表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/87

昔語り【前編】

全3話。本日中に投稿予定です。

 初めて彼女が僕を見つけた時。


 ――彼女は、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。




 ***



 光り輝く精霊廟の箱庭、ゆったりとした時間が流れていく昼下り。


 頬を上気させた初代さんが、ひょろ長い体をまっすぐに伸ばして熱弁している。


 身振り手振りでまくし立てる彼を、私はひたすら虚ろな瞳で見上げ続けた。だって、眠くて眠くて堪らないのだ。


 いつもならお昼寝まっただ中の時間帯。

 まして立っている初代さんとは違い、私はやわらかな草の上に横座りしている。草花から立ち昇るあえかな香りが心地良いし、箱庭に差し込む光も暖かい。


 包み込まれるような優しい空気に、私は小さく欠伸を噛み殺した。


「……でも。彼女はその時、もちろん獅子のお姿だったんでしょう……? 笑っていたかどうかなんて、わかります?」


 熱のこもらない口調で問いかけると、彼はぴたりと言葉を止めてしまった。しばし黙りこくり、ややあって不快そうに唇をひん曲げる。


「たとえ獅子の姿であろうと、彼女の感情ぐらい手に取るように分かる。彼女を誰より理解しているのは、他でもないこの僕なのだから」


「そ、そうですか……」


 引きつり笑いを返して、私はさり気なく初代さんから距離を取った。じりじりと移動して、傍らの温かな毛並みに身を寄せる。


 彼もすぐさま察してくれたようで、私の肩にたくましい腕を回して引き寄せた。微風におひげをそよがせながら、優しい眼差しを私に向ける。


「眠くなったか、リリアーナ? ならば俺にもたれて目をつぶっているといい。初代殿のお話は俺が伺っておくから」


「嬉しいわ。ガイウス陛下……」


 うっとりと彼を見つめ、お言葉に甘えて額を擦りつけた。太陽の香りがする大好きな毛並みを堪能し、さあいざお昼寝を――……


「寝・る・なっ!!」


 途端に頭上から大喝された。


 いやいや目を開けて、鼻息荒く腕組みする男を恨めしげに睨みつける。


「だって、このお話は代々の王に聞かせているものなんでしょう? 私は王じゃないもの」


「それでも君は王妃だろうっ。『はじまりの精霊』たるこの僕の、貴重な昔語りなのだからありがたく傾聴しろっ」


 ……はいはい。


 仕方なく、ううんと大きく伸びをする。

 きちんと座り直し、真面目くさって彼を見上げた。


「彼女――フィオナ様は、その時はまだ王ではなかったんですよね?」


 はじまりの精霊が、フィオナ女王陛下と出会ったちょうどその頃。


 ランダールという国はまだ存在しておらず、獣人は種族ごとに分かれて暮らしていたという。といっても決して仲が悪いわけではなく、単に住み分けをしていただけらしい。


 さっきまで彼が熱く語っていた内容をすらすらと(そら)んじてみせると、初代さんも即座に機嫌を直してくれた。そっくり返って尊大に頷く。


「その通り。獣人達は皆平和に暮らしていたが……当時、異常気象がこの大陸を襲ったんだ。夏の日照りに冬の大嵐……。土地はやせ細り、獣人達は飢えに苦しんだ」


「…………」


 そういえば、ランダールの歴史書で読んだ覚えがある。

 といっても単に書物の知識と、実際に話を聞くのとでは体感が違ってくる。痛ましさに胸が疼いた。


 ガイウス陛下も辛そうに獅子の顔を歪める。


「酷い飢饉だったそうですね。その頃は、精霊の加護が無かったから……」


「精霊は基本、やりたいように行動するだけだからな。人間の事など気にしていない」


 そっけなく返し、初代さんは私達に背を向けた。そのままじっと大樹を見上げる。


 沈黙に居心地悪く身じろぎしていると、しばらく経ってから初代さんがやっと口を開いた。


「……彼女はひとり群れを離れ、食料を探すためこの地へとやって来た。他の精霊が施していた、悪しき者を排除する結界をやすやすとくぐり抜けて、な」


 再びこちらを振り向いて、ふっと唇をほころばせる。


 そうして初代さんと邂逅したフィオナ女王陛下は――艶のなくなったぼさぼさの毛を震わせ、まるで宝物を見つけたかのように目を輝かせたのだという。


 その時の事を思い返したのか、初代さんが熱っぽい吐息をついた。


「彼女は黄金色の瞳を僕に向け、歓喜の悲鳴を上げたんだ……。『まあ、美味しそう!』とな!」


「…………」


 はい?


 聞き間違いだろうか、とガイウス陛下を窺うが、彼も牙を剥き出しにぽかんと大きな口を開けていた。二人無言で見つめ合う中、初代さんは熱に浮かされたように続ける。


「僕の胸は高鳴った……! いや、その頃まだ僕に胸は無かったが! 僕は必死で体を揺らし、彼女の美しい手の上にぽとんと落としてあげたんだ!」


「何を?」


 間の抜けた声で合いの手を入れると、彼はキッと眉を吊り上げた。


林檎(りんご)をだ! 決まっているだろう!!」


「………」


 や、わかんない。


 どゆこと? と首をひねる私達に構わず、初代さんは両手を広げてその場でくるくる回り出す。


「彼女は待ちきれない様子でかぶりついたさ! 夢中で牙を立て、果汁をしたたらせながらあっという間に平らげてしまった……! ぐいと口をぬぐって再び僕を熱く見つめ、そうしてこう言ったんだ!」


「ご馳走さま、って?」


 先回りして答えると、初代さんはようやく回転を止めた。危なっかしくふわふわとよろけ、憤然としてかぶりを振る。


「違う!『お代わり、持ち林檎をありったけ寄越しなさい』だっ!!」


「…………」


 強盗かしら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ