛けてしまうのも申し訳ない。なんでもない風を装って答えた。


「ええ、実はそれなりのドレスを持ってきていないの。大丈夫、取りに行くわ」


「良かったら、ドレスは私に用意させてくれないか?」


「いいのよ、私だってとても楽しみにしていることだから。気にしないで」


「私から誘ったことなんだ、当然だろう」


 ノーランはクロエの膝の上にあった手にそっと触れたかと思うと、優しく握った。

 

「それに……君に贈り物がしたいんだよ」


「私は貴方から十分すぎるほど頂いているわ……」


 最初の夜からずっと、クロエはノーランに対してまともにお礼が出来ていないことを悩んでいた。お礼に訪ねても、逆に美味しいお茶やお菓子でもてなされてしまう。


 二人の視線が重なる。しばらく見つめ合ったまま、沈黙が続いた。それを破ったのはノーランの方だった。


「明日の午後にでも仕立て屋を呼ぼうと思うのだが……君の予定は大丈夫かな?」


「ええ、大丈夫よ……でも、本当にいいの?」


「もちろん。それじゃあ、また明日」


「ええ、また明日」


 はにかむように笑うノーランに、思わずクロエも照れてしまう。

 今までは、お互いに理由があって家を訪れていた。料理を作りすぎてしまったから、郵便が紛れていたから、外で偶然会ったから。約束をしたのは初めてだった。


 ーークロエとなら、きっと楽しい。


 この上なく幸せな言葉に、今にも踊り出してしまいそうだった。ノーランと一緒にいると楽しい、同じ気持ちなのだと考えるだけで、舞い上がってしまう。



 緩みっぱなしの頬を押さえながら、家路につこうとするクロエの足取りはいつになく軽かった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ