第71話 精霊のお茶会を始めましょう!
一週間後。
抜けるような晴天の下、花真っ盛りな中庭にお茶会の参加者達が続々と集う。
主催者はもちろんガイウス陛下と私の二人。
春のお茶会にちなんで、今日の私は花柄のドレスに身を包んでいる。といっても高級仕様ではなく、むしろ町娘と表現する方がしっくりくる、裾が短めの動きやすいドレスだ。
足元には収穫祭以来愛用している、すっかり履きなれた編み上げブーツ。この格好ならば怪しい影が見えた瞬間、迷いなく駆け出すことができる。
参加者にも気楽な格好でどうぞと伝えておいたので、皆思い思いの格好をしていた。
ディアドラの頭にはまたも猫耳が付いていたが、昨年末の年越しパーティの時とは違い、本物と見紛うばかりの立派な出来栄えだった。思わず手を伸ばしてくいくいと確かめてしまう。
「まあ。なめらかで良い布地ね?」
「フッ、そうだろう。最高級のビロードを購い、メイベルに土下座して作ってもらったのだ」
何やってるのよ。
あきれ果てていると、大ぶりの花飾りを付けたメイベルが疲れたように嘆息した。
「それはそれはしつこかったのですよ、リリアーナ殿下。最初は断ったんですが、あたしの行く先々で待ち構えているんですもの。振り向いたら窓の外から無表情にじいっとあたしを見つめていたり、ちょっとした恐怖でしたわ」
「そうだろうそうだろう」
「なんで得意そうなンだよお前は」
べし、とディアドラの頭を叩き、赤毛の大男がのっそりと現れる。血走った目で私達を見回し、ふああと大口を開けて欠伸した。
「イアン、寝不足?」
見事な赤毛が四方八方に跳ねている。
思わず背伸びして手櫛で整えると、イアンも寝ぼけ眼のままで屈んでくれた。すかさずメイベルが懐から櫛を取り出す。
「もう、しゃんとしなさいよ馬鹿弟子。なんたって今日は大一番なんだからね?」
「わかってるって、姐さん。だからこそオレぁ昨日の夜遅くギリギリまで……、走り回って招待状を……ふああああ」
あー、駄目だ眠ぃ。
メイベルから丁寧に髪を梳かされ、イアンはとろんとした表情に変わる。気持ちよさそうに目を閉じる彼に、メイベルと苦笑しつつ顔を見合わせた。
「随分頑張ってくれたみたいね?」
「あら。お言葉ですけど、あたしだってイアンに負けず劣らず頑張りましたよ? メイドさん達の怪しげな視線も何のその、城内を歩き回ってはぶつぶつ独り言を呟いたのですから」
フンと胸を張るメイベルに、お腹を抱えて笑い転げてしまう。
偉い偉いとそのつややかな黒髪を撫でていると、「ならばこの私だって!」と、ディアドラまでもが猫耳頭を突き出した。
「医務室で日に何度呟いたことか!『初代の精霊様、どうぞ中庭のお茶会にお越しくださいませ』とな! 茶菓子の種類まで事細かに解説した私は偉いと思わないか!?」
さあ褒めろ!
褒めて褒めて褒めまくれ!
鼻息荒く詰め寄られ、はいはいとその頭をよしよしする。
ちなみに私の担当は精霊廟と箱庭で、お昼寝中も抜かりなく初代さんへの誘い文句を唱えていた――……はずだ。
腕組みして虚空を睨む。
「これできっと王城内は網羅できたはずよね。初代さんがちゃんと耳に留めてくれていたらいいのだけど……」
眉を曇らせたところで、「はーい姫ちゃん、お待たせお待たせっ」と大皿を抱えたデニスが登場してきた。後ろには副料理長のヴィー君もいる。
慌てて彼らに駆け寄った。
「デニス、ヴィー君っ。ごめんね、二人は招待客でもあるのに……」
「気にすることはない、リリアーナ姫。料理は我らの本分なのだ」
いかめしく告げて、ヴィー君はてきぱきと長テーブルに皿を運ぶ。
今日のお茶会は大人数のため、中庭の真ん中に大きなテーブルを用意してもらったのだ。ちなみに椅子はなくて立食形式。参加者が好きなように散らばって、初代さんが好むという賑やかで雑多な雰囲気になるように。
デニスとヴィー君を手伝って、テーブルに飾られた艶やかな花を囲むようにしてお茶菓子を並べていく。
昨夜のうちに焼いておいた、私のお手製クッキーも目立つ場所にでんと置いた。クッキーを作ったのは年越し以来なので、端が少し焦げてしまったのはご愛嬌だ。
所狭しと並べられたお菓子を満足気に眺め、ヴィー君が大きく頷く。
「ケーキも沢山用意してある。後は料理長の作った軽いパンに」
「全粒粉の甘くないビスケット! 新鮮野菜のサラダもあるよ、ドレッシングはボクの自信作! 茶菓子に飽きたらお口直しにどぞ~」
「まあ、美味しそう!」
手を叩いて喜んでいると、ヴィー君が私の側にぬっと屈み込んだ。
「リリアーナ姫。指示された通り、今日まで毎日厨房で初代殿に呼び掛けてはみたが」
「うん、ボクもだよ! 料理中に鍋の蓋を開けては、湯気に向かって『初代ちゃ~ん!』って叫んどいたからねっ」
さすがに鍋の中にいたらびっくりするわ。
ずっこけそうになりつつも、笑顔で二人にお辞儀する。
「本当にありがとう。これだけ頑張ったのだもの、きっとどこかで聞いてくれてるわ」
「そうだな。だが念には念をと思い、こういうものを城内の至る所に隠しておいた」
大きな手を突き出され、不思議に思いながら受け取った。可愛らしい丸キャンディーで、水玉模様の紙に包まれている。
「これ……?」
開いてみると、包み紙の内側に几帳面な字でお茶会の日時と場所が記されてあった。ご丁寧に「初代の精霊殿に限る」と但し書きまでしてある。
「すごいっ。初代さんは甘い物好きらしいし、すごくぴったりな招待状ね!」
大喜びする私を見て、ヴィー君が口の端を上げてふっと微笑んだ。どきっ!
「まあ、ご覧なさいましガイウス陛下。貴方様の婚約者が浮気しておられますわよ」
「ななな何だとッ!?」
歌うように涼やかな声と、慌てふためいた声。
驚いて振り返ると、鬣を逆立てたガイウス陛下が大股で歩み寄ってくるところだった。そのたくましい腕にぶら下がっているのは――……
一気に顔が険しくなるのが自分でもわかった。
憤然として彼らに近付き、ガイウス陛下の空いている方の腕にぎゅっと抱き着く。
「――エリオット! どうしてあなたがガイウス陛下にエスコートされてるのよ!?」
「あぁら。こんな美女が一人で歩いていたら、悪い男が寄ってきて困りますでしょう?」
真っ赤なドレスに身を包んだエリオットが、これまた真っ赤な唇からぺろりと舌を出す。ド派手な扇で優雅に自身を扇いだ。
悔しいが豪奢なドレスは彼によく似合っていて、まるで大輪の薔薇が咲いたように中庭が明るくなる。途端に私の花柄ドレスが味気なく思えてきて、スカートの裾を惨めったらしく握り締めた。
涙目でガイウス陛下を見上げる。
「私より、エリオットを選ぶのね……っ」
「違う違う違うっ!? 何がどうしてそうなった!?」
大慌てでエリオットから腕を引っこ抜いて、私の両肩を掴んで揺さぶる。
「誤解しないでくれ! ランダールの精霊に誓って俺には君しかいない!」
「ガイウス陛下……!」
「おいそこの色ボケ二人。目的を忘れてんじゃねーぞ」
やっと目が覚めたらしきイアンから半眼で睨みつけられ、慌ててガイウス陛下から体を離した。髪を撫でて取り繕い、照れくさく顔を見合わせる。
「ふふっ、いよいよね?」
「そうだな。……ここに来る前、精霊廟に寄ってきたんだが」
巨体を屈め、ガイウス陛下が私の耳元に囁きかけた。
「今日は留守番しているよう、コハクにくれぐれも言い聞かせておいた。俺にはあの子の姿は見えないが、まあ大丈夫だろう」
「昨日の時点ではむくれてたけどね。成功率は少しでも上げておきたいもの」
初代さんは他の精霊とほとんど接触が無いらしく、むしろ避けている節すらあるらしい。
完全なる一匹狼とのことなので、今日の参加者は人間に限った方がいいだろうという結論に達したのだ。
ほっぺをぷっくり膨らませていたコハクの顔を思い出し、小さく含み笑いしてしまう。
同じく苦笑しているガイウス陛下をいたずらっぽく見上げ、するりと腕を絡めた。
「さ、それでは参りましょう?」
「ああ。そろそろ始めるか」
春のランダール城、午後の光が降り注ぐ中庭で。
――はじまりの精霊を招くお茶会を。




