第51話 郷に入っては郷に従え?
「銀の簪と金の簪。意匠はお花と蝶々です。どちらになさいますか、リリアーナ殿下?」
綺麗なガラス玉が揺れる簪を、メイベルが嬉しそうに両手で掲げてみせた。ぼんやりと見返して、小さく首を傾げる。
「……そうね。それじゃあ、うさぎで……」
「うさぎ!? ちょっと待って、探してみます!」
大慌てで宝石箱をひっくり返すメイベルを、鏡越しに見るともなく眺めた。
ふっと視線を戻すと、鏡の中の自分と目が合った。故国から持ってきた薄紅色の淡いドレスに身を包み、不安気に顔を曇らせている。
(なんだか、まるで迷子みたいね……)
膝に置いた手をきつく握り締める。
あれから、私はお昼寝どころではなくて。
皆に不審がられてはいけないと、目をつぶって眠る振りだけ続けていた。頭の中では、ぐるぐると同じ疑問が駆け巡るばかり。
――新雪のように真っ白な。
(……ううん、そんなのありえないわ)
己の思考にきっぱりと蓋をする。
人ではなく、仔うさぎだと陛下は断言していたのだ。となると、その子は獣人では――コハクではない。
……けれど。
胸に引っかかっているのは、これまでコハクに感じてきたいくつかの違和感。本人に直接確かめればいいのだろうけど、ドレスに着替える前に急ぎ向かった精霊廟は無人で、コハクの姿はどこにも見えなかった。
「リリアーナ殿下! うさぎは残念ながら無いようですっ」
頬を上気させたメイベルが、悔しげに報告してくれる。
今日の彼女は首元にレースをあしらった、濃い藍色のドレスを纏っていた。私は無言で立ち上がり、さっきまでメイベルがあさっていた宝石箱へと手を伸ばす。
「……殿下? ですから、うさぎは無くって――」
「これがいいわ。月と星。今日のメイベルのドレスにぴったりね?」
にっこり笑って、三日月と星をかたどった簪を彼女の髪に挿した。メイベルが驚いたように目を見開く。
鏡の前で小首を傾げて、きらきらと光を放つ簪をうっとりと見つめた。私に向かってしとやかに一礼する。
「ふふっ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えてお借りしちゃおうかしら」
「どうぞどうぞ。ランダールで初めて迎える年越しだもの、お互い目一杯おめかししましょうね?」
はにかむ彼女にいたずらっぽく舌を出して、今度は白い花の簪を掴む。目の高さまで持ち上げて、大きく頷いた。
「私はこれにするわ」
精霊廟に咲き誇る、フィオナの花にそっくりだ。新年を迎えたら……贈り物のクッキーを携えて、もう一度コハクに会いに行こう。
心を決めたところで、部屋の扉がノックされる。すぐさまメイベルが出迎えに立った。
「はいっ。そろそろ向かおうと――……って何よその格好っ!?」
素っ頓狂な叫び声に、慌てて私も振り返る。
そこには純白の燕尾服に身を包んだディアドラが立っていた。つかつかと部屋に入ると、気取ったように髪をかき上げる。
「フッ。この私のあまりの凛々しさに、返す言葉もないようだな二人とも」
「……いえ、あの」
凛々しいっていうか。
燕尾服だけなら、もちろん格好いいと思うのだけど。
どう突っ込むべきかと迷う私の隣で、メイベルがひくひくと顔を引きつらせた。
「あのねぇっ! 今日は王城のパーティなんでしょう!? 国の公式行事なんでしょう!? なのになんで猫耳なんて付けてんのよっ!」
そう。
メイベルの言葉通り、ディアドラの頭には灰色の猫耳が生えていた。
といっても本物ではなく、布地でできた作り物の猫耳だ。ほつれた糸がそこかしこから飛び出していて、なかなかに残念な出来栄えである。
あきれ果てる私達をよそに、ディアドラは心外そうに眉をひそめた。
「何を言っている。年越しパーティだからこそ、だろう? 今夜は無礼講だぞ」
またも気障ったらしく微笑んで、くるりと後ろを振り向いた。耳と同じく残念な出来の、だらりとしたしっぽがズボンから伸びている。
得意満面なディアドラを眺めるうちに、じわじわと嫌な予感が芽生えてきた。隣のメイベルをこそこそと突っつく。
「どうしましょうメイベル。ディアドラの言う通り仮装パーティなんだとしたら、むしろ私達の方が場違いなんじゃないかしら……?」
時すでに遅しで、二人ともキラッキラに飾り立ててしまっていた。
恐ろしい私の推察に、メイベルもみるみる色をなくしていく。
「確かに、言われてみたらそうですね……! ここは異国の地、しかもおおらかなランダール。リリアーナ殿下っ、流行に乗り遅れてはなりません! 今からでもしっぽぐらいなら何とかなるやも――」
「ぅおーい、姫さん姐さん。そろそろ大広間に行こうぜぇー……ってどした?」
がりがりと赤毛を掻きながら入ってきた大男が、私とメイベルを見比べて目を丸くする。
色とりどりのリボンを束ね、即席しっぽを作ろうとしていた私達は、殺気立った目で彼を睨みつけた。
「見ての通り今忙しいのっ。広間には先に行っててちょうだい――……って」
ぽかんとして手を止める。
今日のイアンは黒のすっきりしたスーツを身に着けていた。筋骨隆々で肩幅があるだけあって、なかなかに見栄えがして格好いい。
「……えぇっと?」
「ねえ、イアン。今日は仮装が必須じゃないわけ……?」
疲れたように突っ込むメイベルに、イアンはやっと状況を察したらしい。リボンしっぽを指さしたかと思うと、お腹を抱えてげらげら笑い出す。
「ンなわきゃねぇだろっ! 羽目をはずして悪ノリするヤツももちろんいるけどな、大多数は真面目に礼装してるって!」
「フッ。何を隠そう、悪ノリ派筆頭とはこの私のことだ」
そうでしょうとも!
だあっとリボンを宙に放り投げるメイベルと私であった。




