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第47話 積み重なっていく違和感。

 こんがりと焼き上がったクッキーを、小箱にきっちり三枚ずつ。

 割れないように慎重に詰めたら蓋を閉め、色とりどりのリボンで結ぶ。……赤と迷ったけれど、ガイウス陛下にはやっぱり金色のリボンにしましょう。黄金色の瞳にぴったりだもの。


「……できたっ」


 厨房の作業台に山と積んだ白い箱。

 大喜びで副料理長のヴィルを振り返った。


「ヴィー君、本当に本当にありがとうっ。無事に新年の贈り物が出来上がったのはヴィー君のお陰だわ!」


 涙ながらにお礼を言うと、強面ヴィー君がふっと微笑んだ。優しい眼差しを私に向けて、きっぱりと首を横に振る。


「全ては貴女自身の頑張りの結果に過ぎない。――厳しい修業に最後までよく耐えた、リリアーナ姫」


「師匠……っ」


 熱く見つめ合う私達の間に、人影が強引に割り込んだ。


「ねえねえねえ姫ちゃんっ。ボクの分もちゃんと用意しといてね!? 厨房は明日の朝まで大忙しだけど、新年を迎える瞬間は絶対に合流するからねっ」


「ええ、もちろんよデニス。あなたの分もヴィー君の分も、抜かりなく用意してあるわ」


 胸を張って答えて、濃い藍色のリボンと毒々しい紫色のリボンの箱を見せびらかす。毒っぽいのがもちろんデニスの方だ。

 歌は普通以下、と貶された恨みは忘れていなくてよ?


 ふふんと鼻で笑って彼の表情を観察するが、案に相違してデニスは顔をほころばせた。


「うわぁありがとうっ、ブドウ色ってボク大好きなんだっ。美人で優しくてその上センスまであるなんて、姫ちゃんは完璧だね!」


「…………」


 無垢な瞳にじくじくと胸が痛む。


 どうしよう。

 私は何て酷いことを……。

 心の汚れた最低人間。生きる価値のない駄目人間。そう、それが私です……。


 床に崩れ落ちて打ちひしがれていると、ヴィルが私の肩にぽんと手を置いた。真顔でかぶりを振る。


「リリアーナ姫。単におちょくられているだけだ」


「……へ?」


 唖然としてデニスを窺うも、勢いよく顔を背けられてしまった。しかし、その背中は隠しようもなくひくひくと小刻みに震えている。


「…………」


 ……こンの。

 お調子者の詐欺男おぉーーーーーっ!!!




***



 ぷりぷりと膨れながら廊下を突き進む。

 こんなに腹が立ったときはそう、あれだ。お昼寝をして心を癒やすしかないじゃない。


 クッキーの小箱を満載した籠を、軽く揺すって抱え直す。いったん自室に戻って、まずはこれを置いてこなくちゃね。


 お昼寝は執務室ですべきか、それとも精霊廟ですべきか。

 いったん足を止めて真剣に吟味する。その途端、至近距離を「はいよー退いて退いてっ」と掃除婦さん達の集団が駆け抜けていった。


「――っと、ごめんなさい!」


 慌てて謝ったものの、すでに彼女達の背中は小さくなっていた。茫然と見送る私の背後を、別の使用人さん達もせかせかとすり抜けていく。


(……みんな大忙しね……)


 まあ、それはそうか。

 いよいよ今日は今年最後の日――夜には王城の広間で、大々的に年越しパーティをするという話だし。


 どうやらこのお城で暇人は私だけらしい。

 小さくため息をついて踵を返す。きっとガイウス陛下もお忙しいでしょうから、やっぱり精霊廟に向かうことにしましょう。


「ぅおーいっ、お姫様ぁ~!」


 突如、野太い声が響き渡る。

 目を丸くして辺りを見回すと、王城庭師のサイラスが外から両手を大きく振っていた。


「サイラスっ。どうしたの?」


 廊下の窓を開き、鼻の頭を赤くした彼に呼びかける。はあっと白い息を吐き、サイラスも嬉しそうに髭もじゃの顔をほころばせた。


「お姫様、暇だったらちょいといいか? こないだ渡そうと思ったンだけども……」


 外からうんしょと腕を伸ばして、握っていた何かを差し出す。不思議に思いつつ受け取ると、小さな白い包みだった。


「これ――……?」


 包み紙の中には、黒っぽくて細長い粒がたくさん。

 ぱちくりと瞬きする私に、「花の種なんだぁ」と照れ笑いして教えてくれた。


「春に蒔けばオレンジ色の花が咲くんだぁ。お姫様は花好きだったみたいだから……そのう。その花なら、初心者でも簡単に育てられるし……」


 もじもじと言葉を濁して下を向いてしまう。

 優しい心遣いに頬がゆるみ、ぎゅっと花の種を握り締めた。かさかさの彼の手を取り、はしゃぎながら上下に激しく振り回す。


「ありがとう! ガイウス陛下と一緒に育ててみるわ!……そうだっ」


 大急ぎでクッキーの小箱を取り出した。日に焼けたサイラスの手の上にぽんと載せる。


「新年の贈り物――には半日ぐらい早いけど。大丈夫かしら?」


 不安になって確認すると、サイラスはぱっと顔を輝かせた。嬉しげに箱を撫でる。


「もちろんだぁ! 儂は年越しは家族とするから、今日はもう帰るとこだったんだ。ありがとなぁ、お姫様」


 でれでれと相好を崩すと、大きく腕を振って去っていった。しかし、すぐに回れ右して戻ってくる。


「お姫様。このクッキー、一枚だけひとにやっても構わねぇか? 例の『精霊の手』を持つ庭師のじい様……。花の種はそのひとから分けてもらったから、その礼に」


「あら、ならもう一箱どうぞ。たくさん作ったから遠慮しないで。おじいさんに渡してもらえる?」


 気楽に笑って追加すると、サイラスも安堵したように微笑んだ。


 以前サイラスから教えてもらった、お花を育てる名人の庭師のおじいさん。興味が湧いてきて窓から上半身を乗り出した。


「私もぜひ会ってみたいわ。今度紹介してね」


「それは構わねぇけど……。じいさん、耳が聞こえねぇんだぁ。文字は書けるから会話はできるけどなぁ。……あっ、そうだ!」


 ぽんと手を打つ。


「精霊廟で会ったことはなかったかぁ? 精霊廟の白い花、きれえだろ? 若い頃からずっとずうっと、あのじい様がひとりで世話してるんだぁ」


 精霊廟の白い花――……って、フィオナの花?


(……そういえば)


 はたと思い至って、サイラスにいたずらっぽくウインクする。


「ねえ、サイラス。ひとつ当ててあげましょうか。その庭師のおじいさん、お孫さんがいるでしょう?」


 自信満々で尋ねたのに、なぜかサイラスは目をしばたたかせて黙り込んだ。ややあって訝しげに首を横に振る。


「いんや。あのおひとは天涯孤独だぁ。孫どころか親兄弟すらいねぇはずだ」


「…………え?」


 今度は私がぽかんとしてしまう。


 だって……そんなはずはない。

 初めて会ったとき、コハクが言っていたもの。



 ――僕のおじいちゃんが精霊廟の手入れを任されている、と。

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