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第70話 作戦会議、のちの。

 大樹に精霊の実が生ったのは、初代がそう命じたから。


 そうコハクから説明された私とガイウス陛下は、戸惑いながらも顔を見合わせた。……いや。


 どうやら戸惑っているのは私だけのようだった。

 陛下の瞳は、まるで火が灯ったかのように爛々と輝き出したのだ。


「ガイウス陛下……?」


「リリアーナ、それからコハク。あの実を俺とリリアーナのどちらが食べるか、という問題はひとまず保留だ」


 きっぱりと告げた途端、牙を剥き出しにした好戦的な表情へと変わる。挑みかかるように大樹を見上げた。


「初代の精霊は大樹に実をつけることができる。そして、俺達には実がふたつ必要だ。――ならば、為すべきことはただひとつ」


「――そっか、そうよね!」


 陛下の言わんとしていることに気付き、大急ぎでコハクに向き直った。彼の肩を掴んで揺さぶり、熱っぽく顔を覗き込む。


「初代の精霊さんを探しましょう、コハク! そうして初代さんに頼めばいいわ! 大樹にもうひとつ実をください、って!」


「頼む……? 初代に……?」


 心細げに繰り返す彼に、大きく頷きかけた。


「そうよ、ひとつもふたつも同じでしょう? そうと決まれば、どうやって初代さんを見つけるかよね。コハク、心当たりはある?」


「心当たりって言われても……。前言ったみたいに、初代は気まぐれなんだ。今どこにいるかすらわからないよ……」


 コハクの言葉をガイウス陛下にも伝えると、彼も腕組みして考え込んだ。


「……居場所がわからないのならば。なんとかして呼び出せないだろうか……」


「そうね。こう……物で釣るとか?」


 聞きようによってはかなり不遜な私の台詞に、コハクがはっとしたように真剣な瞳へと変わる。じっと唇を噛み、言葉を探すように口を開いた。


「……そういえば、初代は酒好きだって聞いたことがあるよ」


「お酒好き! じゃあお酒で釣ってみる!?」


 勢い込んで提案すると、ガイウス陛下も得たりとばかりに頷いた。


「いい考えだ。コハク、他には? 君が初代について知る限り、どんどん言ってみてくれ。どこかに手がかりがあるかもしれない」


 ガイウス陛下の言葉に、コハクはぱっと顔を輝かせる。嬉しくてたまらないといったその様子に、状況も忘れて笑みがこぼれた。


(なんとしても、二人を再会させてあげないと……!)


 決意も新たにコハクを見ると、コハクも大きく頷いた。


「えぇと、じゃあね。思いつく限り言ってみるよ。まずね……」


 初代は気まぐれ。

 頑固で自分の意見は決して曲げない。

 お酒好き。

 でも甘いお菓子も大好き。

 時には手作りして、他者に振る舞ったりもするらしい。


「……って、どうやって?」


 目を点にする私に、コハクは「深夜に王城の厨房に忍び込むんだって」と教えてくれた。


 なんと。

 デニスとヴィー君が見つけたら、さぞかしびっくりすることでしょうね。


 私が面白がっている間にも、コハクは指を折って初代の情報を並べ立てる。


「えっと、それから……。そう! 初代は確か、お祭り好きだったはず! 賑やかに楽しんでいる人達を、物陰から含み笑いしつつ観察するのが好きなんだって」


「想像するとちょっと気持ち悪いような……。ガイウス陛下、初代さんはお祭りをこっそり覗くのが好きなんですって」


 苦笑しながらガイウス陛下に通訳すると、俯いていたガイウス陛下は難しい顔を上げた。


「……酒と菓子の祭りでも開くか?」


「うぅん……。でもお祭りを開くのって、準備に時間がかかりすぎるんじゃありません? それに、あまり大規模になると、初代さんが参加者に紛れてわからなくなっちゃうかもしれないし……」


 まして陰に隠れるのが好きなら尚更だ。


 三人でうんうん言いながら案を出し合う。

 お祭りといえば収穫祭だけれど、秋までなどとても待っていられない。


 小規模で、初代さんが思わず覗きたくなっちゃうくらい賑やかで、お酒とお菓子に関わるお祭り騒ぎ……。


 考えすぎて痛んできた額を押さえていると、コハクが場を和ませるようににやりと笑った。


「賑やかっていえば、ガイウスの部下はみーんな賑やかだよね? 見事に変人揃いだし」


 否定のしようがなくて、一瞬固まった後でお腹を抱えて笑い転げてしまう。滲んだ涙をぬぐって、ガイウス陛下にいたずらっぽくウインクした。


「コハクの言う通り、私達の周りにはせっかく賑やかな人達が揃っているのだから。エリオット達にも事情を話して協力してもらいましょうよ」


「そうだな。後は何の祭りを開くかだが……。春にちなんで花祭りなんてどうだ?」


「あら、それは名案ね! この間二人で散歩した王城の中庭も、ちょうどお花が見頃だったし――……」


 手を叩いて同意した瞬間、脳裏に天啓が走る。


 そうだ。

 春の花の咲き乱れるあの中庭には、確か――……!


 大急ぎで考えをまとめ、不思議そうに目をしばたたかせている二人に向き直る。内緒話をするように顔を寄せた。


「ねえ、ガイウス陛下。それからコハク。ちょっと提案があるのだけど――」




***



「中庭でお茶会、ですか?」


 エリオットを始め、執務室に集まってもらった面々に、私とガイウス陛下は勢い込んで頷いた。


「そうよ。初代の精霊さんが思わず参加したくなっちゃうくらい、賑やかなお茶会を私達で開くの。甘いお菓子と美味しいお茶、それから色んな種類の果実酒も用意して」


「初代を見つけるのはリリアーナの役目だ。だから見知らぬ者が紛れたらすぐわかるよう、招待客はリリアーナの親しい者だけに絞る」


 代わる代わる説明する私達に、一同は目を白黒させるばかり。困惑する皆を押しのけて、いの一番に賛同してくれたのはディアドラだった。


「精霊の参加する茶会……。しかも茶菓子は食べ放題っ。私は賛成だぞリリアーナ! 皆で素晴らしい会にしようではないか!」


「さっすがディアドラ! 話が早いわ!」


 手を叩いて喜び合う私達を、イアンがため息交じりで見比べた。


「って、そうは言ってもよ。それで精霊が参加する保証がどこにある? ちょっと不確実すぎねぇか?」


 水を差すような彼の言葉に、メイベルも戸惑った顔をしながらも追随する。


「あたしも同感です、リリアーナ殿下。精霊のことはあたしにはわからないけど……。精霊が来てくれるまで、毎日お茶会を開くおつもりですか?」


「そんな時間はありませんぞっ。毎日バカ騒ぎするなどとんでもない!」


 ハロルドも目を吊り上げて怒鳴り出す。


 皆の現実的な指摘に、私とガイウス陛下は困り顔を見合わせた。

 確かに賑やかに騒いだからといって、初代が興味を持ってくれるかどうかはわからない。でも、だからといって他に方法は――……


「――そうですね。イアン達の言う通りでしょう」


 それまで黙って私達の会話に耳を傾けていたエリオットが、容赦の欠片もない口調で切り捨てる。言葉を失う私とガイウス陛下をとっくりと眺め、不敵に口角を吊り上げた。


「ガイウス陛下もリリアーナ様も、それから他の皆さんも。どうやらお茶会に必要不可欠な物をお忘れのようですね。必要な手順も踏まずに、初代様の偶然の参加を期待するなどと。馬鹿げているとは思いませんか?」


 打って変わって楽しげな表情になった彼は、私達を見回して歌うように口を開く。


 そう。

 お茶会を開くというのなら。

 招きたい相手がいるというのなら。


 ――まず第一に我々は、初代様への招待状を用意すべきです。

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