表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/87

第65話 契約の意味。

 精霊廟の大樹に実る『精霊の実』。


 それを食べれば、初代の精霊が実に込めた加護を得ることができる。そして、精霊との間に絆が生まれる。


 花畑の中を無意味に歩き回りながら、眉間に皺を寄せて考え込む。コツコツと額を叩いた。


「……確かガイウス陛下は、『強くなれる』って表現していたわ」


 花畑に寝転んでいたコハクが、独り言を呟く私を見てのっそりと起き上がった。


「先代王が、小さなガイウスにも理解できるようにそう言ったんだと思う。……別に力が強くなるわけじゃないんだけどね」


 長いこと泣いたコハクは目を真っ赤に腫らしているものの、今は晴れやかに微笑んでいた。溜め込んでいた罪悪感や後悔が、涙と一緒に流れてくれたのかもしれない。


 ほっとしてコハクに手を差し伸べる。


「要は健康になれるってことね?」


「そうだね。頑健な体と長寿……なんだけど。振られた相手の子孫に、延々とそれを贈り続ける初代ってさあ……。何て言うか、こう」


 言葉を止めてちんくしゃな顔になるコハクに、私も大きく頷いた。二人同時に口を開く。


「一途よねっ」

「重すぎるよねぇ」


 ええっ?

 とってもロマンチックだと思うのにっ?


 唇を尖らせると、「ま、見解の相違っていうことで」とコハクが苦笑した。達観した表情を浮かべる彼を見て、そういえば、と私は瞬きする。


「コハクって精霊になってどれぐらい経つの? 随分と大人びているし、難しい言葉もたくさん知っているわよね」


「こっちの時間で言うと十三、四年ぐらいかな。……でも、年数を数えるのは無意味だよ」


 やっと私の手を取って、コハクはゆっくりと腰を上げた。そのまま離さず手を繋いだまま、ぶらぶらと最奥の扉に向かって歩き出す。


「あの箱庭は、こちらの世界と精霊の世界を隔てる境界なんだ。箱庭の噴水を超えた先――僕達精霊の世界は、こちらよりずっと時の流れがゆっくりしている。……だから」


 きちんと数えてはいないけど、僕は君よりずっとずっと年上です。


 えへんと偉そうに胸を張るコハクに、しばし茫然としてから噴き出した。腰を折って笑い転げる。


「たいへん。子どもだと思ってたから抱き締めたりしちゃったわ。浮気になってしまわないかしら?」


「大丈夫、僕は初代とは違うから。何が起ころうと君に惚れることだけはあり得ません」


 やけに自信たっぷりに断言されてしまった。

 ちょっとその言い方はどうなのそれ。


 恨みがましく()めつけると、コハクはおかしそうに舌を出した。


「ごめんごめん。でもさ、君はガイウスの婚約者なんだから。恩人の大事な人を好きになっちゃ駄目でしょう」


「まあ……それは」


 そうかもしれないけれど。


 まだぶすくれている私に、コハクは困ったように眉を下げる。私の頭を優しく撫でて、長いうさぎ耳をしょんぼりと垂らした。


「というか、君こそ。僕に愛想をつかせたりしないの? 僕は、君を利用したんだよ?」


「……利用?」


 ぽかんとして立ち尽くす私に、コハクはますます申し訳なさそうに縮こまる。上目遣いで私を見上げた。


「やっぱりわかってなかったか。……僕らが最初に出会った時、お互い名を呼び合って手を繋いだでしょう? あれで、僕と君の――精霊と人間の契約が成立したんだよ」


「えええっ?」


 私の大絶叫に覆いかぶせるように、「ごめん!」とコハクが大急ぎで頭を下げる。


「君がガイウスの婚約者だったから! ガイウスには僕の姿が見えないし、言葉を交わすこともできないけど……。君と契約したら、君を通してガイウスと繋がれる、ような気がして……」


 本当にごめん、ともごもご言葉を濁した。

 反省しきりのコハクに、何と声を掛けるべきか迷ってしまう。そっと彼の手を取り、俯いた顔を覗き込む。


「謝らなくていいから、教えてくれる? 契約って一体どういうものなの」


「簡単に言えば、僕と君の魂が結びついたっていうこと。精霊と契約した人間は、相手精霊からの加護を得られる……。要は、精霊の実の効果と似たようなものだね」


 と、いうことは。


 コハクの手を離し、ぽんと手を打った。


「コハクは私に、頑強な体と長寿をくれたってこと?」


「一応……そうなん、だけど……」


 またもバツが悪そうに視線を泳がせる。


「僕はまだまだひよっこで、そして君は体が弱すぎるから。契約の意味ほとんど無いっていうか、契約してやっと君が人並みに近付けただけっていうか……」


「ああ~……。なるほどね」


 なんとも言いにくそうな彼の様子に苦笑してしまう。


 そういえば、コハクと出会ってから体調を崩す頻度がぐんと減った。

 寝込むことこそあるものの、故国にいたときより遥かに丈夫になれた気がする。これでやっと人並み寄りということか。


 くすくす笑ってスカートを摘み、ふんわりお辞儀する。


「ありがとう。以前の私に比べたらずうっと元気になれたんだもの。全部コハクのお陰ね?」


 にっこり微笑みかけたのに、なぜだかコハクはまたも泣き出しそうに顔を歪めてしまった。ぶんぶんと激しくかぶりを振る。


「違う……! 君は本当は、僕なんかじゃなくて他の精霊と契約すべきだったんだっ。そうすれば、君は二度と病気に苦しむことはなかったし、ガイウスだって」


「それこそ間違っているわ、コハク」


 華奢な彼の体を引き寄せて、ぽんぽんと背中を叩く。しおれかけたうさぎ耳を指で支えながら、しかつめらしく彼の顔を覗き込んだ。


「私の病弱っぷりを甘く見えないでちょうだい。他の精霊と契約したところで、きっと人並み止まりだったに違いないもの。……でもね、それで構わないの」


 にやりと笑って声を落とす。


「あまりに元気になりすぎたら、それはそれで困りものでしょう。寝てばかりもいられなくなっちゃうじゃない?」


 だから、今ぐらいが私にちょうどいいの。


 秘密めかして囁きかけると、コハクは美しい琥珀色の瞳をまんまるに見開いた。しばし精霊廟に沈黙が満ちた後――ぶはっと勢いよく噴き出す。


「さすが、天下のぐうたら姫だね……っ」


 ひいひい苦しそうにお腹を押さえる彼に、私も声を合わせて笑い出した。


 私達の賑やかな声が、春の精霊廟いっぱいに響き渡る。ステンドグラスの光も、嬉しげにきらきらと舞い踊った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ