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第67話 大事なお友達。

 やわらかな風が頬を撫で、ゆっくりと目を開けた。細く開いた窓から吹き込む風に、カーテンがふんわり膨らんでいる。


 春の眩しい日差しに目をすがめる。

 起き上がろうと身じろぎしたところで、部屋の片隅、大きな椅子でうなだれている人影に気が付いた。


「……へい、か?」


 びっくりするぐらい掠れた声が漏れて、たまらず小さく咳き込んだ。喉がひりつきそうに渇いている。

 びくりと陛下が身じろぎして、跳ねるように起き上がった。一足飛びに私に近付いたかと思うと、力強く抱き締める。


「へい……けほっ」


「……っ。ああ、すまない!」


 慌てたように体を離し、水差しから水を注いでくれた。礼を言う余裕すらなく、喉を鳴らして一気に飲み干す。


 乾ききった喉に水が沁み渡り、ほっと安堵の吐息をついた。


「ありがとう、ございます……。私、どのぐらい寝てました?」


 ベッドの縁に腰を下ろした陛下は、揺れる瞳でじっと私を見つめる。


「倒れたのは昨日の夕方で、今やっと夜が明けたところだ。ディアドラはおそらく貧血だろうと言っていたが……気分はどうだ?」


 不安気におひげを垂らす陛下に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。ベッドの上で姿勢を正し、きちんと頭を下げた。


「心配かけてごめんなさい。久しぶりに過呼吸まで起こしちゃったみたい。……でも、ぐっすり寝たからもう大丈夫」


 どんと胸を叩くと、陛下はやっと肩から力を抜いた。毛むくじゃらの腕を伸ばし、私の髪を優しく撫でる。


 心地よさに目を閉じていたら、突然温かな感触が消え去った。陛下が勢いよく私から離れたのだ。


「ガイウス陛下?」


 怪訝に思って首を傾げるのに、陛下は視線まで逸らしてしまう。私と目を合わせないまま大きな椅子をベッド脇に移動させ、縮こまるようにして腰掛けた。


「…………」


「…………」


 膝に置いた手をきつく握り締め、陛下はそれきり何も言葉を発してくれない。その理由にやっと思い当たり、じわじわと悪い予感が膨れ上がってくる。


(怒ってる……?)


 私が、ランダール王家の聖域に勝手に入ったから?

 それとも、精霊と契約したことを知られてしまったから?


 ――ううん、きっと両方だ。


 泣き出しそうになりながら、それでも私に泣く資格はないのだと、唇を噛んで必死でこらえた。深呼吸を何度も繰り返し、震える声で陛下に呼び掛ける。


「ガイウス、陛下……。私、あなたに」

「リリアーナ。どうか、正直に答えてほしい」


 硬く強ばった声で、陛下が私の言葉を遮った。

 聞いたこともない声音に、怯えながらも彼を見上げる。


 ガイウス陛下も緊張したように、震える手で私の手を包み込んだ。


「リリアーナ。君は、もしや……」


「は、はい」


 涙をこらえ、滲む視界で彼を見つめる。

 彼の喉がごくりと上下した。


「君は……」


「はい……」


 おひげを小刻みに震わせて、大きなお口をくわっと開く。


「君はもしや、俺の生き別れの妹だったりするのだろうかッ!!?」


「…………」


 なんて?


 ぽかんとする私に、陛下はああーッと悲鳴を上げて鬣を抱え込んだ。苦悩するように何度も首を振る。


「そうか、そうだったのだな……! だから君はあの扉を開けられた。確かに父は女性にだらしないところがあり、亡くなった母も苦労していたと聞いた覚えがある! だが、だからといって他国の王族と……! し、しかも君は俺の何より大切なっ」


「ガイウス陛下ー?」


「こんな運命あんまりだっ。まさか君が俺の妹」


「ガイウス陛下ー。それ誤解ですよー?」


 一人劇場を繰り広げる彼の肩をつんつくとつつき、笑いをこらえて顔を覗き込む。

 黄金色の瞳をうるうると潤ませた陛下が、迷子のように頼りない顔で私にすがりつく。


 こほん、と空咳して大真面目な顔を作った。


「私があの扉を開けられたのは、精霊と契約して資格を得たから。決してランダール王家の血筋だからではありません」


「…………へ?」


「精霊と、契約したんです。私、どうやらやっぱり精霊を見る『眼』を持っていたみたい」


 申し訳なく眉を下げて告白すると、陛下があんぐりとお口を開いた。そのまま斜めに傾いで、ずどんと椅子ごと床に倒れ込む。


「陛下!?」


「……ほ、ほん……」


 ベッド下から呻き声が響いた。

 慌てて私も床に跪く。彼の体に手を掛けた途端、彼はガバリと身を起こした。


「わっ!?」


「本当に!? 君は俺の妹じゃない!? 俺達はちゃんと結婚できるのか!?」


 必死の形相で詰め寄られ、鼻先が触れ合うほどの距離の近さに一気に頬が熱くなる。彼の胸に腕を突っ張って、何度も何度も頷いた。


「大丈夫、大丈夫ですっ。すべては予定通りに、滞りなく!」


 真っ赤になって動揺しながら、懸命に声を張り上げる。

 陛下はそれでやっと安堵したのか、またもへなへなと床に崩れ落ちた。


「……よかった。俺はてっきり、今日人生のどん底に突き落とされるのかと……」


「もう。妄想をたくましくしすぎです」


 しかつめらしく意見するものの、顔がにやけるのは止められない。くすくす笑う私に、陛下も声を立てて笑い出す。


 勢いよく起き上がり、きつく私を抱き締めた。なだめるように何度も背中を撫でてくれる。


「やはり君には『眼』があったのだな。俺に知られてしまったと、それで驚いて気を失ってしまったのか?……馬鹿だな、もう以前の俺とは違うのに」


 う。

 貧血を起こしたのは陛下が来る直前だったものの、それも否定できないかも。

 今の陛下ならきっと大丈夫だと信じてはいたけれど、心のどこかでは絶えず不安に思っていた。陛下に嫌われてしまったらどうしよう、と。


 バツが悪くて、彼の肩に顔を埋めたまま弁解する。


「だって、本当はすぐにでも話すべきだったんだもの……」


「俺が何度も情けないところを見せたせいだな。気を使わせて悪かった」


 悔しげに謝ると、私の頬を毛むくじゃらの手で包み込んだ。黄金色の瞳を優しくなごませて、大きなお顔を近付ける。


「君が『眼』を持つというのなら、それはランダールにとっても俺にとっても素晴らしい幸運だ。こんなに喜ばしいことはない」


「……本当に?」


 自信なく囁くと、陛下は安心させるように大きく頷いた。


「君が精霊と繋がれたのだから、俺はもう生涯精霊が見えずとも構わない。――これでやっと、長年の執着を綺麗さっぱり捨てられた」


「……っ!」


 晴れ晴れした表情には、本当に迷いや後悔など微塵も浮かんでなかった。本心から、陛下は喜んでくれている。


(……だけど……っ)


 お願い。


 精霊を見ることを諦めないで。

 どうか、執着を捨てたりしないで。


 だって。

 だって()は――!


 泣き出しそうになりながら視線を逸らすと、扉のところに白い靄が見えた。少しずつ輪郭を形作り、悄然とうさぎ耳を垂らしたコハクが現れる。


 切なげな瞳で私とガイウス陛下を見比べて、ふいと踵を返してしまった。


「――待って!」


「リリアーナ?」


 怪訝な声を出すガイウス陛下には構わずに、床を蹴って立ち上がる。それでもコハクは足を止めず、溶けるように扉をすり抜けてゆく。


「待って!――コハク!!」


「リリアーナ!」


 転びかけた私を、陛下が慌てたように抱きとめてくれた。とうとうこぼれ出した涙をそのままに、必死で彼を見上げて訴える。


「聞かれてしまったわ。今すぐ追いかけなくちゃ……っ。だって、あの子は。私の、精霊はっ。――あなたの、大事なお友達なの!」


「え……?」


 ぎゅ、と彼の服を握り込んだ。


「ガイウス陛下が、子どもの頃に。――『精霊の実』を食べさせた仔うさぎなんだから!」

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