表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/87

第7話 真実とは、時に残酷であったりなかったり。

 翌日。


 私達は一路、首都ドラムに向けて出発した。

 ディアドラが王城勤めの医師というのは本当だったらしく、メイベルもしぶしぶながら納得してくれたのだ。


 こまめな休息を挟みながらの旅だったものの、案の定今度は馬車酔いで散々な目に合ってしまった。せっかく初めての外国だというのに、景色を楽しむ余裕すらない。


 それでも十日ほどでやっとドラムに到着し、メイベルの手を借りてよろよろと馬車から降りた。ハンカチで口元を押さえながら顔を上げた途端、目の前に建つ巨大な城に目を奪われた。


 どっしりとした煉瓦造りの城は古ぼけた赤茶色で、故国の真っ白な城とは全然違う。

 城の赤色と抜けるほど青い空、そして木々の緑が鮮やかに対比していて、まるで一幅の絵画を見ているみたいだ。

 言葉を失って見惚れる私とメイベルを、万能医者(願望)のディアドラが促した。


「無骨で驚いたろう。獣人は華美を好まないのだ。そう、機能性こそ至上。……付いてきなさい」


 さっさと前に立って歩き出す。


 旅の間護衛してくれた騎士さん達と共に、私達は王城へと足を踏み入れた。


「――よう。長旅ご苦労だったな、姫さん」


 薄暗い廊下を抜けた瞬間、だらしなく壁にもたれていた人影が身を起こす。

 私を認めてにやりと笑ったのは、燃えるような赤髪の、熊と見紛うほどの巨体の男だった。粗野な口調とは裏腹に、男の顔ははっとするほど整っていた。ディアドラといい、どうやら獣人には美形が多いらしい。


 またもうっかり見惚れていると、メイベルがきゅっと眉を吊り上げた。口を開きかけた彼女を慌てて制して、男の前に出て礼を取る。


「はじめまして。リリアーナ・イスレアと申します」


「セシルの妹だろ? あいつから話は聞いてるよ。オレはイアン・クレイグ、城内警備の責任者を任されてる。……お前達もお疲れさん。あとはオレが引き継ぐから、もう帰って構わねぇぞ」


 私を囲む護衛の騎士さん達にへろりと手を振ると、彼らは嬉しそうに私に別れを告げ、三々五々散っていった。私とメイベルを除き、唯一この場に残ったディアドラが無表情に小首を傾げる。


「ガイウスは?」


「あの仕事中毒が来るわけねぇだろ。姫さんも疲れてるだろうし、顔合わせは明日以降に持ち越しな」


 構わねぇか?


 軽い調子で尋ねる男に、飛びつくように同意した。正直もうクタクタなので、ゆっくりできるならありがたい。というか早く眠りたい。


 イアンも満足そうに頷いて、未だ自分を睨んでいるメイベルへと視線を移した。


「んで? そっちの美人さんは……」


 不快そうに顔をしかめたメイベルが答えるより早く、ディアドラが颯爽と進み出る。ぽんとメイベルの肩に手を置き、自信たっぷりに口を開いた。


「彼女はメイベル・コレット。リリアーナの侍女で、ゴリラの獣人だ」


「そか。よろしくな、ゴリベル」


 ドゴッ。


 廊下に鈍い音が響き渡る。

 斜めに(かし)いだメイベルが、壁に頭を打ち付けたのだ。

 しかしすぐさま体勢を立て直し、グッと深く腰をひねる。流れるようにイアンの腹部にこぶしを打ち込んだ。


「誰がゴリラの獣人ですってぇっ!? あとメイベルよ、メイベル! アンタわざと間違えたでしょ!?」


「違っ、そうじゃねぇって! 初対面の女を、種族をもじった名で呼んだら皆きゃあきゃあ喜ぶんだよ! イイ女を前にしたときの、オレの鉄板の口説き術っつうか……!」


 メイベルの攻撃をいなし、イアンが必死の形相で叫ぶ。


 メイベルの馬鹿力を難なく防ぐとは。

 さすがは警備責任者、伊達じゃないわね。


 感心しつつ、まあまあと二人の間に割って入った。しかつめらしくイアンをたしなめる。


「イアン、うちのメイベルはそんな軽い女じゃないのよ。見くびらないでちょうだい」


「いやそうじゃないでしょーがっ!? 大前提が間違ってるのよっ。まずはゴリラの獣人ってとこを否定しなさいよ!?」


 はっ、そうでした。

 あまりに違和感がなかったものだから、つい。


 空咳ひとつで誤魔化して、「私もメイベルも人族なのよ」と取り澄まして告げた。イアンと、そしてなぜかディアドラまでもが愕然として口をぱっかり開く。えっ? 何、その「衝撃の事実!」みたいな反応……。


 こちらの方がぽかんとしていると、ディアドラが憤然として私に詰め寄った。


「嘘を吐くなリリアーナ! これほどの破壊力、人族の娘にはありえないはずだっ」


「そうだぞ。攻撃を受けたオレだからこそわかる。――そう。ゴリベルは紛れもなく、ゴリラの獣じぐほおぉっ!?」


 今度は的のド真ん中に決まった。


 メイベルは床にうずくまって悶絶する大男の頭頂部すれすれに、カツン! と高い音を立ててヒールを叩きつける。つややかな巻き毛をかき上げて、ツンと顎を上げた。


「お言葉ですけど! あたしが人よりちょっぴり力が強いことは認めるわ。でもね」


 ちょっぴり?

 どっさりじゃなくて?


「でも、あたしは紛れもなくか弱い人族なのよ! 次にゴリなんちゃらと呼ぼうものなら、脳天かち割……りはしないけどだってか弱いからねあたしは! えぇと、そう。その赤毛を根元からつるっつるに刈り上げてくれるわ!」


「はッ、了解です申し訳ねぇ!」


 イアンが這いつくばって床に頭をこすりつけた。

 頬を上気させたメイベルは、まだ怒り冷めやらぬ様子で言い募る。


「それからねっ。あだ名で呼んできゃあきゃあ騒ぐ女共は、単に喜ぶ振りをしてるだけよ! くっだらねーと心の中で嘲笑いつつ、表面上は空気を読んでアンタを立ててるだけ!」


「でえぇっ!?」


「もしくは下心があるかよね。アンタ、それなりに偉いんでしょ? おだてておいて損はないもの」


「そっ……そんな……」


 頭を抱えて苦悩するイアンを、メイベルは腕組みして見下ろした。

 打ちひしがれる彼をさすがに可哀想に思ったのか、しゃがみ込んで目線を合わせる。肩に優しく手を置いた。


「ま、人間誰しも間違いはあるものよ。間違えたのなら正せばいいの。せいぜい精進することね」


(あね)さん……! オレ、一生あんたに付いてくぜ!」


「全く……。ゴリなんちゃらの次は姐さんだなんて。困った男ね」


 はあっと嘆息しつつ、その表情は満更でもない。気取ったようにポーズを決める。……えぇっと。


「……ねぇ、ディアドラ。私、早く休みたいのだけど」


 こっそりディアドラの袖を引くと、彼女は無表情に頷いた。私の腕を取り、さっさと歩き出す。


「うむ、麗しい師弟愛が誕生する瞬間に立ち会えて光栄だったな。――だがしかし、欠片も興味がない」


 うん。

 右に同じ、全面同意ー。


 未だ盛り上がる師弟コンビを残し、私とディアドラはとっととこの場を後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ