第56話 二人っきりの。
自室のベッド脇の棚をあさり、隠しておいたプレゼントの箱を取り出した。両手で大切に抱え込んで、息を弾ませながら寒い廊下を駆け抜ける。
(ふふっ、なんだか不思議な気分だわ)
いつもならもうとっくに夢の中にいる時間。
本来ならば眠くてたまらないはずなのに、興奮のせいかちっとも眠気はやってこない。かじかんだ指先をはあっと温めて、待ち合わせ場所である精霊廟へと足を急がせる。
「――ガイウス陛下っ!」
音を立てて重い扉を開け放つと、花畑の中に立ち尽くしていた人影が振り向いた。私を認めて、ふわりと優しく微笑む。
「きゃあっ、陛下!?」
――人型だ!
しかも毛織のローブをはおっているものの、今日はフードは被っていない。獣型の時と同じ、金茶色の美しい髪がむき出しになっている。
走ってきた勢いそのままに、体当りするように陛下に抱き着いた。陛下も笑いながら私を抱きとめてくれる。
胸に顔を埋めていると、笑みを含んだ声が降ってきた。
「本当は獅子の姿の方が、君を暖められるしいいかと迷ったんだが……。その、構わなかっただろうか?」
「ええ、もちろん!……それに陛下、人型でも充分体温が高いわよ?」
いたずらっぽく見上げると、途端に顔を真っ赤にしてしまう。くすくす笑いながら、湯気の出てきそうな熱い身体に頬を寄せる。
真夜中の精霊廟は、灯火もないのになぜかぼんやりと明るかった。ステンドグラスを通して、月明かりが差し込んでいるのかしら――……
「リリアーナ。その、俺からの贈り物を受け取ってもらえるか?」
恥ずかしそうな声音に、慌てて意識をこの場に戻す。笑顔で大きく頷いた。
「喜んで! 私からももちろん用意してあるわ」
二人手を繋ぎ、いつもの階段に並んで腰掛ける。
まずはガイウス陛下のプレゼントから。膝に置いて包みを開くと、雪のように真っ白なミトンが出てきた。
「……っ。凄い、これ手編みなのね……!」
早速着けてみると、ふんわりしたやわらかな毛糸がなんとも良い手触りだ。へらりと笑み崩れて、ミトンを着けた手で頬を挟む。
「あったかいわ、とても」
「よかった……! 編み物など初めてだったから、気に入ってもらえるかと心配だったんだ」
安堵したように息を吐く彼を見て、目をいっぱいに見開いた。愕然として、もう一度じっくりミトンを確認する。
編み目は美しく揃っているし、ほつれたりよじれたりも一切していない。ほうっと感嘆の吐息をつく。
「……初めてだなんて到底思えないわ。陛下は手先が器用なのね」
「そうかな? 夢中だったものだから……。その、リリアーナ。実はまだあって」
恥ずかしそうに目を伏せながら、背中に隠していた包みを差し出した。ええっ、まさかの二つ目!?
「何かしら」
わくわくと開けば、今度はミトンとお揃いらしきマフラーが出てきた。白いポンポンが可愛い~。
大喜びで首に巻くと、陛下がまたもはにかんだ。
「実はもうひとつあって……」
「ええっ? わ、わぁい。何かしら」
陛下の毛並みに似た、金茶色のもこもこした膝掛け。
「実はまだ……」
ふわっふわの桃色の耳当て。
「そしてまだ……」
「待って待って待って!? さすがに多すぎない!?」
一体どれだけ編んだのかと、全身全霊で突っ込んでしまう。
陛下ははっと息を呑むと、しおたれたように俯いた。膝に置いた手をきつく握り締める。
「やはり、迷」
「迷惑なんかじゃありませんっ! とっても嬉しいわ!」
大急ぎで声を張り上げて、やわらかな髪に手を伸ばした。ぽんぽんと撫でて顔を覗き込む。
「嬉しいけど、無理をしたのじゃないかと心配になって。こんなにたくさん編むのは、随分時間がかかったんじゃないですか?」
「い、いや。それは……」
ほんのりと頬を染めた陛下は、困ったように視線を泳がせた。背中に手を回し、最後の包みを私に差し出す。
丁寧にリボンを解くと、今度は暖かそうな靴下が出てきた。――とうとうこらえきれずに噴き出してしまう。
「陛下ったら! 一体どれだけ私を暖めたいのっ?」
お腹を押さえて笑い転げる私を見て、陛下も頬を上気させて笑い出した。追加とばかりにマフラーを私にぐるぐる巻きつけて、榛色の髪に指を絡ませる。
「セシルから、君が病弱だと散々聞かされていたものだから。……君との婚約話が持ち上がって……そのう。まだ打診すらしていない段階から、俺ひとり張り切って……」
だんだんと声がか細くなる。
「毎晩こつこつと編み続けていたんだ。……一年がかりぐらいで」
「えええええっ!!?」
一年がかりの夜なべの手編み!?
しかもガイウス陛下は、ただでさえ仕事中毒で働いてばかりだというのに!
一気に目つきが険しくなったであろう私から、陛下が怯えたように身体を離した。いたずらがバレた子どものように、ぺしゃりと凹んで上目遣いになる。
「……その。怒った、か?」
「ええ、ものすごく」
きっぱりと頷き、「それはそれとして」と戦利品をまとめて抱き締める。
「プレゼントは喜んで頂きます。毎日使うし、大切にするわ。……でもね」
いかめしく言葉を切って、陛下の頬に手を伸ばした。目をしばたたかせる彼に構わず、むにっと思いっきりつまんでやった。
「いひゃひゃひゃっ!?」
「無茶しすぎちゃ駄目。来年はこんなにたくさんいりませんからね? 夜はきちんと寝てください!」
ぴしゃりと苦言を呈すると、陛下は長身の身体を縮めて「ハイ……」と消え入るように返事をした。うんうん、わかれば良いのです。睡眠は大事なんだから、ちゃんと私をお手本にするのよ?
やっと満足して、今度は私からのプレゼントを取り出した。喜んでもらえるかと、今更ながらにドキドキしてくる。
こほん、と空咳して、まずはクッキーの小箱を彼の手の平に載せた。緊張の面持ちで受け取った陛下が、ごくりと喉仏を上下させる。
「あ、開けてもいいだろうか?」
「どうぞ。……でもね、実はそっちはオマケなの。他の皆にあげたものと同じだから」
舌を出して告げると、陛下は安堵したように息を吐いた。いそいそと小箱を開き、ぱあっと顔を輝かせる。
「クッキーか! 綺麗に焼けているな……! 君がこんなに料理上手だったなんて」
ふふん。
もっと褒めてくれてもいいのよ?
「セシルが君は不器用だと散々言っていたが、あれは妹可愛さでわざと貶していたのだな」
「…………」
おのれセシル兄。
次会ったときには、唐辛子入りの真っ赤に燃え盛るクッキーをくれてやるわ。
笑顔で仕返し計画を練る私には気付かずに、陛下はあらゆる角度からクッキーを観察し続ける。そうして上機嫌で箱を閉じてしまった。えっ!?
「食べないのっ?」
「だって、食べたらなくなるだろう」
心底不思議そうに小首を傾げられる。いや、それは自然の摂理よね!
呆れ果てた私はクッキーの小箱を取り上げて、ガバリと豪快に開く。
「今食べてっ! 食べなかったら腐るだけです!」
「腐らせない! 毎日眺めて腐る寸前で食べる!」
「お腹を壊したらどうするの!」
わあわあ言い合いつつ小箱を奪い合う。
業を煮やした私はクッキーをつまみ、問答無用で陛下のお口に突っ込んだ。目をまんまるに見開いた陛下は、仕方なさそうにクッキーに歯を立てる。
しばしもごもごと口を動かして、名残惜しそうに飲み込んだ。
「……美味しい」
「それは良かったわ。いつでも作ってあげるから、ちゃんと全部食べてね?」
「……うん」
存外素直に返事をすると、再び幸せそうにクッキーに手を伸ばす陛下であった。




