第72話 全身全霊、このひとときを。
「皆さん、グラスとティーカップは行き渡りましたか? ええと、それでは開始の挨拶をガイウス陛下に」
「いいや。今日の茶会の発案者は君だ、リリアーナ。君から皆に始まりを告げてくれ」
ガイウス陛下から穏やかにうながされ、思わず背筋がピンと伸びた。
気心の知れた友人ばかりとはいえ、大勢の視線が集まってみるみる顔が赤らんでいく。咳払いして全員を見回した。
「あ、その……。今日は、お集まりいただきありがとうございます。仕事で途中参加の方もおられますが、時間になりましたので開始したいと思います」
ジュースの注がれた美しいグラスを持ち上げ、太陽に向かって高らかに掲げる。
「飲んで食べて、たくさんおしゃべりして。今日は目一杯楽しみましょう。――乾杯!」
乾杯!
全員が大きく唱和して、チンと音を鳴らしてグラスを合わせた。途端に場が賑やかになる。
一息にジュースを飲み干した私は、今度は香り高いお茶に手を伸ばした。緊張のせいか喉がカラカラなのだ。
カップの縁を噛んで抜かりなく周囲を観察していると、ガイウス陛下からぽんと頭を撫でられた。
「リリアーナ。初代のことはいったん頭から追い出して、まずは君もこの場を楽しもう。見張られていたら初代だって来にくいだろう?」
「ガイウス陛下……」
強ばっていた肩から力が抜けて、笑みがこぼれる。ふかふかした手に指を絡め、照れくさく頷いた。
「そうね。初代さんが思わず参加したくなっちゃうくらい、楽しいお茶会にしたいなら。まずは私達自身が楽しむべきよね!」
よぉし、と腕まくりしてテーブルに挑みかかる。
せっかくのお茶会なんだもの、やっぱり一番に甘い物が食べたいわ。
ヴィー君作の芸術品のようなケーキを、小皿にこぼれんばかりに盛り付けていく。ひとつひとつは小ぶりなので、たくさん種類が食べられてありがたい。
まずは生クリームでお化粧したケーキをひとくち。途端に甘酸っぱい味が口中に広がる。
「美味しい~。中に入っているのは苺ジャムね。ガイウス陛下も、はいあ~ん」
「えっ!? いやあのそのリリアーナ、人前でそんなむぐっ」
問答無用でフォークを口に突っ込むと、毛を逆立てていたガイウス陛下も目を白黒させつつ咀嚼した。
どうやら好みの味だったらしく、飲み込んだ途端に彼の黄金色の瞳がきらりと輝く。私の小皿に物欲しそうな視線を投げた。
すかさず彼からケーキの皿を遠ざける。
「ダ~メ。残りは全部私のもの!」
「えええ!?」
私達がじゃれ合う横では、メイベルが幸せそうに果実酒のグラスを傾けていた。空になったグラスに、颯爽と歩み寄ってきたヴィー君がお代わりを注ぐ。
「侍女殿。この果実酒はわたしが昨年仕込んだものだが、味は如何だろうか」
「ふんふん、レモンの風味が爽やかでなかなかね。そっちは杏を漬けたのかしら?」
「そうだ。そしてこちらは……」
二人して真剣な表情で果実酒を飲み比べる。
もう、どんな時でも真面目なんだから。
くすくす笑って視線を転じると、エリオットとディアドラの双子コンビが競い合うようにして茶菓子を食べていた。
口元に食べかすをいっぱい付けているディアドラとは違い、ドレス姿のエリオットは優雅な所作で、一欠片もこぼさずに素晴らしいスピードで平らげていく。
「……ああいうところを見ると、やっぱりエリオットの方がお兄さんじゃないかしら?ってなるわよね」
「確かに。実は俺も以前からそう思っていた」
ガイウス陛下と顔を寄せて笑い合う。
豪快に葡萄酒をラッパ飲みするイアンは、デニスを相手に「オレの考える女性の口説き文句」について熱っぽく議論していた。どうやら女好き同士、なかなか話が合うようだ。
「皆様、お待たせしましたなっ!」
「お姫様~。今日は招待ありがとうなぁ!」
仕事着そのままの宰相補佐・ハロルドと、蝶ネクタイでおめかしした庭師のサイラスが弾むような足取りでやってきた。
なぜかハロルドは首から小さな太鼓を下げて、両手に細長い棒を握り締めている。
私の視線に気付いた彼は、得意そうに胸を膨らませた。
「ふふん、これはワタシの用意した余興なのですぞ。初代の精霊様は賑やかなのがお好き。そして賑やかといえば音楽――そう、すなわち太鼓なりッ」
でんっと高らかに太鼓を叩く。
おお~と感心して全員で拍手すると、隣のサイラスが髭もじゃの顔をしかめてハロルドを睨みつけた。
「何言ってるんだぁ。音楽といったら歌に決まってるだろぉ。道具なんざなくとも、この体ひとつで――……」
すうう、と胸をふくらませて深呼吸する。……ってまさかっ!?
――今日は楽しいお茶会、ホイッ
――楽しく歌えば精霊様もつられて踊り出す、ホイッ
「ぎぃやああああッ!? やめろおやっさん耳が腐っちまうーーーっ!!」
「素晴らしい。なんという並外れた音痴だ」
「あー、ディアドラは初耳なのね。あたしは残念ながらこれで二度目よ……」
聴衆の苦情も何のその。
頬を上気させたサイラスは胸を叩きながら声を響かせ、ハロルドも競うように太鼓を打ち鳴らす。でんでん、どどどん、どんどんどん。
中庭いっぱいに轟き渡る不協和音に、ガイウス陛下は鬣を抱えて悶え苦しんで。
彼の背中を撫でてなだめながらも、私は笑い転げて涙が止まらなくなってしまった。私達の大騒ぎする声が、澄んだ空に吸い込まれるようにして消えてゆく。
ふわり、と風に舞った薄紅色の花びらが、誘うように私の肩に乗っかった。




