第44話 いざ、城下町に出発です!
収穫祭のときに履いた編み上げブーツに、なめらかな手触りのビロードのドレス。上にはふんわりした暖かなケープをはおって、デートの支度はばっちりだ。
鏡に映る己をとっくり眺め、ねえねえ、と背後のメイベルを振り返る。
「やっぱり焦茶のドレスなんて地味すぎない? 今からでも着替えたほうが……」
「お忍びなんだからこれぐらいでいいんですっ。それに、白のふわふわケープは可愛いからいいじゃありませんか。もうガイウス陛下もお待ちでしょうから急ぎますよっ」
きっぱりと首を振ると、メイベルは私の背中を押して急き立てた。うう、そんな殺生な~。
不満たらたら、足早に玄関へと向かう。
諦めきれずに髪を撫でながら、「ねえ、せめてもっと豪華な髪飾りを付けない?」と聞くけれど、メイベルの恐ろしいひと睨みの前には黙るしかなかった。……はいはい、わかっておりますよ。お忍びお忍び。
こっそり舌を出しつつも、自然と足取りが弾んでしまう。
――今日は待ちに待った、ガイウス陛下との城下町デート。
先日誘ったときは、さすがに今すぐは無理だと断られてしまったのだ。宰相と宰相補佐が揃って不在だったわけだから、まあそれは仕方なかったと思う。
けれどそれから彼は一生懸命仕事の調整をしてくれて、晴れて今日のデートが実現したのだ。昨夜はあまりにわくわくしすぎたせいで、たったの八時間程度しか眠れなかった。
(……っと。いけない、いけない)
一番の目的を忘れたら大変だ。
今日は絶対にガイウス陛下への新年の贈り物を決めなければ。それさえ終われば、後は思う存分デートを楽しんでいい。
心に決めて、ふかふか婚約者の元へと急ぐ。
廊下を曲がったところで、赤毛の大男の背中が見えた。「イアン!」と叫んで大きく手を振る。
「ガイウス陛下は――……あ」
イアンの陰に隠れるようにして、目深にローブを被った男の人が立っていた。――えええええっ!?
衝撃に蹴つまずきそうになりながらも、必死で足を急がせる。飛びつくようにして彼のローブを引っ掴んだ。
「ガイウス陛下っ。収穫祭以来の人型――きゃあっ」
僅かにフードを押し上げて、はにかむように微笑む彼に黄色い悲鳴を上げてしまう。かかか、格好よすぎるわ……!
うっとり見上げる私に頬を赤く染め、陛下は大急ぎで綺麗な顔を隠してしまった。もっと鑑賞したい私は一生懸命に背伸びする。
くねくねと高速で頭を動かして、あらゆる角度から彼の顔を覗き込む。あっ、そっぽを向かれてしまったわ!
「……なあ姐さん。姫さんの動きキモくね?」
「傍から見るとね。でもご覧なさい、ガイウス陛下は満更でもなさそうよ」
外野の突っ込みもなんのその。
顔を見ようとする私と隠そうとするガイウス陛下の攻防戦は、その後もしばらく続くのであった。
***
「――それで。買いたい物があるということだったが、一体何が欲しいんだ? リリアーナ」
ようやっと王城を出発した私達は、のんびりした歩調で城下町を進む。気温は低いものの陽射しはやわらかく、空も気持ちいいぐらい真っ青に晴れ渡っていた。
ガイウス陛下の腕に寄り添う私は、秘密めかして微笑する。たっぷり間を置いて、人差し指を唇に当てた。
「ふふっ、それは秘密。今年のうちは絶対に教えてあげないわ」
「そっ……! そう、か。それは残念だ」
緩みかけた口元を即座に引き締め、ガイウス陛下が真面目くさった声を出す。しばしの沈黙が満ちた後、二人同時に噴き出した。
腕を絡めてくすくす笑い合う。
「……なあ姐さん。オレ、今すぐあの二人の背中に蹴りを入れたい気分なんだけど」
「あたしは今すぐ、あの暑苦しいローブを引っ剥がしたい気分だわ。きっと熱も冷めるでしょうよ」
気のせいだろうか。
背後からの視線が凍えるようだ。
ちらりと後ろを振り返り、背伸びして陛下の耳元に唇を寄せた。気付いた陛下が屈んでくれる。
「ねえねえ、イアン達は撒いちゃいましょうか?」
こっそり囁きかけると、陛下はおかしそうに頬をゆるめた。私に向かっていたずらっぽく瞳を輝かせる。
「名案だ、リリアーナ。……よし。俺が合図したら同時に駆け出して――」
「おおっと、そいつぁ駄目だぜお二人さん。なんたってガイウスは下町の地理に明るくねーからな。迷子にでもなろうもんなら、姫さんに醜態を晒すことになっちまうぜ」
今まで真面目一辺倒に生きてきたツケが回ったなぁ?
「…………」
からかうようなイアンの言葉に、ガイウス陛下はあえなく黙り込んだ。思わずメイベルと顔を見合わせて苦笑してしまう。
「ま、あたしとイアンは後ろからこっそり付いていきますから。いないものと思ってくださって結構ですよ?」
ひらひらと手を振るメイベルに笑って頷いて、私は再びガイウス陛下に寄り添って歩き始めた。さてさて、まずはどのお店に入ろうかしら?
角を曲がったところで、服飾店のお洒落な看板が目に飛び込んできた。もしやリボンがあるかもしれないと、勢い込んでガイウス陛下の腕を引く。
「ね、私あそこに入りたいです!」
声を弾ませ、早速店内へと入った。
きょろきょろ見回すと、すぐにお目当ての物を発見する。鮮やかな色のリボンがたくさん陳列されていた。
「あっ……、コホン」
飛び出しそうになった歓声を慌てて飲み込む。
危なかったわ。
何を買うかは陛下には秘密なんだから、気を付けないと。
横目で慎重に陛下を窺いつつ、そろりそろりとリボンの棚へと近付いていく。陛下も察したように後ろを向いてくれたので、心置きなく彼の背中を観察して――
「…………」
衝撃の事実に気が付いた私は、リボンに向かって伸ばした腕もそのままに固まってしまった。心臓が早鐘を打つ。……これは、大変だわ。大誤算よ。
(しっぽが……)
――しっぽが、生えてないじゃないっ!!




