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第46話 己の欲望のままに!

「ほらな、オレが付いて来て良かったろ? わざわざ着替え一式持ってきてやった甲斐があったぜ」


 イアンが得意気に胸を膨らませる。


 しかし、しょんぼりとおひげを垂らした陛下は答えるどころではない。悲しそうに私を窺い、すんと小さくお鼻を鳴らした。


「すまない、リリアーナ……。せっかくの……せっかくの、君とのデートだったのに……!」


 くっと喉を詰まらせる陛下に、笑って首を振ってみせる。


「大丈夫ですよ、ガイウス陛下! 人型であろうと獣型であろうと、どちらもあなたに変わりはないもの」


 力強く断言して、やわらかな手の平を両手で包み込んだ。瞳を潤ませて見上げると、ガイウス陛下は恥ずかしそうに視線を逸らした。


 相変わらず照れ屋さんな彼にときめきつつも、私の心は占めるのは新年の贈り物について。下を向いてにやりとほくそ笑む。



 ――これで、獅子の彼にぴったりの物を選ぶことができるわ。



 胸を弾ませながら、「そろそろお買い物に戻りましょう?」と陛下を誘った。

 目指すは一軒目のお店! 素敵なしっぽリボンを見つけに戻りましょうっ!


 意気揚々と踵を返しかけたところで、突然周囲からわあっと歓声が上がった。


「――えっ?」


 ぎょっとして辺りを見回すと、大通りの通行人達が足を止めていた。全員が目を輝かせてガイウス陛下を見つめている。


「ガイウス陛下! 陛下が城下町にいらっしゃるとはお珍しい……!」

「どうぞ、うちの自慢の商品を見ていってください!」

「うちの名物の揚げパンはいかがですか? おまけも付けちゃいますよっ」

「ガイウス陛下~! 抱っこしてぇ~!」


 陛下に向かってどっと殺到する。

 あっという間に人波に囲まれてしまい、気付けば私だけ輪の外に弾き出されてしまっていた。よろけかけた私をイアンがすばやく支えてくれる。


「あ、ありがとう……。ガイウス陛下ってば、すっごく人気者なのね?」


 子どもにせがまれて高い高いしてあげている彼を、微笑ましく見守った。イアンも嬉しそうに目を細める。


「ああ、あいつが国民と交流するなんて滅多にねぇからな。――これも全部、姫さんのお陰だよ」


 ありがとな、なんて穏やかにお礼を言われて。


 いつも豪快なイアンにしては珍しい、まっすぐな賛辞に思わず赤面してしまう。

 照れ隠しに顔を背けて、「ほ、ほらっ。子ども達もあんなに喜んでるわっ」とガイウス陛下達を指差した。最初に抱っこしていた男の子を降ろしたところで、我も我もと別のちびっ子達が陛下に群がり出す。……んん?


「リリアーナ殿下?」


 黙り込んだ私に、メイベルが訝しげな視線を向ける。私は小さくかぶりを振って、じっと陛下と子ども達を観察した。


「ほらほら。順番、順番だ」


 朗らかな笑い声を立て、陛下が子ども達を縦一列に並ばせる。先頭の女の子をぽーんと放り投げてよしよしすると、女の子もお返しとばかりに陛下の(たてがみ)を撫で撫でした。


「…………」


「ほら、次だ」


 いがぐり頭の男の子を抱き上げる。きゃっきゃっと笑った男の子は、鬣を握り締めて陛下の鼻面にぎゅうと抱き着いた。


「…………」


「姫さん?」


 今度はイアンが不審そうに私の肩を叩く。

 振り向いた私はしっと唇に指を当て、そろりそろりと歩き出した。さりげなく子ども達に混ざり、列の最後尾へと並ぶ。


 髪とドレスを整え、しとやかに微笑んで待つ。少しずつ少しずつ、列が進んで――……


 ふぁさりと鬣を揺らした陛下が、毛むくじゃらのたくましい腕を差し伸べた。


「ようし、次――ってえええええリリアーナッ!?」


 大絶叫する彼に構わず、当然の顔をして進み出る。だって私、きちんと順番は守りましたからね?


 抱っこ、抱っこと期待を込めて見上げるが、陛下は動揺したように後ずさりしてしまった。逃がすものかと、思いっきり目を吊り上げて彼を睨みつける。


「ガイウス陛下! 次は私の番ですっ」


「いや駄目だろう!? ここここのような人前で……っ」


 おろおろと言葉を濁す陛下に、こちらもじりじりとにじり寄った。「お姫様も抱っこしてあげてー!」「ちゃんといいこで並んでたのー!」頼もしく加勢してくれるちびっ子達に勇気づけられ、えいとばかりに助走をつける。体当りするように陛下の胸に飛び込んだ。


「……え、ええいっ。高い高いっ!!」


 がっちりと受け止めてくれた陛下は、ヤケクソのように声を張り上げる。軽々と持ち上げられ、浮遊感に声を上げて笑い出してしまう。


 まるで小さな子どもに戻ったようで、楽しくて楽しくてたまらない。

 周囲の子ども達はきゃあっと歓声を上げ、大人達も大笑いで私達を囃し立てた。メイベルとイアンも腰を折り曲げて爆笑している。


 そのままふかふかな首にしがみついた私を、ガイウス陛下は下に降ろさずお姫様抱っこしてくれた。至近距離から熱を込めて見つめると、陛下はすぐに恥ずかしそうに視線を逸らしてしまう。


 すかさずイアンの野次が飛んできた。


「こらガイウスーッ。照れてねぇで婚約者と仲睦まじいとこを見せとけば、国民が喜ぶぜーっ!」


「うううううるさいっ」


 鋭い牙を剥き出しに、恐ろしいお顔で吠えるもののちっとも怖くない。

 ぷっと噴き出して、ぼさぼさになってしまった彼の鬣に手を伸ばす。光沢のある毛を手櫛で丁寧に整えた。


 ――その瞬間、ぴかりと頭に天啓が走る。


「そっか。……うん、そうね!」


 それがいいわ、決めちゃった!


 声を弾ませる私に、陛下がぱちくりと瞬きした。腕を揺すって私を抱え直し、不思議そうに顔を覗き込む。


「リリアーナ?」


「ふふっ。何でもありません」


 人差し指を唇に押し当てて、意味ありげに微笑んでみせた。


 だって、彼にはまだ秘密にしなければ。

 新年の贈り物は、開けたときのお楽しみですからね?

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