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第45話 これぞ私の計算通り(結果的に)

(……落ち着け、落ち着くのよ私……!)


 要は発想の転換だ。

 今日の彼が獣型でないのなら、人型の彼に似合うものを買えばいい。となると、彼の髪は束ねられるほどの長さはないから、リボンは候補から外さなければ。


 ゆっくりと深呼吸して店内を見回す。


(人型のガイウス陛下に贈りたいもの……)


 ――そうだわ。

 収穫祭のときの、()()なんてどうかしらっ?


 ちらちらと心配そうにこちらを窺っている陛下に、一足飛びに近付いた。ぎょっとしたように仰け反るのに構わず、大胆に身を寄せる。


「怪しい仮面ねっ!」

「何が!?」


 間髪入れずに突っ込まれてしまった。いけない、声に出しちゃ駄目じゃない。


 あっという間に仮面も候補から外れてしまった。人型……人型の彼に似合うもの……。


「…………」


 じっと言葉もなく陛下を見上げる。「な、何かなっ?」と上擦った声を上げる彼に、あざとく小首を傾げてみせた。


「ねえ、ガイウス陛下? 人型のまま、しっぽだけ生やしてもらえませんか?」


 やはりしっぽリボンを諦められない。

 だって、ガイウス陛下は獣型でいるときの方が圧倒的に多いのだもの。どうせだったら日常的に使って欲しい。


 瞳を潤ませてお願いすると、なぜだか陛下は黙り込んでしまった。目深に被ったフードのせいで表情は窺えないものの、どうやら戸惑っているらしい。


 しばしためらったあと、陛下はやっと口を開いた。


「……いや、リリアーナ。それは――」

「何言ってんだよ姫さん。人型のときに尻尾なんか出せるわけねぇだろー? 獣型は獣型、そんで人型は人型。耳だけとか尻尾だけとか、ンな中途半端なことができっかよ」


 遠くからたしなめられ、今度は私の方がぽかんとしてしまう。


(え? だって……)


 ()の、頭には。

 新雪のように真っ白で、ふかふかとやわらかそうな――……


「リリアーナ?」


 心配そうな声音にはっとする。

 僅かにフードを上げた陛下が、瞳を揺らして私の顔を覗き込んでいた。慌てて笑顔をこしらえる。


「ごめんなさい、何でもないの。……別のお店に移動しても構わない?」


「あ、ああ。勿論だ」


 まだ気遣わしげな表情を崩さない彼に、あえて見せつけるように元気よく足音を立てた。彼の腕を引いて店から出ながらも、頭の片隅には拭いきれない違和感がこびりついていた。


(……でも)


 コハクは……例外なのかもしれない。

 自分は出来そこないなのだと、あんなにつらそうに自嘲していたのだもの……。


 じっと唇を噛んで考え込んでいると、きゅる、と微かな異音が聞こえた。んんっ?


 咄嗟にお腹を引っ込めるも、あと一歩遅く。

 ぐるるるるる、と今度は低い音が響き渡る。きゃあああっ!?


 真っ赤になってお腹を押さえるが、なぜか陛下も全く同じ動きをしていた。私を見て、バツが悪そうに頬を染める。


「す、すまない。楽しみすぎて、昼食が喉を通らなかったものだから」


「まあ。そうだったんですねっ」


 犯人が自分ではなかったことに安堵すると同時に、可愛すぎる陛下に声が弾んでしまう。プレゼントはひとまず置いておいて、おやつが食べられるお店でも探そうかしら。


 きょろきょろと辺りを見回すと、見覚えのある店名が目に入った。『パン工房森フクロウ』……これって、もしかして?


 背後のメイベルに確かめようとした瞬間、パン屋さんの扉が内側から開いた。コック帽を被った男の人が通りを見渡し、手の中のベルを高らかに鳴らす。


「ほっこり木の実パン、焼き立てだよ~!」


 あら、やっぱり!


 ディアドラお手製の地図に載っていた、お薦め飲食店だ。嬉しくなってガイウス陛下のローブを引っ張った。


「陛下っ。私、あれが食べたいです!」


 はしゃぐ私に苦笑して、「オレが買ってきてやるよ」とイアンが駆け出す。すぐに紙袋を持って戻ってきた。


「あちちっ。ほら、火傷すんなよ姫さん」


「ええ! ありがとう、イアン!」


 せっかくだから温かいうちにということで、歩きながら食べることになった。

 出来立てのパンはまるで温石のようで、両手で包み込んだ途端にじんわり温みが広がった。

 こっそりと後ろを振り向くと、メイベルも幸せそうにパンをほおばっていた。どうやら品行方正な彼女も、すっかりランダールの気風に染まったらしい。


 くすくす笑いながら、私もパンにかぶりつく。

 外側の皮はパリッとしているのに、中はふっくらとやわらかい。木の実は歯ごたえがあって香ばしく、ほんのりした自然な甘さに頬がゆるんだ。お腹の底から温もってくる。


 夢中になって食べていると、ふと視線を感じた。陛下が優しい眼差しで私を見つめている。


 太陽のように温かな、黄金色の瞳。

 どきりと胸が高鳴って、恥ずかしさに大急ぎで目を逸らしてしまう。……なんだか、愛おしそう、っていうか……。


 さっきみたいに大口を開けて食べられなくなって、ちびちびと少しずつパンを口に入れる。途端に背後から野次が飛んできた。


「お~い姫さ~んっ。今更だぞーっ」


「もおぉっ、うるさいわよイアン!」


 こぶしを振り上げて怒鳴ると、ガイウス陛下がぷっと噴き出した。楽しげに声を上げて笑いながら、陛下も美味しそうにパンをかじる。


 口元にパンくずを付けて、「美味いな」と目を丸くする彼に、怒っていたのも忘れて笑みがこぼれた。


「ふふっ。陛下ってば子どもみたい」


 彼の頬に手を伸ばしてパンくずを取り、そのまま何とはなしに自分の口に入れる。うんうん、このパリパリの皮が美味し――……


 そこでハッと我に返った。

 今……私は、一体何を……?


 己のはしたない行動に動揺して、引きつり笑いを浮かべながら陛下を窺う。


 彼は呆けたように固まっていた。


 ぶるっと大きく震えると、恐る恐る手を動かして頬を撫でる。それから、どかんと噴火するように真っ赤になって――



 バリィッ!!



「…………」


 そうして、私の目の前には。


 金茶色の立派な(たてがみ)に、可愛らしいまあるいお耳。


 長身の美男子は跡形もなく姿を消して、見慣れた獅子の陛下が立ち尽くしていた。悲しそうに鼻を鳴らして、ぱつぱつローブをかき合せる。


(……えぇと)


 ……うん、やったわ私。

 結果的に素敵なおしっぽが生えてきたわ。

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