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8. 隣町と悪意

馬車が止まり、外へと促される。

眩しいくらいの日差しに目を細めながらも、ゲームと全く同じ景色は一瞬にして心を奪った。

花の町と呼ばれるだけあって色とりどりの花が咲き乱れている。

植物に興味のない私でも思わず綺麗だと声が漏れてしまうほどで、後ろから楽し気に笑う声が聞こえてきた。


「ティアナはここに来るのは初めてだったね。」


「はい!とても綺麗な町とは聞いていましたが、本当ですね。」


「ティアナ様、あちらにあるのがクレープ屋さんですよ!」


アーシャが指し示す先にはキッチンカーを思わせる作りの小さな建物が見え、一際賑わっている。

どこの世界でも若い女性に人気のスイーツなんだと納得しながらずらりと並んだ列の一番最後に収まっていると先ほどの賑わいと違いざわめきが聞こえ始めた。


「…あの方はノア様ではありませんか…?」


「隣りの方はどなたかしら…?」


「もしかして恋人…?」


彼女達の視線の先はノアとアーシャの姿があり、こちらに近付いてきたかと思うとそのまま人の波に攫われ気付けばクレープ屋から離れた位置に移動している。

確かに有名なノアが女性を連れているのだから彼女たちの話題の中心になるのもわかると頷きながら、クレープ屋の列が無くなったことににんまりと笑みを浮かべ注文口へと向かった。


「いらっしゃいませ。」


「苺カスタードクリームを1つ下さい。」


「かしこまりました。すぐに出来ますのでそちらの椅子に掛けてお待ちください。」


店員に言われるがまま椅子に腰かけるとわざわざ出てきてくれたようだ。

褐色の肌に栗毛の髪。

緑色の瞳はとても綺麗で、先ほどは全く気にしていなかったが彼は相当イケメンの部類ではないだろうか。

流石乙女ゲームの世界だ。


「お待たせしました。苺カスタードクリームです。」


「ありがとうございます。」


クレープを受け取り早速食べようと小さく挨拶を済ませてから口を開いたが、隣りから感じる視線が気になって食べづらい。

まだ何か用だろうかと食べるのを辞めると不思議そうにこちらを眺めている。


「あの、何か?」


「あ、すみません!あまりにも綺麗な方だったのでつい見惚れてしまいました…。」


「ふふ、ありがとうございます!直接言ってくださる方は初めてなので少し照れてしまいますね。」


にっこりと笑みを浮かべながら応対すると彼の顔が音を立てて真っ赤に染まっていき俯いてしまった。

ノアと同じくらいの年齢に思えたが、まだまだ初々しい。

つい転生前のアラサーが出てきてしまい、微笑ましく思っているといきなり顔を上げ、真剣な眼差しを向けてくる。


「俺はダニエル・セルヴァンと言います!もし良かったらこの後一緒に…。」


「僕のティアナに何か用かな。」


頭に手を置かれ、視線を上に向けると口元は弧を描いているのに目が笑っていないノアがダニエルと名乗った彼を品定めするように上から下まで視線を動かしていた。

いつの間にこちらに移動してきたのだろうか。

女性に囲まれこちらは見えていないとばかり思っていたのに。

そんな事を思いながら視線をダニエルへと戻すと私と視線を合わすために膝を付いていた彼が立ち上がるとノアよりも背が高く筋肉質な体格なのがよくわかる。


「お出掛けにお誘いしていました。何か問題でも?」


「聞こえなかったのかな。僕のティアナって言っただろう。君が誘って良い相手じゃないよ。」


「そうですか?これでもセルヴァン皇国の第二王子なので身分は相応かと。以前城に伺った時は体調不良でお会いできませんでしたし。」


「セルヴァン皇国の皇子様が何故こちらに…?」


「ここは母上の故郷なんです。たまに遊びに来てはここでお手伝いさせてもらってます。」


にっこりと笑みを浮かべる彼はとても誠実そうな印象を受けるが、ノアには煩わしく映ったらしい。

相手が他国の皇子だと知った上で不遜な態度を取るほど世間知らずではないが、彼と会話をすることを良しと思っていないのは理解できる。


「ティアナ、彼にご挨拶してそろそろ行こうか。アーシャが待っているよ。」


「そうでした!ダニエル様、本日はお友達と一緒にお出掛けしていますので…ごめんなさい。またお誘い下さいね。」


「そうでしたか…。では近日中に参上しますね!」


彼はそう言うといつの間にか迎えに来ていた伴のものと町の奥へと歩いて行った。

社交辞令のつもりで言ったのだが、近日中にというのは本気なのだろうか。

きっと相手も社交辞令で言ったのだと思い込む事にしてノアへと向き直ると、完全に機嫌を損ねてしまっていた。


「…お兄様?」


「はぁ。やっぱり城から出すんじゃなかった…。」


「え?」


「なんでも無いよ。それより、せっかくのクレープがほら。」


すっかり生クリームが溶け始めたクレープに慌てて齧り付くと甘さ控えめの生地とクリームに苺の酸味がとても良く合う。

溶けていても美味しいものは美味しいんだと顔を綻ばせていると彼の顔が近付いてきた。

パクリと口に含み満足そうに笑みを浮かべるノアに一瞬ときめきそうになったが、兄妹で意識するのはおかしいと何事もなかったかのように装う。


「ティアナがあまりにも美味しそうな顔するからついね。」


「美味しかったですか?」


「うん。ティアナのだから余計に美味しかったな。」


「私の?」


「ティアナ様!」


「アーシャさん、ごめんなさい。せっかく一緒にとお約束していましたのに…。」


「ティアナ様が謝られる必要ありませんよ!人の波に攫われていたのが見えましたから…お怪我は?」


「大丈夫です。」


「良かった…。私もクレープ買ってきますね!ノア様は?」


「僕はティアナのを貰うからいいよ。」


「わかりました!」


アーシャがクレープを買いに言っている間、待っていようと視線を広間に向けると二人を囲っていた人の波がざわめきながらこちらに視線を向けているのに気付いた。

ひそひそと聞こえる声はあまり気分の良い内容ではない。


「どうしたの?」


「…いえ、なんでもありません。」


悪役王女に転生したとはいえ、態度を改めてきたつもりだったが、彼女達の目にはノアとアーシャの邪魔をしている存在に見えているようだ。

今回で言えば、私とアーシャ二人でのお出かけ予定にノアが急遽参加したはずなのに理不尽だと小さくため息を溢した。

それにしても意外。

ノアに憧れを持つのならアーシャに対して敵対心を向けるものだとばかり思っていたのだが、何故か妹である私にその矛先が向いている。

煩わしいが、陰口くらいなら触らぬ神に祟りなしだと視線をクレープに向けるとアーシャが戻ってきた。


「お待たせしました!私はバナナチョコクレープにしましたよ!ここの果物は全て美味しいのでオススメです。」


「そうなんですね。苺もとても美味しいので今度はオレンジか桃にします!」


次回を楽しみにしながら食べ勧めているとあっという間に無くなってしまい、ご馳走様でしたと同時に手を合わせる。

少し落ち着いたノアはこちらをずっと眺めているため、少し居心地が悪い。

そんな事を思いながら町中を散歩していると人影がすれ違うのと同時に肩を押される感覚。

病弱な身体のティアナではその場に留まることができず、地面に尻餅をついてしまった。


「ティアナ!大丈夫かい?」


「…。」


「ティアナ?」


「あ、ごめんなさい。吃驚してしまって…。」


「怪我はなさそうだけど、立てる?」


「はい。」


ノアに支えられながら立ち上がってみたが何となく身体に違和感を覚えるが、すぐに治まったそれに気のせいかとドレスに付いた汚れを払う。

同じことが起こらないようにと手を取られ、ノアとアーシャに挟まれるような形で歩き始めた。

彼女はここによく来るようで事細かく説明してくれるため、小説では描かれなかった部分もよく分かる。


「そろそろ帰ろうか。父上が心配する。」


「そうですね。」


「もう少しダメですか?」


「ダメ。」


「ごめんなさい。私もノア様と同意見です。少し顔色が悪くなっていますからお疲れなのでは?」


「そんなことありませんよ!夕方に花流しのお祭りが…。」


「ほら、馬車の迎えが来ている。」


目の前に止められた馬車は来たときと違うように見えるのだが、気の所為だろうか?

そう思っていると御者が扉に手をかける前に開け放たれた。


「ティアナ。おいで。」


「お父様?」


「ほら、ここ。」


手を広げて待っている彼にノアの手を離し駆け寄るように抱き着けばノーティスから満面の笑みが見える。

彼の礼服に顔を埋めながら役得だとニヤニヤしているのだが、誰も気付いていないだろう。

まさか迎えに来てくれるとは思わなかったとぎゅっと手に力を込めると同時に視界が動き、いきなりの浮遊感にお姫様抱っこをされたのだと理解した。


「ティアナは疲れているようだからな。私達は先に帰るよ。ノアはそちらのご令嬢とゆっくり花祭りを楽しむと良い。」


二人を見据えてそう言うと、そのままコーチへと戻っていくのだった。

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