5. お茶会とヒロイン
待ちに待ったお茶会。
白薔薇王子ことノアとヒロインが初めて出会うシーンが見られると意気揚々とソファーに腰掛けながら令嬢が現れるのを心待ちにしていた。
「ティアナ様。皆様揃って到着されたそうですが、ご案内してもよろしいですか?」
「えぇ、お願い。」
その言葉で侍女のニコルが移動するのを見送ってからドレスを整え、どのように出迎えるか思案する。
立っていると恐縮されてしまうというし、だからといってソファーに座ったままというのも相手に悪い気がしていたたまれない。
とはいえ、やはりこのまま座って出迎えるのが良いかと姿勢を正した。
それにしてもいつの間にこんなドレスを仕立てたのだろう。
今日は以前、ノーティスにプレゼントされた黄色のプリンセスドレスを着る予定だった。
それがいつの間にか白を基調とした美しいAラインドレスに変更されており、スカートにはピンク色の薔薇とダイアモンドが惜しげもなくあしらわれている。
一体いくらしたのだろうかと青くなりながらも着ないという選択肢は残されていないようで、結局袖を通してしまった。
そんなことを考えていると漫画でモブとして描かれていた令嬢達が次々と入ってくるのが見える。
きらびやかな見目をした者の多い中、最後に入ってきた少女に目を見開いた。
色素の薄いブラウンの長い髪をハーフアップにしている彼女は、綺麗な水色の瞳を伏せながら少し離れた位置に収まってしまう。
漫画で見た通りだ。
挨拶に来る令嬢達に失礼のない程度に対応しながら彼女に視線を向け続ける。
そろそろかな。
そう思っていると令嬢の一人がヒロインに気付いたようで態とらしくため息をこぼしてから口を開いた。
「アーシャさん。そんなところに居てはティアナ様にご挨拶も出来ないでしょう。」
「ご、ごめんなさい。こういった所は不慣れなので…。」
「男爵令嬢だからといって礼節を軽んじられては困りますわ。」
彼女達のこのやり取りに内心きたきた!と盛り上がりながら視線を動かすと同時に扉が開かれる。
白銀の髪をキラキラと輝かせながら入ってきたノアに先程まで話していた彼女もその美しさで言葉を失ってしまったようだ。
各々反応が違うとはいえ、皆同じように顔を赤らめている。
これこそが作中で何度も描かれていた" 白薔薇王子は見た者全てをその美しさで魅了する "ということか。
納得しながら準備されていたカップとソーサーを手に次の展開を待つ。
ここから周りを見渡したノアは除け者にされていたであろうヒロインであるアーシャに声をかけるのだ。
視線を動かしている彼を見ているとしっかりと目が合ってしまった。
ティアナと目が合うシーンは描かれていなかったが、こういうこともあるかととりあえず笑みを返しておく。
「ティアナ。」
「ぇ?」
「やっと見つけた。僕の可愛いティアナ。そのドレスとても似合っているよ。」
満面の笑みを浮かべたまま歩み寄ってくる彼に何故こっちに来るんだと突っ込みを入れたい衝動を抑えながらいつも通りのティアナを演じるべく口を開いた。
「これはお兄様が?」
「うん。ティアナに似合うように仕立てたんだよ。僕の見立ては完璧だね。」
「流石ノア様ですわ!」
「ええ!ティアナ様にとても良くお似合いです。」
令嬢達の称賛に嬉しそうな表情をしている。
そんな彼に喜んでいる場合じゃないでしょとヒロインを見れば、寂しげに伏せられた瞳。
その姿は社会人一年目だった頃の自分のようで、居ても立っても居られなかった。
「アーシャさんですよね?あちらは話に花が咲いていますから、テラスで一緒にお茶しませんか?」
「わ、私なんかでいいんですか…?」
「なんかじゃありませんよ。アーシャさんだからお誘いしましたから。」
開けられていた窓から外に出れば、銀色のテーブルを挟むように2つのチェアが並んでいる。
いつの間にか現れたニコルによって席へと促され、籠いっぱいに入ったクッキーとフィナンシェに紅茶が準備されていった。
本来ならお皿に盛られた状態で出てくるのだが、気軽なお茶会にしたいという私の要望でこの仕様になったのだ。
「いただきましょうか。」
「あ、はい!」
手前側にあるフィナンシェを手にして口に含めば、ほんのり甘くレモンの酸味が美味しさを倍増させる作りに自然と笑みが溢れる。
やっぱりここのシェフは凄いと食べ進めていると目の前から感じる視線に手を止めた。
交わると同時に俯いてしまった彼女に何かしてしまったかと不安になる。
「どうされました?もしかしてお菓子は苦手ですか…?」
「ち、違います!…ティアナ様に…。」
「私?」
「ティアナ様に見惚れてしまいまして…。」
「わかるよ、僕も見惚れてしまった。同じ意見なんて君とは仲良くなれそうな気がするよ。」
いつの間にか現れたノアは先程まで見向きもしなかったヒロインであるアーシャにそんな言葉を投げかけた。
漫画で見た内容とは違うが、とりあえず初対面はクリア出来たのかと二人を見やると視線はこちらにのみ向けられており、互いに興味がないとでも言うように見える。
いや、それは困るんだけど。
私は邪魔をする存在ではなく見守る存在なんだから、気にせず二人で愛瀬を交わしてよ。
そう思いながらクッキーに手を伸ばすとガタリと机が揺れ、紅茶のカップが傾いた。
ほんの少しだったがこぼれ落ちたようでドレスに赤茶色の染みを作っている。
やってしまったと後悔したがもう遅い。
「ティアナ!火傷してない!?ニコル、すぐに着替えと氷を用意して。」
「隣の部屋にご準備いたしました。」
「ありがとう。僕とティアナは少し席を外すけど、お茶会を楽しんでね。」
ノアに軽々と抱き上げられるまま隣の部屋へと移動させられた。
幸いにも厚みのあるドレスとニコルの配慮で飲みやすい温度の紅茶だったこともあり火傷することはなかったが、ノアの過保護魂に火をつけてしまったようで彼が満足するまで確認され続ける。
「良かった…。火傷してないね。」
「でもドレスが…。」
「ドレスはティアナの身体を守ることができれば問題ないよ。それよりあの一瞬、心臓が止まったかと思った。」
自らを安心させるかのように抱き込まれた。
心配掛けてしまった自覚はあるため、大人しくしているものの主催者がいつまでも不在というわけにもいかないだろう。
そう声を掛けてみると意外にもすんなり離れてくれた。
新しいドレスも白を基調としたものでスカートには黄色の薔薇とダイアモンドが散りばめられている。
先程まで着ていたドレスの色違いというのはすぐに理解できた。
まさか何種類もあったりしないよねと視線を動かしてみるとドレスのかけられたハンガーラックをニコルが運んでおり、そこには青い薔薇や赤い薔薇があしらわれたドレスがいくつも並んでいる。
自分の予想が的中したことにため息をこぼしながらお茶会に戻るべくノアにエスコートされながら歩き出すのだった。