表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/87

第57話 夜明けの真実。

「……で、クッキーはさっき言った通りオマケなんです。本命は、こっち」


 緊張に顔が強ばるのを感じながら、ゴツゴツした手触りの無骨な木箱を差し出す。私の緊張が伝染(うつ)ったように、陛下もぎゅっと唇を引き結んだ。


 この上なく真剣な表情で、ゆっくりと木箱を開く。


(気に入ってもらえるかしら)


 はらはらしながら見守った。


 私がガイウス陛下に贈ったプレゼント。

 大国の王が使うにしては、それほど――というか、全くもって高価なものじゃない。

 それでも一生懸命、じっくり他と見比べて最良のものを選んだつもりだ。そう、重視すべきは値段じゃない。


「……これは」


 陛下がはっと息を呑む。

 両手を使い、大切そうに中身を持ち上げた。ためつすがめつ眺め、おかしそうに頬を緩める。


「随分と大きなブラシだ。もしかしなくても、俺の(たてがみ)用か?」


「ええ、そうなんです」


 逸る気持ちを抑え、澄まし顔で頷いた。


 早く気付いてほしくてうずうずするが、なんとかこらえてしとやかに待つ。嬉しげに目を細めた陛下は、「大きいが人型の時にも使えそうだな」と呟くと、早速ブラシを髪に当て――……


「駄目っ!」


 今だとばかりに制止した。

 突然の大声に、驚いた陛下がビクリと肩を揺らす。目をまんまるにして私とブラシを見比べた。


「え? 駄目、とは――?」


「陛下は使っちゃ駄目なんです。……だってこれ、陛下のものだけど使用権は陛下に無いの」


 おごそかに告げて、陛下から取り返したブラシをくるりと裏返す。木の柄部分――隅っこの方に、小さく名前を彫っておいたのだ。



『リリアーナ』



「えええええっ!?」


 驚愕する陛下を大満足で眺め、いたずらっぽくウインクする。トントン、と大きなブラシを手で叩いた。


「エリオットから道具を借りて彫ったんです。彫刻刀なんか使ったの初めてだから、ちょっと不格好な文字になっちゃったけど」


 照れ笑いして、ブラシをそっと陛下の髪に押し当てる。


 陛下のたっぷりした(たてがみ)()かすことが出来て、なおかつ私の手に馴染むぐらいの絶妙な大きさのブラシ。やっと見つけ出した時は大歓声を上げてしまったものだ。


 今日の陛下は人型だけれど、このブラシが私専用であることに変わりはない。

 じっと動かない彼に身を寄せ、金茶色のつややかな髪を優しく梳かす。記念すべき初使用が、まさか人型の彼相手になるとは思わなかったものの、なかなか上々な使い心地だ。


 陛下もじっと気持ちよさそうに目を閉じていた。しばし静かな時間が流れ、やっと目を開けた彼がおかしそうに苦笑する。


「……惜しいことをした。今日はやはり獅子の姿で来るべきだったかも」


「あら、いつでも梳かしてあげますよ? これはもう陛下のものだもの」


 にやにや笑いながらブラシを返すと、陛下は大事そうに受け取った。「でも」と首をひねる。


「俺は使ってはいけない?」


「ええ。使うのはこの私」


 大真面目に答え、じっと無言で見つめ合う。それから二人同時に噴き出した。


 真夜中の、静謐な空気に包まれた精霊廟。

 私達の賑やかな笑い声に、フィオナの花がびっくりしたように揺れた気がした。




***



「お休み、リリアーナ」


「ええ。お休みなさい、ガイウス陛下」


 秘めやかに囁き合って、微笑みながら手を振る。

 自室の扉を閉めて、大きく深呼吸した。十秒、二十秒……。一分は経っただろうか、と思える頃にやっと動き出す。


「…………」


 隙間を開けて覗いてみても、もう陛下の姿は見えなかった。ほっと安堵して踵を返す。


 戸棚の奥から、隠しておいたクッキーの小箱を取り出した。光沢のある黄色のリボンで結んだ――コハクへの、新年の贈り物。


 音を立てないように自室から出て、さっき辿った道を逆行して再び精霊廟を目指す。

 広間ではまだ年越しパーティが続いているらしいけれど、さすがにここまでは喧騒は伝わってこなかった。静まり返った廊下で、私の歩くカツカツという足音だけがやけに大きく響く。


 廊下の窓から見上げると、空が微かに白み始めていた。もう夜明けが近いのだ。


(……変な感じね。まさかこの私が徹夜するだなんて)


 ふふっと笑い――笑うことで、なんとか緊張をほぐそうとする。


 随分長く感じたけれど、それでも精霊廟に到着した。……到着してしまった。


 震える呼吸を飲み込んで、重い扉に体重をかける。


(……きっと、いるはず)


 さっきまでガイウス陛下といた時は、コハクは来るはずがないと思っていた。私が一人じゃなければ、コハクはいつだって姿を見せなかったから。


 思った通り、花畑の真ん中に人影があった。

 顔が強ばりそうになるのをなんとかこらえ、笑顔で大きく手を振る。


「コハ――……え?」


 ゆっくりと立ち上がった人影。


 ……コハクじゃない。


 髪の毛が真っ白の、枯れ木のように痩せ細ったおじいさん。

 私を認めて微かに首を傾げ、そうしてやわらかく微笑する。


 まるで吸い寄せられるように、ふわふわした足取りで彼に歩み寄った。


「こんばんは……じゃ、ないわね。おはよう、ございます?」


 ドレスをつまんで礼を取ると、おじいさんも優雅にお辞儀を返してくれた。目尻の笑い皺を深くして、優しげに目を細める。


 柔和な雰囲気に安堵して、また一歩彼に近付いた。


「えっと……。『精霊の手』の庭師さん、ですよね?」


 尋ねると小さく首を振り、地面から何かを拾い上げる。――石版と、石筆。


 そこであっと気が付いた。


「ごめんなさい! 確か、おじいさんは耳が――……」


 真っ赤になって頭を下げる私を制止して、おじいさんはまたやわらかく微笑んだ。石筆ですばやく何かを書きつけ、私に石版を向けてくれる。


 そこには、整った文字でこう書き連ねられていた。


『ゆっくりと、大きく口を開けてしゃべってもらえばわかります』


 自らの口元を指差し、おどけたようにパクパクと口を開け閉めする。その仕草にふっと笑って、大きく頷いた。


「はい。わかりました」


 はきはきと返事をすると、おじいさんは布で文字を消し、また石版に何かを書きつける。


『はじめまして、リリアーナ姫。ようこそランダール王国へ』


「ええ、ありがとうございます。精霊廟には、もう何度も足を運ばせていただきました。お花、とっても綺麗ですね?」


 フィオナの花を指差して、一言一句ゆっくりと発音した。おじいさんも顔をほころばせてうんうんと頷く。


『存じております。何度かここで、姫様のお姿を拝見いたしましたので』


 あら、と目をしばたたかせた。


 サイラスから「会ったことがないのか」と不思議がられてしまったけれど、どうやら私が気付かなかっただけらしい。苦笑する私を眺め、おじいさんはまた熱心に手を動かす。


『姫様はいつもお一人で、楽しそうに会話なさっておいででした。何もない、虚空に向かって美しく微笑みかけられて』


「……え」


 硬直する私に、困ったように眉を下げる。

 また文字を消し、すばやく石筆を動かした。


『精霊様と会話をなさっておられるのだろう、と。お邪魔をしてはならないと、いつもすぐに退出させていただきました』



 どくん、と心臓が跳ねる。



 反射的に胸を押さえ――……浅い呼吸を何度も繰り返す。それでも心音は早まるばかりで、背中までじっとり汗ばんできた。


 案じるように私を見つめる彼に、消え入るようなか細い声で囁きかける。


「わたし……わたし、だけ? ほんとうに、ひとり、だけだった……?」


『はい。虚空に向かい、あなた様は何度も呼びかけておられました』



 ――――コハク、と。

これで第三章終了です。

ブックマーク&評価、本当にありがとうございます…!

お陰様で、次話よりやっと最終章です。

土日はお休みして、来週月曜日から投稿開始します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ